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第7話 勝者の錯覚
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第7話 勝者の錯覚
プロフィット・ベルフラワー公爵令息は、その日も朝から上機嫌だった。
婚約破棄から数日が経ち、王都の空気はすっかり「彼を称えるもの」に落ち着いている。
「殿下のご判断は、まさに英断でしたな」
「ええ、公爵家を思えば当然の決断です」
朝の応接間。
訪れた貴族たちは、口々に同じ言葉を繰り返す。
プロフィットは、ゆったりと椅子に腰かけながら、それを当然のように受け止めていた。
もはや謙遜すら、形だけだ。
「いや……皆がそう言ってくれるのはありがたいが」
そう言いながらも、内心では確信している。
(やはり、正しかった)
金に困っている女との婚約を断った。
それだけで、自分の評価は上がり、周囲からは“賢い男”と見られている。
――これが、勝者というものか。
そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。
応接間を辞した後、彼は執務室へ向かった。
机の上には、新たに集めさせた資料が広げられている。
「最近の穀物相場について、まとめさせました」
側近が差し出した報告書を、プロフィットは興味深そうに受け取った。
「小麦か……」
領地の収穫は安定している。
だが、商人たちの間では、今後の供給不足が囁かれているらしい。
「需要は高まる見込みです。
もし、今のうちに押さえれば……」
側近は、言葉を濁しつつも、期待を隠していない。
プロフィットは、報告書に目を走らせながら、口元を歪めた。
(なるほど……)
婚約破棄で得たのは、評判だけではない。
精神的な余裕――そして、自由な判断。
あの女侯爵と縁が続いていれば、
「危険ではないか」「慎重にすべきだ」と、どこかで立ち止まっていたかもしれない。
だが、今は違う。
(私は、正しい選択をした男だ)
その自信が、判断を軽くする。
「検討する価値はあるな」
そう言った瞬間、側近の表情が明るくなった。
一方その頃、フレッジリン侯爵邸。
午前の光が差し込む書斎で、シグネットは静かに帳簿をめくっていた。
数字は整然と並び、狂いはない。
「……殿下の動きが、早いですね」
向かいに立つホリデイーが、淡々と告げる。
「穀物相場の資料を集め始めたそうです」
「小麦、ですわね」
シグネットは、視線を上げた。
「はい。
婚約破棄後、各所で“公爵家は安泰だ”という評価が広がっています」
「自信を持たせるには、十分すぎる環境ですわ」
シグネットは、微かに微笑んだ。
「人は、称賛されると賢くなった気になるものです」
「……実際は、慎重さを失うだけなのですが」
ホリデイーの言葉に、シグネットは軽く頷く。
「勝ったと思った瞬間が、一番危うい」
彼女は、帳簿を閉じた。
「噂の役目は、もう終わりです」
「はい。
これ以上続ければ、殿下が疑念を抱きかねません」
「ええ。十分に“安心”なさっていますもの」
その言葉には、確信があった。
婚約破棄は、プロフィットにとって“成功体験”になってしまった。
それが、次の判断を誤らせる。
「……殿下は、ご自身を勝者だと思っていらっしゃいます」
ホリデイーは、静かに言った。
「ええ。
だからこそ、これから起きることは……」
シグネットは、窓の外を見つめる。
「すべて、ご自身の選択の結果になりますわ」
責める必要はない。
追い詰める必要もない。
選ばせただけだ。
噂を信じるか。
確かめるか。
そして今度は――
“勝者の判断”を信じるか。
午後、王都の別の邸宅では、リス・クライム伯爵令嬢が上機嫌で笑っていた。
「やはり、殿下は素晴らしいお方ですわ」
周囲の令嬢たちも、同意する。
「次は、きっと……」
「そうですわね」
含みのある言葉が交わされる。
リスは、自分が“正しい側”に立っていると信じて疑わなかった。
金に困っている女は切られ、
賢い男が選択を下し、
自分はその傍にいる。
(すべて、思い通り)
そう思った瞬間、彼女の中で何かが決定的に固まった。
同じ王都で、同じ時間。
それぞれが、それぞれの「勝利」を信じて動き始めている。
だが――
勝者のつもりでいる者ほど、
足元のひび割れには気づかない。
その亀裂が、
やがて音を立てて崩れ始めることを、
誰一人として、まだ知らなかった。
プロフィット・ベルフラワー公爵令息は、その日も朝から上機嫌だった。
婚約破棄から数日が経ち、王都の空気はすっかり「彼を称えるもの」に落ち着いている。
「殿下のご判断は、まさに英断でしたな」
「ええ、公爵家を思えば当然の決断です」
朝の応接間。
訪れた貴族たちは、口々に同じ言葉を繰り返す。
プロフィットは、ゆったりと椅子に腰かけながら、それを当然のように受け止めていた。
もはや謙遜すら、形だけだ。
「いや……皆がそう言ってくれるのはありがたいが」
そう言いながらも、内心では確信している。
(やはり、正しかった)
金に困っている女との婚約を断った。
それだけで、自分の評価は上がり、周囲からは“賢い男”と見られている。
――これが、勝者というものか。
そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。
応接間を辞した後、彼は執務室へ向かった。
机の上には、新たに集めさせた資料が広げられている。
「最近の穀物相場について、まとめさせました」
側近が差し出した報告書を、プロフィットは興味深そうに受け取った。
「小麦か……」
領地の収穫は安定している。
だが、商人たちの間では、今後の供給不足が囁かれているらしい。
「需要は高まる見込みです。
もし、今のうちに押さえれば……」
側近は、言葉を濁しつつも、期待を隠していない。
プロフィットは、報告書に目を走らせながら、口元を歪めた。
(なるほど……)
婚約破棄で得たのは、評判だけではない。
精神的な余裕――そして、自由な判断。
あの女侯爵と縁が続いていれば、
「危険ではないか」「慎重にすべきだ」と、どこかで立ち止まっていたかもしれない。
だが、今は違う。
(私は、正しい選択をした男だ)
その自信が、判断を軽くする。
「検討する価値はあるな」
そう言った瞬間、側近の表情が明るくなった。
一方その頃、フレッジリン侯爵邸。
午前の光が差し込む書斎で、シグネットは静かに帳簿をめくっていた。
数字は整然と並び、狂いはない。
「……殿下の動きが、早いですね」
向かいに立つホリデイーが、淡々と告げる。
「穀物相場の資料を集め始めたそうです」
「小麦、ですわね」
シグネットは、視線を上げた。
「はい。
婚約破棄後、各所で“公爵家は安泰だ”という評価が広がっています」
「自信を持たせるには、十分すぎる環境ですわ」
シグネットは、微かに微笑んだ。
「人は、称賛されると賢くなった気になるものです」
「……実際は、慎重さを失うだけなのですが」
ホリデイーの言葉に、シグネットは軽く頷く。
「勝ったと思った瞬間が、一番危うい」
彼女は、帳簿を閉じた。
「噂の役目は、もう終わりです」
「はい。
これ以上続ければ、殿下が疑念を抱きかねません」
「ええ。十分に“安心”なさっていますもの」
その言葉には、確信があった。
婚約破棄は、プロフィットにとって“成功体験”になってしまった。
それが、次の判断を誤らせる。
「……殿下は、ご自身を勝者だと思っていらっしゃいます」
ホリデイーは、静かに言った。
「ええ。
だからこそ、これから起きることは……」
シグネットは、窓の外を見つめる。
「すべて、ご自身の選択の結果になりますわ」
責める必要はない。
追い詰める必要もない。
選ばせただけだ。
噂を信じるか。
確かめるか。
そして今度は――
“勝者の判断”を信じるか。
午後、王都の別の邸宅では、リス・クライム伯爵令嬢が上機嫌で笑っていた。
「やはり、殿下は素晴らしいお方ですわ」
周囲の令嬢たちも、同意する。
「次は、きっと……」
「そうですわね」
含みのある言葉が交わされる。
リスは、自分が“正しい側”に立っていると信じて疑わなかった。
金に困っている女は切られ、
賢い男が選択を下し、
自分はその傍にいる。
(すべて、思い通り)
そう思った瞬間、彼女の中で何かが決定的に固まった。
同じ王都で、同じ時間。
それぞれが、それぞれの「勝利」を信じて動き始めている。
だが――
勝者のつもりでいる者ほど、
足元のひび割れには気づかない。
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