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第18話 報酬は、すでに受け取っている
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第18話 報酬は、すでに受け取っている
ベルフラワー公爵邸から運び出される小麦袋の列は、数日間途切れることがなかった。
倉庫の前には、フレッジリン侯爵家の紋章を掲げた馬車が整然と並び、
書記官と役人たちが帳簿を照合しながら、淡々と作業を進めていく。
混乱はなかった。
怒号も、抗議も。
すべてが、あらかじめ決められていたかのように、静かに進んでいく。
その光景を、プロフィット・ベルフラワー公爵令息は、少し離れた場所から眺めていた。
小麦は、確かに引き取られている。
しかも、仕入れ価格で。
帳簿の上では、
“破滅”は避けられた。
だが――
(……何も、戻ってこない)
胸の奥に残るのは、
救われたという安堵ではなく、
取り返しのつかない敗北感だけだった。
そこへ、足音が近づく。
「プロフィット様」
声をかけたのは、ホリデイだった。
相変わらず、背筋の伸びた立ち姿。
侍女としての慎ましさと、
男爵家令嬢としての矜持が、自然に同居している。
「……何の用だ」
ぶっきらぼうに返すと、
彼女は一礼し、穏やかに告げた。
「確認でございます」
「何の確認だ」
「今回の件に関する、
お礼や返礼についてでございます」
その言葉に、プロフィットは思わず笑ってしまった。
「礼だと?」
乾いた笑いだった。
「この状況で、
まだ何かを要求する気か」
ホリデイは、首を振る。
「いいえ」
即答だった。
「必要ございません」
「……は?」
「お嬢様は、すでに報酬を受け取っておりますので」
その言い方が、
妙に引っかかった。
「報酬……?」
プロフィットは、眉をひそめる。
「金の話ではありません」
ホリデイは、淡々と続ける。
「お嬢様が望んでいたものは、
最初から一つだけでした」
「それは――」
彼女は、少しだけ言葉を区切った。
「この婚約が、完全に終わることです」
胸を、強く打たれた気がした。
「……馬鹿な」
思わず呟く。
「こんな大金を動かしてまで?」
「はい」
ホリデイは、迷いなく頷いた。
「むしろ、安いものです」
その言葉が、
ゆっくりと、
しかし確実に、プロフィットの心を抉った。
「あなた様が婚約を破棄してくださったこと」
「それ以上の対価は、
お嬢様にとって存在しません」
その瞬間、
プロフィットは、はっきりと理解した。
自分は、
“救われた”のではない。
利用されたのでもない。
ただ――
最初から、取引の外にいたのだ。
「……私は」
喉が、ひどく乾いていた。
「最初から、不要だったというわけか」
ホリデイは、少しだけ表情を和らげた。
「必要か不要か、という話ではございません」
「お嬢様は、
“選ばない”という選択をなさっただけです」
それは、
最も残酷な線引きだった。
否定も、拒絶もない。
ただ、視界に入らない。
「ところで」
ホリデイは、ふと思い出したように言った。
「引き取った小麦の件ですが」
「……ああ」
プロフィットは、力なく答える。
「どうするつもりだ」
「まずは、孤児院と学校へ回します」
その言葉に、
わずかに目を見開く。
「……施しか?」
「いいえ」
ホリデイは、首を振った。
「投資でございます」
「将来、領地を支える人材への」
あまりにも当然のように言われて、
言葉が出なかった。
小麦を、
価格操作の道具としてしか見ていなかった自分と、
同じ“物”を扱っているとは思えない。
「……そうか」
それだけ言うのが、精一杯だった。
ホリデイは、再び一礼する。
「それでは、失礼いたします」
背を向け、歩き出すその姿に、
プロフィットは、思わず問いかけた。
「……噂は」
声が、かすれる。
「金に困っているという噂は……」
ホリデイは、足を止めた。
振り返り、
少し困ったように微笑む。
「申し訳ございません」
「少々、言葉が足りませんでした」
「ですが」
一瞬、悪戯っぽく目を細める。
「今後は、もう流れません」
「お嬢様が、
これ以上、誤解される必要はございませんので」
それだけ言って、
今度こそ、去っていった。
その背中を見送りながら、
プロフィットは、静かに膝を折った。
金は戻った。
家は、かろうじて保たれた。
だが――
誇りは。
未来は。
信じていた“自分の価値”は。
すべて、
あの一言で、
奪われていた。
「……婚約破棄していただきました」
ホリデイの言葉が、
何度も、頭の中で反響する。
それが、
彼女にとっての“報酬”。
そして――
自分が、
一生支払うことになる代償だった。
ベルフラワー公爵邸から運び出される小麦袋の列は、数日間途切れることがなかった。
倉庫の前には、フレッジリン侯爵家の紋章を掲げた馬車が整然と並び、
書記官と役人たちが帳簿を照合しながら、淡々と作業を進めていく。
混乱はなかった。
怒号も、抗議も。
すべてが、あらかじめ決められていたかのように、静かに進んでいく。
その光景を、プロフィット・ベルフラワー公爵令息は、少し離れた場所から眺めていた。
小麦は、確かに引き取られている。
しかも、仕入れ価格で。
帳簿の上では、
“破滅”は避けられた。
だが――
(……何も、戻ってこない)
胸の奥に残るのは、
救われたという安堵ではなく、
取り返しのつかない敗北感だけだった。
そこへ、足音が近づく。
「プロフィット様」
声をかけたのは、ホリデイだった。
相変わらず、背筋の伸びた立ち姿。
侍女としての慎ましさと、
男爵家令嬢としての矜持が、自然に同居している。
「……何の用だ」
ぶっきらぼうに返すと、
彼女は一礼し、穏やかに告げた。
「確認でございます」
「何の確認だ」
「今回の件に関する、
お礼や返礼についてでございます」
その言葉に、プロフィットは思わず笑ってしまった。
「礼だと?」
乾いた笑いだった。
「この状況で、
まだ何かを要求する気か」
ホリデイは、首を振る。
「いいえ」
即答だった。
「必要ございません」
「……は?」
「お嬢様は、すでに報酬を受け取っておりますので」
その言い方が、
妙に引っかかった。
「報酬……?」
プロフィットは、眉をひそめる。
「金の話ではありません」
ホリデイは、淡々と続ける。
「お嬢様が望んでいたものは、
最初から一つだけでした」
「それは――」
彼女は、少しだけ言葉を区切った。
「この婚約が、完全に終わることです」
胸を、強く打たれた気がした。
「……馬鹿な」
思わず呟く。
「こんな大金を動かしてまで?」
「はい」
ホリデイは、迷いなく頷いた。
「むしろ、安いものです」
その言葉が、
ゆっくりと、
しかし確実に、プロフィットの心を抉った。
「あなた様が婚約を破棄してくださったこと」
「それ以上の対価は、
お嬢様にとって存在しません」
その瞬間、
プロフィットは、はっきりと理解した。
自分は、
“救われた”のではない。
利用されたのでもない。
ただ――
最初から、取引の外にいたのだ。
「……私は」
喉が、ひどく乾いていた。
「最初から、不要だったというわけか」
ホリデイは、少しだけ表情を和らげた。
「必要か不要か、という話ではございません」
「お嬢様は、
“選ばない”という選択をなさっただけです」
それは、
最も残酷な線引きだった。
否定も、拒絶もない。
ただ、視界に入らない。
「ところで」
ホリデイは、ふと思い出したように言った。
「引き取った小麦の件ですが」
「……ああ」
プロフィットは、力なく答える。
「どうするつもりだ」
「まずは、孤児院と学校へ回します」
その言葉に、
わずかに目を見開く。
「……施しか?」
「いいえ」
ホリデイは、首を振った。
「投資でございます」
「将来、領地を支える人材への」
あまりにも当然のように言われて、
言葉が出なかった。
小麦を、
価格操作の道具としてしか見ていなかった自分と、
同じ“物”を扱っているとは思えない。
「……そうか」
それだけ言うのが、精一杯だった。
ホリデイは、再び一礼する。
「それでは、失礼いたします」
背を向け、歩き出すその姿に、
プロフィットは、思わず問いかけた。
「……噂は」
声が、かすれる。
「金に困っているという噂は……」
ホリデイは、足を止めた。
振り返り、
少し困ったように微笑む。
「申し訳ございません」
「少々、言葉が足りませんでした」
「ですが」
一瞬、悪戯っぽく目を細める。
「今後は、もう流れません」
「お嬢様が、
これ以上、誤解される必要はございませんので」
それだけ言って、
今度こそ、去っていった。
その背中を見送りながら、
プロフィットは、静かに膝を折った。
金は戻った。
家は、かろうじて保たれた。
だが――
誇りは。
未来は。
信じていた“自分の価値”は。
すべて、
あの一言で、
奪われていた。
「……婚約破棄していただきました」
ホリデイの言葉が、
何度も、頭の中で反響する。
それが、
彼女にとっての“報酬”。
そして――
自分が、
一生支払うことになる代償だった。
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