お金がありすぎて困っています。 ――その言い方、嫌な女にしか聞こえませんわ』

ふわふわ

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第22話 静かな選別

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第22話 静かな選別

 王都の社交界は、表向きは穏やかだった。

 舞踏会も、茶会も、いつも通り開かれている。
 笑顔も、賛辞も、変わらない。

 だが、その内側では、確実に“選別”が進んでいた。

「……最近、招待状の顔ぶれが変わりましたわね」

 午後の茶会で、誰かが何気なく口にする。

「ええ。名前は聞くけれど、姿を見なくなった方が増えました」

 それは偶然ではない。
 単なる流行でもない。

 市場の混乱を経て、
 “誰が判断を誤り、誰が責任を取ったのか”が、
 静かに共有され始めていた。

 その中心に、
 シグネット・フレッジリン侯爵の名があった。

 彼女は、相変わらず多くを語らない。
 自ら評価を求めることもない。

 だが、不思議なことに――
 重要な場には、必ず名がある。

「フレッジリン侯爵家からのご意見を伺いたい」

 そう言われることが、増えていた。

 この日も、王都の一角で開かれた小規模な会合に、
 シグネットは招かれていた。

 名目は「今後の備蓄制度についての意見交換」。

 参加者は限られている。
 形式よりも、実務を重視する者たちだ。

 彼女は、静かに席についた。

「今回の件で、はっきりしたことがあります」

 開口一番、そう切り出す。

「市場は、数字だけで動くものではありません」

 誰も遮らない。
 彼女が話す時、
 皆が“聞く側”になる。

「情報の扱い方、
 責任の所在、
 そして、
 “誰が最後まで向き合うか”――」

 シグネットは、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「それらが、価格以上に重要です」

 ある商会の代表が、頷いた。

「まさに、その通りです」

 別の貴族が、慎重に口を開く。

「今回の混乱で、
 短期の利益を追った者は、
 皆、姿を消しました」

 誰の名前も出ない。
 だが、誰のことかは、全員が理解している。

「……選ばれたのは、
 責任から逃げなかった者だけです」

 その言葉に、
 空気がわずかに引き締まる。

 シグネットは、淡々と続けた。

「ですから、今後は――」

 彼女の視線が、
 会議室を一巡する。

「取引の条件に、
 “撤退時の責任”を明記すべきだと考えます」

 それは、
 利益を得る前提ではなく、
 失敗した時の姿勢を問う提案だった。

 誰も反論しなかった。

 それが、この場に呼ばれた理由でもある。

 会合が終わり、
 廊下に出たところで、
 ホリデイが静かに声をかける。

「……また一つ、
 線が引かれましたね」

「ええ」

 シグネットは、短く答える。

「派手な排除は不要です」

「必要なのは、
 “次に呼ばれるかどうか”――それだけ」

 それは、
 罰よりも、
 遥かに効く。

 一方、
 ベルフラワー公爵邸では、
 別の意味での“選別”が進んでいた。

「……今回は、
 我が家には声がかからなかった」

 執務室で、
 プロフィット・ベルフラワー公爵令息は、
 報告書を握りしめていた。

 王宮主導の会合。
 市場安定に関わる重要な席。

 かつてなら、
 当然のように招かれていた場だ。

「理由は?」

 問いかける声は、
 自分でも驚くほど、弱かった。

「……判断を誤った者は、
 今後の議論に適さない、とのことです」

 執事の言葉は、
 感情を排している。

 だが、
 その冷静さが、
 かえって残酷だった。

(……排除されたわけではない)

 プロフィットは、
 無理やり自分に言い聞かせる。

(ただ、選ばれなかっただけだ)

 だが、その“だけ”が、
 致命的だった。

 声がかからない。
 意見を求められない。
 判断の場に、立たせてもらえない。

 それは、
 貴族としての死を意味する。

 その夜。

 フレッジリン侯爵邸では、
 小さな食事会が開かれていた。

 招かれたのは、
 数名の貴族と商会代表。

 人数は少ないが、
 顔ぶれは、
 どれも“次”を担う者たちだ。

「本日は、形式ばらずに」

 シグネットは、
 穏やかに言う。

「互いの考えを、
 すり合わせる場にしましょう」

 そこには、
 上下も、
 遠慮もない。

 ある若い貴族が、
 恐る恐る尋ねた。

「……なぜ、
 私たちを?」

 シグネットは、
 即答しなかった。

 少しだけ考え、
 こう答える。

「失敗を、
 他人のせいにしなかったからです」

 その言葉に、
 誰もが息を呑んだ。

「完璧である必要はありません」

「ただ、
 向き合う覚悟があるかどうか」

 それだけが、
 選別の基準だった。

 夜が更け、
 客人たちを見送った後、
 ホリデイが微笑む。

「……お嬢様は、
 相変わらず厳しいですね」

「厳しくありません」

 シグネットは、
 静かに首を振る。

「現実的なだけです」

 選ばれる者と、
 選ばれない者。

 その差は、
 能力でも、
 家格でもない。

 責任から逃げるか、
 引き受けるか――それだけ。

 そして今、
 その基準を示す側に、
 シグネット・フレッジリン侯爵は立っていた。

 静かな選別は、
 まだ始まったばかりだった。
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