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第38話 測られない重み
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第38話 測られない重み
王都では、静かな戸惑いが広がっていた。
誰かが号令をかけたわけではない。
新しい法が公布されたわけでもない。
だが、人々は気づき始めている。
これまで通用していた物差しが、通用しなくなっていると。
「……この条件では、
もう押し切れませんね」
王都評議会の一室で、
年配の貴族が書類を見下ろしながら呟いた。
「家名を前面に出しても、
相手が首を縦に振らない」
「振らせる理由が、
示せないからだ」
別の者が、
淡々と答える。
「実績、責任、継続性……
そのどれもが、
数値で示されている」
沈黙が落ちる。
これまでは、
測られること自体がなかった。
測ろうとする者が、
無礼だとされた。
だが今は違う。
測られ、
比べられ、
それでもなお残るものだけが、
意味を持つ。
フレッジリン侯爵邸では、
その“変化”を、
誰よりも静かに受け止めていた。
「最近、
相談の内容が変わりましたね」
ホリデイが、
応接室の帳簿を閉じながら言う。
「“どうすれば助けてもらえるか”ではなく、
“どこまで自分で引き受けるべきか”を
聞いてきます」
「ええ」
シグネット・フレッジリン侯爵は、
頷いた。
「人は、
測られることを恐れます」
「ですが、
測られない状態の方が、
ずっと不安定です」
この屋敷では、
誰も声を荒げない。
誰も威圧しない。
それでも、
訪れる者は自然と背筋を伸ばす。
ここでは、言葉ではなく判断が見られていると、
本能で理解するからだ。
その日の午後、
思いがけない人物が訪れた。
かつてベルフラワー公爵家と
密接な関係にあった中堅貴族。
今は、その立場を失っている。
「……お目通りを願えますでしょうか」
ホリデイが一瞬だけ躊躇し、
シグネットを見る。
「通してください」
応接室に入った男は、
深く頭を下げた。
「お願いがあります」
その言葉に、
シグネットは首を振る。
「お願いは、
聞きません」
男の顔が強張る。
「ですが、
確認なら聞きます」
男は、
一瞬迷い、
そして言葉を選んだ。
「……私は、
自分の価値を、
何で示せばいいのでしょうか」
それは、
これまで誰も口にしなかった問いだ。
家名でも、
爵位でも、
人脈でもない。
何を差し出せば、
再び立てるのか。
シグネットは、
即答しなかった。
しばらく沈黙し、
静かに口を開く。
「価値は、
示すものではありません」
「積み重ねるものです」
「……具体的には?」
「結果を引き受けること」
ただ、それだけ。
「成功も、
失敗も」
「言い訳せず、
他人に押し付けず、
途中で投げ出さない」
「それを続ければ、
自然と測られます」
男は、
唇を噛みしめた。
「それは……
時間がかかりますね」
「ええ」
シグネットは、
否定しない。
「早く測られたい者ほど、
軽いのです」
男は、
深く息を吐き、
頭を下げた。
「……ありがとうございました」
それ以上の言葉は、
なかった。
夜。
フレッジリン侯爵邸の書斎で、
ホリデイが静かに言う。
「侯爵は、
ずいぶん厳しいですね」
「甘くする理由がありません」
シグネットは、
灯りの下で答える。
「測られない価値は、
信仰にはなっても、
秩序にはなりません」
賞賛も、
恐れも、
いずれは歪む。
だが、
測られ続けるものは、
歪みにくい。
だから彼女は、
自分自身すら、
例外にしない。
その夜、
王都の片隅で、
小さな噂が立ち始めていた。
「フレッジリン侯爵は、
力を持っているのに、
使わないらしい」
「違う。
測れる形でしか使わないんだ」
それは、
畏怖でも、
崇拝でもない。
理解に近い。
シグネット・フレッジリン侯爵が
築いているものは、
誰かの上に立つ支配ではない。
誰もが測られ、
誰もが立てる土台。
その重みは、
数字にも、
称号にも、
置き換えられない。
だが確かに、
世界を支えている。
測られない重み――
それこそが、
今、この国で
最も揺るがない力だった。
王都では、静かな戸惑いが広がっていた。
誰かが号令をかけたわけではない。
新しい法が公布されたわけでもない。
だが、人々は気づき始めている。
これまで通用していた物差しが、通用しなくなっていると。
「……この条件では、
もう押し切れませんね」
王都評議会の一室で、
年配の貴族が書類を見下ろしながら呟いた。
「家名を前面に出しても、
相手が首を縦に振らない」
「振らせる理由が、
示せないからだ」
別の者が、
淡々と答える。
「実績、責任、継続性……
そのどれもが、
数値で示されている」
沈黙が落ちる。
これまでは、
測られること自体がなかった。
測ろうとする者が、
無礼だとされた。
だが今は違う。
測られ、
比べられ、
それでもなお残るものだけが、
意味を持つ。
フレッジリン侯爵邸では、
その“変化”を、
誰よりも静かに受け止めていた。
「最近、
相談の内容が変わりましたね」
ホリデイが、
応接室の帳簿を閉じながら言う。
「“どうすれば助けてもらえるか”ではなく、
“どこまで自分で引き受けるべきか”を
聞いてきます」
「ええ」
シグネット・フレッジリン侯爵は、
頷いた。
「人は、
測られることを恐れます」
「ですが、
測られない状態の方が、
ずっと不安定です」
この屋敷では、
誰も声を荒げない。
誰も威圧しない。
それでも、
訪れる者は自然と背筋を伸ばす。
ここでは、言葉ではなく判断が見られていると、
本能で理解するからだ。
その日の午後、
思いがけない人物が訪れた。
かつてベルフラワー公爵家と
密接な関係にあった中堅貴族。
今は、その立場を失っている。
「……お目通りを願えますでしょうか」
ホリデイが一瞬だけ躊躇し、
シグネットを見る。
「通してください」
応接室に入った男は、
深く頭を下げた。
「お願いがあります」
その言葉に、
シグネットは首を振る。
「お願いは、
聞きません」
男の顔が強張る。
「ですが、
確認なら聞きます」
男は、
一瞬迷い、
そして言葉を選んだ。
「……私は、
自分の価値を、
何で示せばいいのでしょうか」
それは、
これまで誰も口にしなかった問いだ。
家名でも、
爵位でも、
人脈でもない。
何を差し出せば、
再び立てるのか。
シグネットは、
即答しなかった。
しばらく沈黙し、
静かに口を開く。
「価値は、
示すものではありません」
「積み重ねるものです」
「……具体的には?」
「結果を引き受けること」
ただ、それだけ。
「成功も、
失敗も」
「言い訳せず、
他人に押し付けず、
途中で投げ出さない」
「それを続ければ、
自然と測られます」
男は、
唇を噛みしめた。
「それは……
時間がかかりますね」
「ええ」
シグネットは、
否定しない。
「早く測られたい者ほど、
軽いのです」
男は、
深く息を吐き、
頭を下げた。
「……ありがとうございました」
それ以上の言葉は、
なかった。
夜。
フレッジリン侯爵邸の書斎で、
ホリデイが静かに言う。
「侯爵は、
ずいぶん厳しいですね」
「甘くする理由がありません」
シグネットは、
灯りの下で答える。
「測られない価値は、
信仰にはなっても、
秩序にはなりません」
賞賛も、
恐れも、
いずれは歪む。
だが、
測られ続けるものは、
歪みにくい。
だから彼女は、
自分自身すら、
例外にしない。
その夜、
王都の片隅で、
小さな噂が立ち始めていた。
「フレッジリン侯爵は、
力を持っているのに、
使わないらしい」
「違う。
測れる形でしか使わないんだ」
それは、
畏怖でも、
崇拝でもない。
理解に近い。
シグネット・フレッジリン侯爵が
築いているものは、
誰かの上に立つ支配ではない。
誰もが測られ、
誰もが立てる土台。
その重みは、
数字にも、
称号にも、
置き換えられない。
だが確かに、
世界を支えている。
測られない重み――
それこそが、
今、この国で
最も揺るがない力だった。
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