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第七話 王宮初日
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第七話 王宮初日
王宮の門は高く、冷ややかだった。
白い石壁は朝日に照らされ、静かな威圧を放っている。ここは飾りのための場所ではない。秩序と責任が積み重なった場所だ。
コンキュは馬車から降りると、ゆっくりと周囲を見渡した。
「まあ……思っていたより厳粛ですのね」
同行してきた侍女が一礼する。
「本日より、王太子妃教育が始まります」
「教育?」
コンキュは小首を傾げた。
「形式的なものでしょう?」
侍女は一瞬だけ目を伏せる。
「礼儀作法、外交知識、財務基礎、王家儀礼の確認などでございます」
「そんなものは、後からでもよろしいでしょう?」
軽い声音だった。
「わたくしは、殿下の婚約者ですのよ」
侍女はそれ以上言わない。
案内された講義室には、既に数名の女官と書記官が待っていた。
「本日は王家の予算構造と、王太子妃の公務範囲についてご説明いたします」
年配の女官が淡々と口を開く。
机の上には分厚い資料。
コンキュは眉をひそめる。
「本当に必要ですの?」
「必要でございます」
「でも、それは官僚の仕事でしょう?」
女官は瞬きひとつせず答える。
「最終承認は王家にございます」
「それは殿下がなさればよろしいのでは?」
「王太子妃も共に責任を負います」
責任。
その言葉が落ちる。
コンキュは小さくため息をついた。
「退屈ですわ」
書記官の手が止まる。
「外交文書の確認など、侍従がまとめて持ってくるのでしょう? わたくしが読む必要はございませんわ」
「読まれます」
女官の声は揺れない。
「誤解や誤訳は、戦の火種になります」
講義は続く。
国庫の歳入、軍費の配分、災害時の備蓄。数字が並び、用語が並ぶ。
コンキュは扇子で口元を隠し、あくびをかみ殺す。
「難しいことは、殿下にお任せいたします」
「殿下は多忙でございます」
「では、側近が」
「最終判断は王家でございます」
同じ答えが返る。
講義が終わるころ、コンキュは椅子に深くもたれた。
「本日はここまでにいたします」
女官が一礼する。
「明日は外交儀礼と晩餐会の席次構成について」
「席次?」
「序列の理解は不可欠でございます」
コンキュは立ち上がる。
「序列なら理解しておりますわ。わたくしは未来の王太子妃ですもの」
その言葉に、室内の空気がわずかに冷える。
廊下に出ると、遠くにルーシェ王太子の姿が見えた。
彼は側近と低い声で何かを話している。資料を受け取り、短く指示を出す。迷いのない動き。
コンキュは明るく声をかける。
「殿下」
ルーシェは足を止める。
「初日の講義はいかがでしたか」
「とても退屈でしたわ」
微笑みながら答える。
「難しいことばかり。ですが心配ございません。わたくしは殿下の隣に立つだけで十分ですもの」
ルーシェの目が、ほんのわずかに細くなる。
「隣に立つには、同じ高さである必要があります」
「高さ?」
「責任の高さです」
短い言葉。
コンキュは笑って受け流す。
「わたくしは公爵令嬢ですもの。責任なら理解しておりますわ」
ルーシェはそれ以上言わない。
「明日の講義もご出席を」
「もちろんでございます」
だがその声音は軽い。
王宮の石壁は、華やかな言葉を吸い込まない。
ここでは肩書きではなく、理解が問われる。
初日の終わり。
小さな違和感が、静かに芽を出していた。
それはまだ指摘にもならない。
だが、確かに王太子の胸に残った。
華ではなく、重さ。
その違いが、やがて決定的な差となることを、コンキュだけが知らないまま。
王宮の門は高く、冷ややかだった。
白い石壁は朝日に照らされ、静かな威圧を放っている。ここは飾りのための場所ではない。秩序と責任が積み重なった場所だ。
コンキュは馬車から降りると、ゆっくりと周囲を見渡した。
「まあ……思っていたより厳粛ですのね」
同行してきた侍女が一礼する。
「本日より、王太子妃教育が始まります」
「教育?」
コンキュは小首を傾げた。
「形式的なものでしょう?」
侍女は一瞬だけ目を伏せる。
「礼儀作法、外交知識、財務基礎、王家儀礼の確認などでございます」
「そんなものは、後からでもよろしいでしょう?」
軽い声音だった。
「わたくしは、殿下の婚約者ですのよ」
侍女はそれ以上言わない。
案内された講義室には、既に数名の女官と書記官が待っていた。
「本日は王家の予算構造と、王太子妃の公務範囲についてご説明いたします」
年配の女官が淡々と口を開く。
机の上には分厚い資料。
コンキュは眉をひそめる。
「本当に必要ですの?」
「必要でございます」
「でも、それは官僚の仕事でしょう?」
女官は瞬きひとつせず答える。
「最終承認は王家にございます」
「それは殿下がなさればよろしいのでは?」
「王太子妃も共に責任を負います」
責任。
その言葉が落ちる。
コンキュは小さくため息をついた。
「退屈ですわ」
書記官の手が止まる。
「外交文書の確認など、侍従がまとめて持ってくるのでしょう? わたくしが読む必要はございませんわ」
「読まれます」
女官の声は揺れない。
「誤解や誤訳は、戦の火種になります」
講義は続く。
国庫の歳入、軍費の配分、災害時の備蓄。数字が並び、用語が並ぶ。
コンキュは扇子で口元を隠し、あくびをかみ殺す。
「難しいことは、殿下にお任せいたします」
「殿下は多忙でございます」
「では、側近が」
「最終判断は王家でございます」
同じ答えが返る。
講義が終わるころ、コンキュは椅子に深くもたれた。
「本日はここまでにいたします」
女官が一礼する。
「明日は外交儀礼と晩餐会の席次構成について」
「席次?」
「序列の理解は不可欠でございます」
コンキュは立ち上がる。
「序列なら理解しておりますわ。わたくしは未来の王太子妃ですもの」
その言葉に、室内の空気がわずかに冷える。
廊下に出ると、遠くにルーシェ王太子の姿が見えた。
彼は側近と低い声で何かを話している。資料を受け取り、短く指示を出す。迷いのない動き。
コンキュは明るく声をかける。
「殿下」
ルーシェは足を止める。
「初日の講義はいかがでしたか」
「とても退屈でしたわ」
微笑みながら答える。
「難しいことばかり。ですが心配ございません。わたくしは殿下の隣に立つだけで十分ですもの」
ルーシェの目が、ほんのわずかに細くなる。
「隣に立つには、同じ高さである必要があります」
「高さ?」
「責任の高さです」
短い言葉。
コンキュは笑って受け流す。
「わたくしは公爵令嬢ですもの。責任なら理解しておりますわ」
ルーシェはそれ以上言わない。
「明日の講義もご出席を」
「もちろんでございます」
だがその声音は軽い。
王宮の石壁は、華やかな言葉を吸い込まない。
ここでは肩書きではなく、理解が問われる。
初日の終わり。
小さな違和感が、静かに芽を出していた。
それはまだ指摘にもならない。
だが、確かに王太子の胸に残った。
華ではなく、重さ。
その違いが、やがて決定的な差となることを、コンキュだけが知らないまま。
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