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第十五話 血統の確認
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第十五話 血統の確認
サウザー公爵家の応接室は、驚くほど簡素だった。
豪奢さで圧する空間ではない。
整然と整えられ、磨き込まれ、無駄が削ぎ落とされている。
その中央に、向かい合う二脚の椅子。
ナチュは一礼し、静かに腰を下ろした。
向かいのサウザー公爵は、感情を表に出さぬ男だった。視線は鋭いが、敵意はない。ただ測るように、じっと彼女を見る。
「遠路、礼を言う」
「光栄でございます」
言葉は短い。
沈黙が落ちる。だが緊張はない。
先に口を開いたのはサウザーだった。
「ノーランド領の収支報告を拝見した」
ナチュはわずかに頷く。
「増収が続いているな」
「交易路が安定いたしましたので。ただし、一時的な要因もございます。来期は調整が必要かと存じます」
淡々とした分析。誇示はない。
「楽観はしないのか」
「楽観は判断を鈍らせます」
即答だった。
サウザーの目がわずかに細まる。
「交際費の件も報告にあった」
ナチュは背筋を伸ばす。
「はい。父上より増額のご希望がございました」
「承認しなかったのか」
「いいえ。承認はいたしました」
一拍置く。
「ただし、公費でございますので、領収の記録をお願い申し上げました」
声音は穏やかで、非難はない。
「公爵に対してか」
「家計は個人の財布ではございません」
静かな言葉。
「公爵であっても、記録は必要でございます。仕組みが崩れれば、家は保てません」
父を裁く口調ではない。
制度を守ったという事実だけがそこにある。
サウザーは数秒、彼女を見つめた。
「あなたは人を責めぬ」
「責める立場ではございません」
ナチュは微かに首を振る。
「守るべきは仕組みでございます」
室内に静寂が広がる。
やがてサウザーが問う。
「あなたにとって家とは何だ」
核心の問いだった。
ナチュは迷わない。
「制度でございます」
「名誉ではなく」
「名誉は制度が機能した結果に過ぎません」
その答えに、空気がわずかに変わる。
サウザーはゆっくりと言った。
「王家の婚約を受け入れたとき、何を考えた」
「役割が変わると」
「それだけか」
「責任が増えると」
静かな声。
悔しさも怒りも滲まない。
「交換の決断については」
ナチュはわずかに目を伏せる。
「家の判断でございます」
「不満はないのか」
「ございません」
即答だった。
その目は澄んでいる。
「地位は求めておりません」
続ける。
「責任を果たせる場であれば、それで十分でございます」
サウザーは椅子に背を預けた。
数瞬の沈黙の後、低く呟く。
「つまり、血統的にもコンキュではなくナチュで正解という事なのだな……」
独り言に近い。
ナチュは反応しない。
血を誇らない。
思想を当然とする。
それが彼女の在り方だった。
サウザーが改めて問う。
「怒らぬのか」
ナチュは小さく微笑んだ。
「怒りは制度を整えません」
その言葉に、初めてサウザーの口元がわずかに緩む。
華ではない。
声高な主張でもない。
静かな重み。
彼は立ち上がる。
「本日の面談は以上だ」
それ以上の確認は不要だった。
ナチュは深く一礼する。
扉へ向かう背中に、サウザーは静かに告げた。
「あなたは地位を欲しがらぬ」
ナチュは振り返らずに答える。
「欲するのは、正しくあることでございます」
扉が閉まる。
応接室に残ったのは、静かな確信だった。
血とは顔立ちではない。
思想の継承。
正統は、声高に主張しない。
ただ静かに、そこに在る。
サウザー公爵家の応接室は、驚くほど簡素だった。
豪奢さで圧する空間ではない。
整然と整えられ、磨き込まれ、無駄が削ぎ落とされている。
その中央に、向かい合う二脚の椅子。
ナチュは一礼し、静かに腰を下ろした。
向かいのサウザー公爵は、感情を表に出さぬ男だった。視線は鋭いが、敵意はない。ただ測るように、じっと彼女を見る。
「遠路、礼を言う」
「光栄でございます」
言葉は短い。
沈黙が落ちる。だが緊張はない。
先に口を開いたのはサウザーだった。
「ノーランド領の収支報告を拝見した」
ナチュはわずかに頷く。
「増収が続いているな」
「交易路が安定いたしましたので。ただし、一時的な要因もございます。来期は調整が必要かと存じます」
淡々とした分析。誇示はない。
「楽観はしないのか」
「楽観は判断を鈍らせます」
即答だった。
サウザーの目がわずかに細まる。
「交際費の件も報告にあった」
ナチュは背筋を伸ばす。
「はい。父上より増額のご希望がございました」
「承認しなかったのか」
「いいえ。承認はいたしました」
一拍置く。
「ただし、公費でございますので、領収の記録をお願い申し上げました」
声音は穏やかで、非難はない。
「公爵に対してか」
「家計は個人の財布ではございません」
静かな言葉。
「公爵であっても、記録は必要でございます。仕組みが崩れれば、家は保てません」
父を裁く口調ではない。
制度を守ったという事実だけがそこにある。
サウザーは数秒、彼女を見つめた。
「あなたは人を責めぬ」
「責める立場ではございません」
ナチュは微かに首を振る。
「守るべきは仕組みでございます」
室内に静寂が広がる。
やがてサウザーが問う。
「あなたにとって家とは何だ」
核心の問いだった。
ナチュは迷わない。
「制度でございます」
「名誉ではなく」
「名誉は制度が機能した結果に過ぎません」
その答えに、空気がわずかに変わる。
サウザーはゆっくりと言った。
「王家の婚約を受け入れたとき、何を考えた」
「役割が変わると」
「それだけか」
「責任が増えると」
静かな声。
悔しさも怒りも滲まない。
「交換の決断については」
ナチュはわずかに目を伏せる。
「家の判断でございます」
「不満はないのか」
「ございません」
即答だった。
その目は澄んでいる。
「地位は求めておりません」
続ける。
「責任を果たせる場であれば、それで十分でございます」
サウザーは椅子に背を預けた。
数瞬の沈黙の後、低く呟く。
「つまり、血統的にもコンキュではなくナチュで正解という事なのだな……」
独り言に近い。
ナチュは反応しない。
血を誇らない。
思想を当然とする。
それが彼女の在り方だった。
サウザーが改めて問う。
「怒らぬのか」
ナチュは小さく微笑んだ。
「怒りは制度を整えません」
その言葉に、初めてサウザーの口元がわずかに緩む。
華ではない。
声高な主張でもない。
静かな重み。
彼は立ち上がる。
「本日の面談は以上だ」
それ以上の確認は不要だった。
ナチュは深く一礼する。
扉へ向かう背中に、サウザーは静かに告げた。
「あなたは地位を欲しがらぬ」
ナチュは振り返らずに答える。
「欲するのは、正しくあることでございます」
扉が閉まる。
応接室に残ったのは、静かな確信だった。
血とは顔立ちではない。
思想の継承。
正統は、声高に主張しない。
ただ静かに、そこに在る。
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