婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ

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第二十七話 父の崩壊

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第二十七話 父の崩壊

 王都の外れ、かつては公爵家の別荘と呼ばれた小さな館。

 今はただの借家に過ぎない。

 壁は薄く、庭も狭い。

 かつての豪奢さはどこにもない。

 ノーランド元公爵は、粗末な椅子に腰を下ろしていた。

 手にしているのは、何度も読み返した王家の褫奪文書。

 文字は変わらない。

 だが、読むたびに重くなる。

 爵位を失うということは、肩書きを失うことではない。

 家を守れなかったという証明だ。

 それが最も堪える。

 後妻は別室で沈んでいる。

 コンキュは外出しなくなった。

 かつて自分が当然のように受けていた敬礼も、

 招待も、視線も、すべて消えた。

 静寂だけが残る。

 元公爵は机の上に置かれた帳簿を見つめる。

 もう彼の署名が必要な書類はない。

 誰も交際費を求めない。

 誰も意見を求めない。

 ただ時間だけが過ぎる。

「……わしは」

 声が掠れる。

 思い出すのは、執務室でのやり取り。

 交際費を増やせと頼んだあの日。

 娘はため息をつきながらも帳簿を整えていた。

 領収書を求め、規則を説いた。

 あれは、叱責ではなかった。

 家を守るための言葉だった。

 それを面倒だと思った。

 娘の几帳面さを、堅苦しいと笑った。

 自分は公爵だ。

 その肩書きに甘えていた。

 婿養子として迎えられたとき、誓ったはずだ。

 この家を守る、と。

 だが実際に守っていたのは誰だったか。

 帳簿を回し、

 領地を整え、

 役人と向き合っていたのは、長女だった。

 自分ではない。

 拳が震える。

「わしは……間違えたのか」

 問いは空虚だ。

 答えはすでに出ている。

 王家の判断は感情ではない。

 事実の積み重ねだ。

 統治能力の欠如。

 監督責任の不履行。

 そして、家の実務を担う者を遠ざけた判断。

 すべてが記録に残った。

 後妻が部屋に入る。

「いつまで過去を見ているのです」

 苛立ちが混じる。

「まだやり直せますわ」

 元公爵は顔を上げる。

「何をだ」

「サウザー家に頭を下げれば」

 その言葉に、彼は目を閉じる。

 サウザー。

 理性と秩序を体現する男。

 一度断られた縁を、再び求める。

 それは自分の失敗を認めること。

 そして、娘の正しさを認めること。

 誇りが邪魔をする。

 だが、誇りで家は守れなかった。

 机に置かれた帳簿を手に取る。

 ナチュの筆跡。

 整然とした数字。

 規律を守る姿勢。

 それが“正統”だった。

 血だけではない。

 思想と責任の継承。

 自分は、それを理解しなかった。

「……間違えた」

 ようやく口に出す。

 後妻は黙る。

 その言葉は、彼女にとっても刃だ。

 コンキュの選択を後押ししたのは、自分だ。

 だが決断したのは、公爵。

 家を守る立場にあったのは、公爵。

 沈黙が落ちる。

 外では夕陽が沈みかけている。

 かつての公爵邸の塔は遠くに見えない。

 そこはもう他人の管理下。

 元公爵は立ち上がる。

「会いに行く」

「どこへ」

「ナチュのもとへ」

 声は重い。

 謝罪か。

 懇願か。

 それとも最後の責任か。

 分からない。

 だが、何もしなければ本当に終わる。

 父として、家長として、

 遅すぎる決断を下す。

 崩れたのは家だけではない。

 誇りも、立場も、

 そして自尊心も。

 残ったのは、

 正しかった娘の姿だけだった。
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