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第8話 仮面の内側
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第8話 仮面の内側
屋敷に戻った夜、ジェシカは一睡もできなかった。
地下室で見た帳簿、檻の痕跡、そして――
去り際に聞こえたアルヴィンの言葉。
――知られれば、あなたは巻き込まれる。
(それは、言い訳? それとも……本音?)
翌朝、珍しくアルヴィンは朝食の席に現れた。
いつもより少しだけ、顔色が冴えない。
だが姿勢は崩れず、完璧な当主の仮面を被ったままだ。
「昨夜は、よく眠れましたか」
形式的な問い。
「ええ。あなたは?」
一瞬、視線が交錯する。
「問題ありません」
――嘘。
ジェシカには、はっきり分かった。
朝食後、彼女は静かに言った。
「今夜、話をしましょう」
アルヴィンの手が、わずかに止まる。
「……改めて、ですか」
「ええ。
“白い誓約”の続きとして」
拒む理由は、与えなかった。
夜。
応接室には、二人だけ。
暖炉の火が、仮面のような影を壁に映す。
「旧別邸に行きました」
前置きは、いらなかった。
アルヴィンは、ゆっくり息を吐いた。
「……マルタが鍵を」
「ええ」
沈黙。
「地下室も、見ました」
言葉が、空気を切り裂く。
アルヴィンは目を閉じ、数秒だけ動かなかった。
「……そこまで、知る必要はなかった」
「私が“夫人”だから?」
「あなたが……」
言いかけて、止まる。
「守っているつもりだった?」
ジェシカは、穏やかに問いかけた。
「白い誓約の裏で、
私を“無関係”にしていれば安全だと?」
アルヴィンは、視線を逸らした。
「……あれは、私の問題です」
「いいえ」
ジェシカは、はっきり言った。
「“私たちの結婚”の問題よ」
しばらくして、アルヴィンは低く語り始めた。
「ヴァルモント家は……
表の顔とは別に、王国の“影”を担ってきた」
ジェシカの指先が、わずかに強張る。
「密かに存在する人々を保護し、
時に、表に出せない処理をする」
「……地下の人たちは?」
「逃亡者。
権力争いに巻き込まれた者たちです」
善意。
だが、正義とは言い切れない。
「だから、“白い誓約”だった」
アルヴィンは続けた。
「あなたを、表の世界にだけ置くために」
「……選択肢は?」
「与えられなかった」
その一言が、胸に深く刺さった。
「私は……あなたを、飾りにしたかったわけじゃない」
初めて、アルヴィンの声が揺れた。
「ただ、失いたくなかった」
ジェシカは、静かに立ち上がった。
「あなたは、私を守ったつもりで、
私から“選ぶ権利”を奪った」
涙は、出なかった。
「それが、一番許せない」
沈黙の中、暖炉の火が弾ける。
アルヴィンは、深く頭を下げた。
「……すべてを話します」
その姿は、初めて見る“当主ではない彼”だった。
白い誓約は、
壊れ始めている。
だが同時に――
仮面の内側で、
本当の対話が、ようやく始まろうとしていた。
屋敷に戻った夜、ジェシカは一睡もできなかった。
地下室で見た帳簿、檻の痕跡、そして――
去り際に聞こえたアルヴィンの言葉。
――知られれば、あなたは巻き込まれる。
(それは、言い訳? それとも……本音?)
翌朝、珍しくアルヴィンは朝食の席に現れた。
いつもより少しだけ、顔色が冴えない。
だが姿勢は崩れず、完璧な当主の仮面を被ったままだ。
「昨夜は、よく眠れましたか」
形式的な問い。
「ええ。あなたは?」
一瞬、視線が交錯する。
「問題ありません」
――嘘。
ジェシカには、はっきり分かった。
朝食後、彼女は静かに言った。
「今夜、話をしましょう」
アルヴィンの手が、わずかに止まる。
「……改めて、ですか」
「ええ。
“白い誓約”の続きとして」
拒む理由は、与えなかった。
夜。
応接室には、二人だけ。
暖炉の火が、仮面のような影を壁に映す。
「旧別邸に行きました」
前置きは、いらなかった。
アルヴィンは、ゆっくり息を吐いた。
「……マルタが鍵を」
「ええ」
沈黙。
「地下室も、見ました」
言葉が、空気を切り裂く。
アルヴィンは目を閉じ、数秒だけ動かなかった。
「……そこまで、知る必要はなかった」
「私が“夫人”だから?」
「あなたが……」
言いかけて、止まる。
「守っているつもりだった?」
ジェシカは、穏やかに問いかけた。
「白い誓約の裏で、
私を“無関係”にしていれば安全だと?」
アルヴィンは、視線を逸らした。
「……あれは、私の問題です」
「いいえ」
ジェシカは、はっきり言った。
「“私たちの結婚”の問題よ」
しばらくして、アルヴィンは低く語り始めた。
「ヴァルモント家は……
表の顔とは別に、王国の“影”を担ってきた」
ジェシカの指先が、わずかに強張る。
「密かに存在する人々を保護し、
時に、表に出せない処理をする」
「……地下の人たちは?」
「逃亡者。
権力争いに巻き込まれた者たちです」
善意。
だが、正義とは言い切れない。
「だから、“白い誓約”だった」
アルヴィンは続けた。
「あなたを、表の世界にだけ置くために」
「……選択肢は?」
「与えられなかった」
その一言が、胸に深く刺さった。
「私は……あなたを、飾りにしたかったわけじゃない」
初めて、アルヴィンの声が揺れた。
「ただ、失いたくなかった」
ジェシカは、静かに立ち上がった。
「あなたは、私を守ったつもりで、
私から“選ぶ権利”を奪った」
涙は、出なかった。
「それが、一番許せない」
沈黙の中、暖炉の火が弾ける。
アルヴィンは、深く頭を下げた。
「……すべてを話します」
その姿は、初めて見る“当主ではない彼”だった。
白い誓約は、
壊れ始めている。
だが同時に――
仮面の内側で、
本当の対話が、ようやく始まろうとしていた。
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