白い仮面の結婚を捨てた私が、裁かれない場所を作るまで

ふわふわ

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第9話 選ぶということ

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第9話 選ぶということ

 

 応接室には、昼下がりの光が差し込んでいた。
 柔らかなはずの陽射しは、なぜかこの部屋では冷たく感じられる。

 ジェシカは、背筋を伸ばしたまま、アルヴィンを見ていた。
 机を挟んで向かい合う距離は、決して遠くない。
 けれど、その間には、これまで積み重なってきた沈黙と隠し事が横たわっている。

「……話すと約束したな」

 アルヴィンが、低く切り出した。

 その声には、迷いと覚悟が混じっていた。
 いつも冷静で、どこか余裕を崩さない彼とは、違う。

 ジェシカは頷くだけで、急かさなかった。
 今は、問い詰めるよりも、聞くべき時だと分かっていた。

「ヴァルモント家は――」

 アルヴィンは言葉を選びながら語り始める。

「王国の裏側で動く家だ。
 歴史の表に残らない罪、粛清、失脚……そういうものの“後始末”を担ってきた」

 

 ジェシカの指先が、わずかに動いた。

 地下室。
 閉ざされた扉。
 誰にも語られない“白い誓約”。

 それらが、静かに一つに繋がっていく。

「私は当主として生まれ、学び、役目を引き継いだ。
 逃げることは許されなかった」

 アルヴィンは、自嘲気味に息を吐く。

「君と結婚したのも、最初は……“安全な選択”だった」

 

 その言葉に、ジェシカの胸がわずかに痛んだ。

 やはり、そうなのだ。
 愛ではなく、都合。

「だが」

 アルヴィンは、彼女を見た。

「一緒に過ごすうちに、計算は壊れた。
 君は、私が思っていたより、ずっと強かった」

 

 ジェシカは、静かに問い返す。

「だったら、なぜ隠したの?」

 

 一瞬、アルヴィンは言葉を失った。

「……失うのが、怖かった」

 それは、あまりにも率直な答えだった。

「真実を知れば、君は離れていくと思った。
 だから、守るという名目で、閉じ込めた」

 

 ジェシカは、しばらく黙っていた。
 怒りがないわけではない。
 だが、それ以上に、はっきりとした結論が胸に浮かんでいた。

「それは、愛じゃないわ」

 

 アルヴィンが、息を呑む。

「それは、“管理”よ。
 私を、選ばせないということ」

 

 彼女は、机の上に置かれた書類を見つめた。

「私は、白い誓約の中で飾られるために、ここにいるんじゃない」

 

 ジェシカは、顔を上げる。

「知る権利がある。
 考える権利がある。
 ……拒む権利だって」

 

 沈黙が落ちた。

 やがて、アルヴィンは深く頭を下げた。

「……その通りだ」

 

「私は、すぐに結論は出さない」

 ジェシカは続ける。

「あなたを告発もしない。
 でも、もう一つだけは、はっきりさせる」

 

 彼女の声は、揺れなかった。

「これから先、私は“守られるだけの妻”ではいない。
 共に立つか、別れるか――それを選ぶのは、私」

 

 アルヴィンは、ゆっくりと頷いた。

「時間をくれ」

「ええ」

 ジェシカは、穏やかに答える。

「でも、もう隠し事はしないで。
 それが出来ないなら――その時は、その時よ」

 

 その夜。

 ジェシカは一人、窓辺に立っていた。
 夜風が、長い髪を揺らす。

(私は、もう黙らない)

 守られる人形でも、象徴でもない。
 選び、迷い、踏み出す存在として――ここに立つ。

 

 白い誓約は、まだ完全には崩れていない。

 けれど、その亀裂は、確かに生まれた。

 そしてその先にあるのは、
 誰かに与えられる未来ではない。

 ――自分の手で選び取る、物語の続きだった。


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