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第10話 白い誓約の裏側
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第10話 白い誓約の裏側
白の誓約とは、祝福の象徴だ。
少なくとも――表向きは。
ジェシカは、王都中央区にあるヴァルモント家の礼拝堂を、久しぶりに訪れていた。
白い石で造られたその空間は、昼でも薄暗く、祈りの声だけが静かに反響する。
(ここで、誓ったのよね)
愛を。
忠誠を。
沈黙を――。
思えば、あの時からすでに、違和感はあった。
誓約文は短く、感情の言葉は削ぎ落とされていた。
「結婚は契約であり、信頼であり、役割である」
司祭の声を、今も覚えている。
ジェシカは、奥へと進んだ。
礼拝堂の裏手。
信徒以外は立ち入らないはずの回廊。
「……やっぱり」
床石の色が、わずかに違う。
以前、偶然見つけた“違和感”。
あの時は深く考えなかったが、今なら分かる。
ジェシカは、手袋を外し、指先で石を押した。
低い音とともに、壁が開く。
冷たい空気が、流れ出してきた。
地下文書庫。
そこは、ヴァルモント家の「もう一つの顔」が保管される場所だった。
棚には、年代別に整理された書類。
血統図。
失脚した貴族の記録。
粛清命令の写し。
(……白い誓約は、隠すための儀式)
ジェシカは、背筋が冷えるのを感じた。
これは結婚ではない。
共犯契約だ。
「見てしまったか」
背後から、声。
ジェシカは振り向いた。
そこに立っていたのは、アルヴィンではなかった。
銀縁眼鏡をかけた、年配の男。
「叔父上……」
ヴァルモント家・後見人。
アルヴィンの教育係でもある人物だ。
「当主の妻である以上、いずれは知ることになる。
だが、少し早すぎたな」
ジェシカは、逃げなかった。
「これは……何ですか」
男は、淡々と答える。
「王国の安定のために消された記録だ。
表の正義が届かぬ場所で、血を引き受ける家系」
「それを……誓約で縛る?」
「誓約で守るのだよ」
ジェシカは、唇を噛んだ。
「嘘です」
男の眉が、わずかに動く。
「守っているのは、“家”でしょう。
人じゃない」
静かな怒りが、胸に灯る。
「私は、知る権利も、選ぶ権利も奪われた。
それを“守護”とは呼ばない」
男は、しばらく黙っていたが、やがて告げた。
「君は、当主にとって危険な存在になりつつある」
「それでも、構いません」
ジェシカは、はっきり言った。
「私は、何も知らない人形でいるつもりはない」
男は、ふっと笑った。
「……似ているな」
「誰に?」
「この家を壊しかけた、過去の女にだ」
その言葉が、胸に刺さる。
「彼女は、真実を知りすぎた。
だから、追放された」
ジェシカは、まっすぐ男を見る。
「では私は?」
「――試される」
地下文書庫の灯りが、揺れた。
その夜、ジェシカはアルヴィンと向き合った。
「地下の文書庫を見たわ」
アルヴィンは、何も否定しなかった。
「……そうか」
「聞きたい」
ジェシカは言う。
「あなたは、どこまで知っているの?」
アルヴィンは、深く息を吐いた。
「すべてだ」
その一言で、覚悟が伝わった。
「それでも、あなたはこの家を選ぶ?」
沈黙。
そして――
「私は、当主だ」
それは、答えであり、逃げでもあった。
ジェシカは、静かに頷いた。
「分かったわ」
その声に、怒りはない。
「じゃあ次は、私が選ぶ番ね」
白い誓約は、守るための鎖か。
壊すための鍵か。
それを決めるのは、
もはや家でも、誓約でもない。
――ジェシカ自身だった。
白の誓約とは、祝福の象徴だ。
少なくとも――表向きは。
ジェシカは、王都中央区にあるヴァルモント家の礼拝堂を、久しぶりに訪れていた。
白い石で造られたその空間は、昼でも薄暗く、祈りの声だけが静かに反響する。
(ここで、誓ったのよね)
愛を。
忠誠を。
沈黙を――。
思えば、あの時からすでに、違和感はあった。
誓約文は短く、感情の言葉は削ぎ落とされていた。
「結婚は契約であり、信頼であり、役割である」
司祭の声を、今も覚えている。
ジェシカは、奥へと進んだ。
礼拝堂の裏手。
信徒以外は立ち入らないはずの回廊。
「……やっぱり」
床石の色が、わずかに違う。
以前、偶然見つけた“違和感”。
あの時は深く考えなかったが、今なら分かる。
ジェシカは、手袋を外し、指先で石を押した。
低い音とともに、壁が開く。
冷たい空気が、流れ出してきた。
地下文書庫。
そこは、ヴァルモント家の「もう一つの顔」が保管される場所だった。
棚には、年代別に整理された書類。
血統図。
失脚した貴族の記録。
粛清命令の写し。
(……白い誓約は、隠すための儀式)
ジェシカは、背筋が冷えるのを感じた。
これは結婚ではない。
共犯契約だ。
「見てしまったか」
背後から、声。
ジェシカは振り向いた。
そこに立っていたのは、アルヴィンではなかった。
銀縁眼鏡をかけた、年配の男。
「叔父上……」
ヴァルモント家・後見人。
アルヴィンの教育係でもある人物だ。
「当主の妻である以上、いずれは知ることになる。
だが、少し早すぎたな」
ジェシカは、逃げなかった。
「これは……何ですか」
男は、淡々と答える。
「王国の安定のために消された記録だ。
表の正義が届かぬ場所で、血を引き受ける家系」
「それを……誓約で縛る?」
「誓約で守るのだよ」
ジェシカは、唇を噛んだ。
「嘘です」
男の眉が、わずかに動く。
「守っているのは、“家”でしょう。
人じゃない」
静かな怒りが、胸に灯る。
「私は、知る権利も、選ぶ権利も奪われた。
それを“守護”とは呼ばない」
男は、しばらく黙っていたが、やがて告げた。
「君は、当主にとって危険な存在になりつつある」
「それでも、構いません」
ジェシカは、はっきり言った。
「私は、何も知らない人形でいるつもりはない」
男は、ふっと笑った。
「……似ているな」
「誰に?」
「この家を壊しかけた、過去の女にだ」
その言葉が、胸に刺さる。
「彼女は、真実を知りすぎた。
だから、追放された」
ジェシカは、まっすぐ男を見る。
「では私は?」
「――試される」
地下文書庫の灯りが、揺れた。
その夜、ジェシカはアルヴィンと向き合った。
「地下の文書庫を見たわ」
アルヴィンは、何も否定しなかった。
「……そうか」
「聞きたい」
ジェシカは言う。
「あなたは、どこまで知っているの?」
アルヴィンは、深く息を吐いた。
「すべてだ」
その一言で、覚悟が伝わった。
「それでも、あなたはこの家を選ぶ?」
沈黙。
そして――
「私は、当主だ」
それは、答えであり、逃げでもあった。
ジェシカは、静かに頷いた。
「分かったわ」
その声に、怒りはない。
「じゃあ次は、私が選ぶ番ね」
白い誓約は、守るための鎖か。
壊すための鍵か。
それを決めるのは、
もはや家でも、誓約でもない。
――ジェシカ自身だった。
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