16 / 40
第16話 最初の反撃
しおりを挟む
第16話 最初の反撃
嵐は、静かに始まった。
朝、ジェシカの元に届いた一通の書簡。
封蝋には、古参貴族の紋章が刻まれている。
「……来たわね」
内容は、予想通りだった。
――王都社交界主催の夜会への正式招待。
だが、その文面は丁寧でありながら、どこか冷たい。
「“誤解を解くための場を設けたい”……ですか」
アルヴィンが、苦笑する。
「誤解じゃないわ。
理解したくないだけ」
ジェシカは、書簡を机に置いた。
(これは、話し合いじゃない)
(見せしめだ)
古参派は、力を誇示するつもりなのだ。
声を上げた女が、どれほど孤立しているかを。
――だが。
「出席する」
アルヴィンが顔を上げる。
「本気か?」
「ええ。
逃げたと思われるのは、一番まずい」
ジェシカは、静かに微笑んだ。
「それに……最初に殴られる場所は、選んだ方がいい」
夜会当日。
王都随一の大広間は、絢爛とした光に満ちていた。
宝石、絹、香水。
完璧な社交界の仮面。
ジェシカが入場した瞬間、
空気が、目に見えて張りつめた。
「……来たぞ」
「例の女だ」
囁きが、波紋のように広がる。
ジェシカは、背筋を伸ばし、堂々と歩いた。
(怖くない)
(もう、“黙らされる側”じゃない)
乾杯の後、早速“仕掛け”が始まった。
「ヴァルモント夫人」
年配の侯爵夫人が、微笑みながら近づく。
「あなたの発言……
若い令嬢たちに、余計な不安を与えているそうね」
「不安、ですか?」
「ええ。
“知らない方が幸せ”ということもあるでしょう?」
周囲が、息を潜める。
ジェシカは、ゆっくりと首を傾げた。
「では、お聞きします」
場の視線が、集まる。
「あなたは、ご自身の結婚を
“知らないままで良かった”と、胸を張って言えますか?」
一瞬の沈黙。
侯爵夫人の微笑みが、わずかに引きつった。
「……それは」
「答えられない、ということですね」
ざわり、と空気が揺れた。
続けざまに、別の男が声を上げる。
「秩序を乱す発言だ!」
ジェシカは、視線を向ける。
「秩序とは、
“何も知らされない者が黙って従うこと”ですか?」
「――違う!」
「では、“知った上で選ぶこと”は、
なぜ秩序を壊すのです?」
返答は、なかった。
その時だった。
「……彼女の言葉は、間違っていない」
低く、落ち着いた声。
振り向くと、
沈黙派として知られていた伯爵が立っていた。
「我々は、都合よく“伝統”を使い、
説明を怠ってきただけだ」
会場が、どよめく。
ジェシカは、静かに息を吐いた。
(ひとりじゃない)
夜会は、結論の出ないまま終わった。
だが――
その夜以降。
「賛同を表明する家が、増えている」
アルヴィンが報告する。
「反対派も、動きが荒くなっている」
ジェシカは、窓の外を見た。
王都の灯りが、揺れている。
「最初の反撃は、想定内よ」
彼女は、確かに理解していた。
もう、後戻りはできない。
白い誓約を巡る戦いは、
思想の対立から、
権力の衝突へと、段階を上げ始めている。
そして次に問われるのは――
“声を上げた者を、
本気で潰しに来た時、どう耐えるか”。
ジェシカは、ゆっくりと拳を握った。
――受けて立つわ。
これは、私一人の戦いじゃない。
静かな夜の中で、
第二幕の幕が、確実に上がろうとしていた。
嵐は、静かに始まった。
朝、ジェシカの元に届いた一通の書簡。
封蝋には、古参貴族の紋章が刻まれている。
「……来たわね」
内容は、予想通りだった。
――王都社交界主催の夜会への正式招待。
だが、その文面は丁寧でありながら、どこか冷たい。
「“誤解を解くための場を設けたい”……ですか」
アルヴィンが、苦笑する。
「誤解じゃないわ。
理解したくないだけ」
ジェシカは、書簡を机に置いた。
(これは、話し合いじゃない)
(見せしめだ)
古参派は、力を誇示するつもりなのだ。
声を上げた女が、どれほど孤立しているかを。
――だが。
「出席する」
アルヴィンが顔を上げる。
「本気か?」
「ええ。
逃げたと思われるのは、一番まずい」
ジェシカは、静かに微笑んだ。
「それに……最初に殴られる場所は、選んだ方がいい」
夜会当日。
王都随一の大広間は、絢爛とした光に満ちていた。
宝石、絹、香水。
完璧な社交界の仮面。
ジェシカが入場した瞬間、
空気が、目に見えて張りつめた。
「……来たぞ」
「例の女だ」
囁きが、波紋のように広がる。
ジェシカは、背筋を伸ばし、堂々と歩いた。
(怖くない)
(もう、“黙らされる側”じゃない)
乾杯の後、早速“仕掛け”が始まった。
「ヴァルモント夫人」
年配の侯爵夫人が、微笑みながら近づく。
「あなたの発言……
若い令嬢たちに、余計な不安を与えているそうね」
「不安、ですか?」
「ええ。
“知らない方が幸せ”ということもあるでしょう?」
周囲が、息を潜める。
ジェシカは、ゆっくりと首を傾げた。
「では、お聞きします」
場の視線が、集まる。
「あなたは、ご自身の結婚を
“知らないままで良かった”と、胸を張って言えますか?」
一瞬の沈黙。
侯爵夫人の微笑みが、わずかに引きつった。
「……それは」
「答えられない、ということですね」
ざわり、と空気が揺れた。
続けざまに、別の男が声を上げる。
「秩序を乱す発言だ!」
ジェシカは、視線を向ける。
「秩序とは、
“何も知らされない者が黙って従うこと”ですか?」
「――違う!」
「では、“知った上で選ぶこと”は、
なぜ秩序を壊すのです?」
返答は、なかった。
その時だった。
「……彼女の言葉は、間違っていない」
低く、落ち着いた声。
振り向くと、
沈黙派として知られていた伯爵が立っていた。
「我々は、都合よく“伝統”を使い、
説明を怠ってきただけだ」
会場が、どよめく。
ジェシカは、静かに息を吐いた。
(ひとりじゃない)
夜会は、結論の出ないまま終わった。
だが――
その夜以降。
「賛同を表明する家が、増えている」
アルヴィンが報告する。
「反対派も、動きが荒くなっている」
ジェシカは、窓の外を見た。
王都の灯りが、揺れている。
「最初の反撃は、想定内よ」
彼女は、確かに理解していた。
もう、後戻りはできない。
白い誓約を巡る戦いは、
思想の対立から、
権力の衝突へと、段階を上げ始めている。
そして次に問われるのは――
“声を上げた者を、
本気で潰しに来た時、どう耐えるか”。
ジェシカは、ゆっくりと拳を握った。
――受けて立つわ。
これは、私一人の戦いじゃない。
静かな夜の中で、
第二幕の幕が、確実に上がろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です
希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」
卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。
「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」
私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。
病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します
佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。
セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。
婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる