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第33話 名を持たぬ者たち
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第33話 名を持たぬ者たち
翌朝、第三の場所には、
いつもより早く人が集まっていた。
誰かが呼んだわけではない。
掲示もない。
予定表も存在しない。
それでも――
来た。
理由は、単純だった。
ここが、まだ残っている。
それを確かめたかった。
扉を開ける音が、
ひとつ、またひとつ。
ジェシカは、
奥の机で湯を沸かしていた。
顔を上げない。
声もかけない。
それでいい。
ここでは、
誰も「迎えられない」。
名簿がないから。
役職がないから。
登録がないから。
つまり――
名を持たない場所。
「……
昨日、法務院が来たって」
誰かが、
小さく言った。
別の誰かが、
頷く。
「潰される?」
「分からない」
その答えは、
誰からも返らなかった。
ジェシカは、
ようやく顔を上げる。
「分からない、
でいいんです」
全員の視線が、
彼女に向いた。
「ここは、
“続く場所”じゃない」
ざわり、と
空気が揺れる。
「続くと信じた瞬間、
人は、
ここに依存する」
依存――
重たい言葉。
「依存は、
制度を呼びます」
昨日の監査官の顔が、
誰かの脳裏をよぎった。
「だから、
ここは“通過点”です」
ジェシカは、
静かに言葉を選ぶ。
「名前をもらう前に、
ここを出ていく」
「……
出ていけない人は?」
若い男が、
掠れた声で問う。
ジェシカは、
即答しなかった。
少し、
考えてから言う。
「出ていけないなら、
ここに留まらない」
「同じじゃないですか」
「違います」
はっきりと。
「留まる、
というのは――
ここに役割を持つことです」
役割。
責任。
肩書き。
「ここでは、
誰も役割を持たない」
ジェシカは、
机の上にある
白紙の束を示した。
「書かない。
名を書かない。
立場を書かない」
それは、
自由でもあり、
残酷でもある。
「代わりに、
ここで覚えるのは
“自分で立つ感覚”だけ」
沈黙。
誰かが、
ぽつりと笑った。
「……
厳しいですね」
「ええ」
ジェシカも、
小さく笑う。
「だから、
制度は嫌う」
昼過ぎ、
見慣れない二人組が
扉の前で立ち止まった。
貴族風の外套。
だが、
徽章はない。
視線が合う。
「ここ……
噂の場所?」
噂。
誰が流したかは、
分からない。
だが、
噂だけが、
ここを生かしている。
「そうです」
ジェシカは、
短く答えた。
「何をしてる?」
「何も」
その答えに、
二人は顔を見合わせた。
「じゃあ……
何がある?」
ジェシカは、
少し考え、
こう言った。
「名前を
預けなくていい時間」
二人は、
しばらく黙った。
そして、
片方が外套を脱ぐ。
「……
少しだけ、
座ってもいい?」
「どうぞ」
それだけ。
夕方。
人は、
自然に散っていった。
誰も、
明日の約束をしない。
それが、
この場所の掟。
最後に残ったのは、
ジェシカひとり。
窓から差す光が、
床を斜めに切る。
管理されない。
記録されない。
評価されない。
だが――
名を持たぬ者たちが、
一度、呼吸を整えた
その事実だけは、
確かに残った。
ジェシカは、
白紙を一枚、
そっと閉じた。
ここは、
続かない。
だが。
続かないからこそ、
人は前へ行ける。
その理屈を、
制度はまだ、
理解していない。
――そして、
次に動くのは、
制度の側だった。
翌朝、第三の場所には、
いつもより早く人が集まっていた。
誰かが呼んだわけではない。
掲示もない。
予定表も存在しない。
それでも――
来た。
理由は、単純だった。
ここが、まだ残っている。
それを確かめたかった。
扉を開ける音が、
ひとつ、またひとつ。
ジェシカは、
奥の机で湯を沸かしていた。
顔を上げない。
声もかけない。
それでいい。
ここでは、
誰も「迎えられない」。
名簿がないから。
役職がないから。
登録がないから。
つまり――
名を持たない場所。
「……
昨日、法務院が来たって」
誰かが、
小さく言った。
別の誰かが、
頷く。
「潰される?」
「分からない」
その答えは、
誰からも返らなかった。
ジェシカは、
ようやく顔を上げる。
「分からない、
でいいんです」
全員の視線が、
彼女に向いた。
「ここは、
“続く場所”じゃない」
ざわり、と
空気が揺れる。
「続くと信じた瞬間、
人は、
ここに依存する」
依存――
重たい言葉。
「依存は、
制度を呼びます」
昨日の監査官の顔が、
誰かの脳裏をよぎった。
「だから、
ここは“通過点”です」
ジェシカは、
静かに言葉を選ぶ。
「名前をもらう前に、
ここを出ていく」
「……
出ていけない人は?」
若い男が、
掠れた声で問う。
ジェシカは、
即答しなかった。
少し、
考えてから言う。
「出ていけないなら、
ここに留まらない」
「同じじゃないですか」
「違います」
はっきりと。
「留まる、
というのは――
ここに役割を持つことです」
役割。
責任。
肩書き。
「ここでは、
誰も役割を持たない」
ジェシカは、
机の上にある
白紙の束を示した。
「書かない。
名を書かない。
立場を書かない」
それは、
自由でもあり、
残酷でもある。
「代わりに、
ここで覚えるのは
“自分で立つ感覚”だけ」
沈黙。
誰かが、
ぽつりと笑った。
「……
厳しいですね」
「ええ」
ジェシカも、
小さく笑う。
「だから、
制度は嫌う」
昼過ぎ、
見慣れない二人組が
扉の前で立ち止まった。
貴族風の外套。
だが、
徽章はない。
視線が合う。
「ここ……
噂の場所?」
噂。
誰が流したかは、
分からない。
だが、
噂だけが、
ここを生かしている。
「そうです」
ジェシカは、
短く答えた。
「何をしてる?」
「何も」
その答えに、
二人は顔を見合わせた。
「じゃあ……
何がある?」
ジェシカは、
少し考え、
こう言った。
「名前を
預けなくていい時間」
二人は、
しばらく黙った。
そして、
片方が外套を脱ぐ。
「……
少しだけ、
座ってもいい?」
「どうぞ」
それだけ。
夕方。
人は、
自然に散っていった。
誰も、
明日の約束をしない。
それが、
この場所の掟。
最後に残ったのは、
ジェシカひとり。
窓から差す光が、
床を斜めに切る。
管理されない。
記録されない。
評価されない。
だが――
名を持たぬ者たちが、
一度、呼吸を整えた
その事実だけは、
確かに残った。
ジェシカは、
白紙を一枚、
そっと閉じた。
ここは、
続かない。
だが。
続かないからこそ、
人は前へ行ける。
その理屈を、
制度はまだ、
理解していない。
――そして、
次に動くのは、
制度の側だった。
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