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第35話 名を呼ばれぬ席
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第35話 名を呼ばれぬ席
王城の回廊は、
朝の光を受けて静まり返っていた。
磨かれた石床。
高い天井。
飾られた紋章。
ここは、
名を持つ者のための場所だ。
だからこそ――
名を背負わずに立つ者は、
ひどく浮く。
ジェシカは、
案内役の騎士の後ろを歩きながら、
一切、周囲を見回さなかった。
視線を上げれば、
評価が始まる。
ここでは、
それが最も危険だった。
扉が開く。
会議室。
長い卓。
既に数名が着席している。
法務院の監査官マルセル。
王城書記官。
そして――
名を伏せた高官たち。
「ジェシカ・ヴァルモント殿」
形式的な呼びかけ。
ジェシカは、
軽く会釈した。
「個人として参りました」
それだけ。
ざわ、と
空気が揺れる。
「本日は、
貴殿の関与する
非登録施設について――」
「関与していません」
遮るように、
ジェシカが言った。
書記官の手が、
一瞬止まる。
「……
では、
なぜここに?」
「呼ばれたからです」
簡潔。
無駄がない。
マルセルが、
静かに口を開いた。
「質問を変えよう」
彼は、
指先で卓を叩いた。
「なぜ、
説明を拒む?」
ジェシカは、
少し考えた。
「拒んでいません」
「では?」
「説明できないのです」
会議室が、
静まり返る。
「説明とは、
定義することです」
ジェシカは、
淡々と続ける。
「目的、
責任者、
成果、
安全基準」
「それらを定義した瞬間、
そこは
制度になります」
「制度が、
悪いと?」
高官の一人が問う。
「いいえ」
ジェシカは、
首を振った。
「万能ではない
と言っているだけです」
沈黙。
誰も、
即座に反論できない。
「制度は、
“今の人”を救います」
「しかし――」
一拍。
「今に
名前が与えられない人を
零します」
その言葉は、
柔らかい。
だが、
刃のようだった。
マルセルが、
視線を落とす。
「……
君は、
危険だな」
「分かっています」
ジェシカは、
即答した。
「だから、
代表にはなりません」
「代表がいなければ、
責任の所在が――」
「曖昧になります」
ジェシカは、
遮らずに言う。
「それが、
必要な時期もあります」
高官たちは、
互いに視線を交わした。
制度は、
曖昧さを嫌う。
だが同時に――
曖昧さを完全に
排除できない。
それを、
彼らは知っている。
「提案があります」
ジェシカは、
静かに言った。
「当面、
監視は受けます」
空気が動く。
「ただし、
記録は取りません」
「……
矛盾している」
「ええ」
小さく、
ジェシカは笑った。
「だから、
妥協点です」
長い沈黙。
やがて、
最年長の高官が
口を開いた。
「――
三十日」
「三十日?」
「その間、
強制措置は取らない」
条件付きの猶予。
「その後は?」
ジェシカは、
問い返す。
「その時に、
判断する」
つまり。
理解できなければ、
切る。
ジェシカは、
頷いた。
「十分です」
席を立つ。
誰も、
引き止めなかった。
扉の前で、
マルセルが言った。
「君は、
名を捨てている」
ジェシカは、
振り返らない。
「いいえ」
一拍。
「名に
しがみついていない
だけです」
扉が閉まる。
王城の秩序は、
まだ保たれている。
だが。
名を呼ばれぬ席が
存在した
という事実は――
確実に、
亀裂として
残った。
そして、
猶予三十日。
制度は、
試されている。
理解できないものを
残せるかどうかを。
王城の回廊は、
朝の光を受けて静まり返っていた。
磨かれた石床。
高い天井。
飾られた紋章。
ここは、
名を持つ者のための場所だ。
だからこそ――
名を背負わずに立つ者は、
ひどく浮く。
ジェシカは、
案内役の騎士の後ろを歩きながら、
一切、周囲を見回さなかった。
視線を上げれば、
評価が始まる。
ここでは、
それが最も危険だった。
扉が開く。
会議室。
長い卓。
既に数名が着席している。
法務院の監査官マルセル。
王城書記官。
そして――
名を伏せた高官たち。
「ジェシカ・ヴァルモント殿」
形式的な呼びかけ。
ジェシカは、
軽く会釈した。
「個人として参りました」
それだけ。
ざわ、と
空気が揺れる。
「本日は、
貴殿の関与する
非登録施設について――」
「関与していません」
遮るように、
ジェシカが言った。
書記官の手が、
一瞬止まる。
「……
では、
なぜここに?」
「呼ばれたからです」
簡潔。
無駄がない。
マルセルが、
静かに口を開いた。
「質問を変えよう」
彼は、
指先で卓を叩いた。
「なぜ、
説明を拒む?」
ジェシカは、
少し考えた。
「拒んでいません」
「では?」
「説明できないのです」
会議室が、
静まり返る。
「説明とは、
定義することです」
ジェシカは、
淡々と続ける。
「目的、
責任者、
成果、
安全基準」
「それらを定義した瞬間、
そこは
制度になります」
「制度が、
悪いと?」
高官の一人が問う。
「いいえ」
ジェシカは、
首を振った。
「万能ではない
と言っているだけです」
沈黙。
誰も、
即座に反論できない。
「制度は、
“今の人”を救います」
「しかし――」
一拍。
「今に
名前が与えられない人を
零します」
その言葉は、
柔らかい。
だが、
刃のようだった。
マルセルが、
視線を落とす。
「……
君は、
危険だな」
「分かっています」
ジェシカは、
即答した。
「だから、
代表にはなりません」
「代表がいなければ、
責任の所在が――」
「曖昧になります」
ジェシカは、
遮らずに言う。
「それが、
必要な時期もあります」
高官たちは、
互いに視線を交わした。
制度は、
曖昧さを嫌う。
だが同時に――
曖昧さを完全に
排除できない。
それを、
彼らは知っている。
「提案があります」
ジェシカは、
静かに言った。
「当面、
監視は受けます」
空気が動く。
「ただし、
記録は取りません」
「……
矛盾している」
「ええ」
小さく、
ジェシカは笑った。
「だから、
妥協点です」
長い沈黙。
やがて、
最年長の高官が
口を開いた。
「――
三十日」
「三十日?」
「その間、
強制措置は取らない」
条件付きの猶予。
「その後は?」
ジェシカは、
問い返す。
「その時に、
判断する」
つまり。
理解できなければ、
切る。
ジェシカは、
頷いた。
「十分です」
席を立つ。
誰も、
引き止めなかった。
扉の前で、
マルセルが言った。
「君は、
名を捨てている」
ジェシカは、
振り返らない。
「いいえ」
一拍。
「名に
しがみついていない
だけです」
扉が閉まる。
王城の秩序は、
まだ保たれている。
だが。
名を呼ばれぬ席が
存在した
という事実は――
確実に、
亀裂として
残った。
そして、
猶予三十日。
制度は、
試されている。
理解できないものを
残せるかどうかを。
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