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第36話 猶予という名の圧力
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第36話 猶予という名の圧力
三十日。
それは、
慈悲の数字ではない。
判断を先送りにするための
期限だ。
王城を出たあと、
ジェシカは寄り道をしなかった。
馬車にも乗らず、
歩いて戻る。
舗道の感触。
人の流れ。
市場のざわめき。
ここには、
王城にはない情報がある。
評価されない声。
記録に残らない視線。
第三の場所に戻ると、
既に数人が集まっていた。
誰も、
王城の話を聞こうとしない。
それが、
この場所の距離感。
ジェシカは、
何も告げず、
ただ椅子に座った。
しばらくして、
一人が口を開く。
「……
何か、
決まりましたか」
「いいえ」
即答。
「何も
決まっていません」
それで十分だった。
午後。
第三の場所の周囲に、
見慣れない人影が増えた。
目立たない外套。
歩き方が揃いすぎている。
監視。
だが、
誰も干渉しない。
扉も、
閉めない。
「怖くないんですか」
若い女性が、
小声で言った。
「何が?」
「……
潰されること」
ジェシカは、
少し考えた。
「潰されること自体は、
怖くありません」
正確な言葉だった。
「怖いのは、
潰された理由が
正当化されること」
沈黙。
制度は、
常に理由を作る。
危険だから。
秩序のため。
前例を守るため。
そのどれかに
回収された瞬間、
ここで起きた揺れは
無意味になる。
夜。
アルヴィンが訪れた。
「王城は、
様子見を始めた」
「ええ」
「利用者を
数え始めている」
「数えさせておけばいい」
ジェシカは、
湯を注ぎながら言う。
「数えるほど、
理解から遠ざかる」
アルヴィンが、
苦笑した。
「相変わらずだ」
「相手が、
数字でしか
安心できないなら」
一拍。
「こちらは、
言葉を減らすしかない」
翌日。
第三の場所で、
初めて“去る宣言”があった。
「……
戻ります」
中年の男だった。
「ここで、
十分休みました」
誰も、
拍手しない。
誰も、
引き止めない。
ジェシカは、
ただ頷いた。
「お気をつけて」
それだけ。
男は、
深く頭を下げ、
出ていった。
その背中を、
誰も追わない。
だが。
その日以降、
“去る人”が
少しずつ増え始めた。
制度は、
それを
“減少”と記録するだろう。
だが、
ここでは違う。
通過が
成立している
という事実。
夜更け。
ジェシカは、
記録帳を閉じた。
書いたのは、
数字ではない。
言葉でもない。
ただ――
静けさの変化。
三十日の猶予は、
圧力だ。
だが同時に、
試験期間でもある。
制度が、
理解できないものを
待てるかどうか。
そして――
ジェシカ自身が、
名を持たずに
立ち続けられるかどうか。
白い仮面は、
まだ剥がれていない。
だが。
剥がす必要が
ない場所が
存在し続けている
その事実だけで、
秩序は、
確実に
圧迫されていた。
三十日。
それは、
慈悲の数字ではない。
判断を先送りにするための
期限だ。
王城を出たあと、
ジェシカは寄り道をしなかった。
馬車にも乗らず、
歩いて戻る。
舗道の感触。
人の流れ。
市場のざわめき。
ここには、
王城にはない情報がある。
評価されない声。
記録に残らない視線。
第三の場所に戻ると、
既に数人が集まっていた。
誰も、
王城の話を聞こうとしない。
それが、
この場所の距離感。
ジェシカは、
何も告げず、
ただ椅子に座った。
しばらくして、
一人が口を開く。
「……
何か、
決まりましたか」
「いいえ」
即答。
「何も
決まっていません」
それで十分だった。
午後。
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見慣れない人影が増えた。
目立たない外套。
歩き方が揃いすぎている。
監視。
だが、
誰も干渉しない。
扉も、
閉めない。
「怖くないんですか」
若い女性が、
小声で言った。
「何が?」
「……
潰されること」
ジェシカは、
少し考えた。
「潰されること自体は、
怖くありません」
正確な言葉だった。
「怖いのは、
潰された理由が
正当化されること」
沈黙。
制度は、
常に理由を作る。
危険だから。
秩序のため。
前例を守るため。
そのどれかに
回収された瞬間、
ここで起きた揺れは
無意味になる。
夜。
アルヴィンが訪れた。
「王城は、
様子見を始めた」
「ええ」
「利用者を
数え始めている」
「数えさせておけばいい」
ジェシカは、
湯を注ぎながら言う。
「数えるほど、
理解から遠ざかる」
アルヴィンが、
苦笑した。
「相変わらずだ」
「相手が、
数字でしか
安心できないなら」
一拍。
「こちらは、
言葉を減らすしかない」
翌日。
第三の場所で、
初めて“去る宣言”があった。
「……
戻ります」
中年の男だった。
「ここで、
十分休みました」
誰も、
拍手しない。
誰も、
引き止めない。
ジェシカは、
ただ頷いた。
「お気をつけて」
それだけ。
男は、
深く頭を下げ、
出ていった。
その背中を、
誰も追わない。
だが。
その日以降、
“去る人”が
少しずつ増え始めた。
制度は、
それを
“減少”と記録するだろう。
だが、
ここでは違う。
通過が
成立している
という事実。
夜更け。
ジェシカは、
記録帳を閉じた。
書いたのは、
数字ではない。
言葉でもない。
ただ――
静けさの変化。
三十日の猶予は、
圧力だ。
だが同時に、
試験期間でもある。
制度が、
理解できないものを
待てるかどうか。
そして――
ジェシカ自身が、
名を持たずに
立ち続けられるかどうか。
白い仮面は、
まだ剥がれていない。
だが。
剥がす必要が
ない場所が
存在し続けている
その事実だけで、
秩序は、
確実に
圧迫されていた。
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