婆になる前に、嫁に行きます ――私が下賜を受け入れた理由――

ふわふわ

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第4話 選ばれた理由など、どうでもいい

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第4話 選ばれた理由など、どうでもいい

下賜の内示が出てから、後宮の空気は微妙に変わった。

直接何かを言われるわけではない。
露骨な視線を向けられることもない。
だが、確かに――
タニアを取り巻く距離感が、わずかに変わった。

それは哀れみでも、敵意でもない。
もっと実務的なものだ。

――次は、誰だろう。

そんな無言の計算が、
姫たちの間を静かに行き交っている。

タニアは、その変化を敏感に感じ取っていた。
後宮で生きるというのは、
言葉よりも空気を読む仕事に近い。

「あなた、驚かないのね」

そう声をかけてきたのは、
年若い姫だった。
まだ後宮に入って日が浅く、
どこか現実感のない瞳をしている。

「下賜、決まったのでしょう?」

タニアは頷いた。

「……怖くないの?」

その問いに、
彼女は一瞬だけ考えた。

怖いかどうか。
答えは、簡単だ。

「怖いわよ」

だが、それだけでは終わらない。

「でも、理由が分からないまま、
ここで年を取る方が、私は怖い」

姫は、言葉を失った。

タニアは、それ以上何も説明しなかった。
説明しても、理解できる段階ではないからだ。

後宮では、
選ばれた理由を知ることはできない。

皇帝の意思。
側近の判断。
派閥の都合。
賄賂。
嫉妬。
偶然。

どれもあり得るし、
どれも決定打にはならない。

そして何より――
理由を追い始めた瞬間、
人は足を止める。

タニアは、それを嫌っていた。

自分がなぜ下賜されたのか。
考えようと思えば、いくらでも仮説は立てられる。

有能すぎたからかもしれない。
目立ったからかもしれない。
誰かに疎まれたのかもしれない。

あるいは、
単に「今が都合よかった」だけかもしれない。

だが、
そのどれを突き止めたところで、
状況は一切変わらない。

変えられるのは、
これからの立ち位置だけだ。

「選ばれた理由など、どうでもいい」

タニアは、そう結論づけていた。

重要なのは、
下賜先が誰か。
そして、
その場所で何ができるか。

アークトゥルス侯爵――
その名を、彼女は何度か聞いたことがある。

戦場で功績を挙げた男。
武だけでなく、戦略にも長けている。
軍師として重用されている。

後宮の噂話としては、
かなり良い部類だった。

少なくとも、
酒と女に溺れるだけの男ではない。

それだけで、
下賜先としては「当たり」だと言える。

タニアは、そう冷静に評価していた。

「情は期待しない。
でも、理はある」

それが、彼女の基準だ。

夜、部屋に戻ると、
身の回りの品を見渡す。

持ち出せるものは限られている。
後宮の姫であった証の多くは、
ここに残される。

だが、
それでいい。

後宮での立場は、
ここで終わる。

これから必要なのは、
別の場所で通用する自分だ。

作法。
計算。
観察力。
そして――
感情を切り離す覚悟。

タニアは、静かに息を吐いた。

泣く必要はない。
怒る必要もない。

これは、
追放ではない。

これは、
次の局面に移るだけだ。

選ばれた理由など、
もう振り返らない。

彼女は、
前を見ることに決めていた。
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