婆になる前に、嫁に行きます ――私が下賜を受け入れた理由――

ふわふわ

文字の大きさ
25 / 39

第25話 切られる女、切る女

しおりを挟む
第25話 切られる女、切る女

その報せは、
夜更けに、ひっそりと持ち込まれた。

「……侯爵夫人様」

声を潜めて現れたのは、
情報を扱う下級役人だった。

彼の顔色は悪い。
持ってきた話が、
“好ましくない”ことを示している。

「後宮に、
新たに下賜が決まった姫がいます」

タニアは、
それだけで察した。

――ハマル。

「正式な通達は、
まだですが……
中央の側近筋から、
ほぼ確定だと」

「相手は?」

「カウス・アウストラリス子爵です」

その名を聞いた瞬間、
タニアの中で、
いくつもの情報が繋がった。

辺境の英雄。
戦場では功績を挙げたが、
中央での発言力は乏しい。

――都合のいい相手。

「理由は?」

役人は、
一瞬だけ躊躇し、
それでも口を開いた。

「……賄賂が、
発覚しました」

「誰の?」

「側近の一人です。
後宮の人選に関わっていた者」

やはり。

「ハマルは?」

「口封じです」

短い言葉が、
すべてを物語っていた。

タニアは、
静かに息を吐く。

――切られる側から、
切る側へ。

後宮とは、
そういう場所だ。

「ありがとう。
もう下がっていいわ」

役人が去った後、
タニアは一人、
灯りの下に立つ。

後宮にいた頃、
彼女は常に
切られる候補だった。

誰かの都合で、
価値を測られ、
使われ、
不要になれば捨てられる。

今、
その刃は、
別の女に向いている。

ハマル。

自分を陥れ、
下賜へ追いやった女。

同情は、
ない。

だが――
喜びも、ない。

翌日、
アークに報告する。

内容は、
事実のみ。

「中央の側近が、
賄賂で左遷されます」

「ふむ」

「その不正を隠すため、
関係していた姫も、
下賜されます」

「……なるほど」

アークは、
すぐに理解した。

「口封じか」

「はい」

彼は、
しばらく黙ってから言う。

「お前は、
どう思う」

タニアは、
視線を逸らさず答えた。

「後宮の常です」

「それだけか」

「それ以上でも、
それ以下でもありません」

復讐を望んでいると、
思われたくなかった。

ざまぁを、
期待されても困る。

彼女は、
感情で動く女ではない。

アークは、
それを理解している。

「救う気は?」

「ありません」

即答だった。

「ですが……」

一呼吸置く。

「利用する余地は、
あります」

アークは、
片眉を上げる。

「どういう意味だ」

「ハマルは、
中央で切られました」

「辺境に行けば、
価値は下がる」

「その情報は、
中央の“やり方”を示す材料になります」

アークは、
短く笑った。

「なるほど。
切り捨ての実例、か」

「はい」

それは、
感情的な復讐ではない。

政治的な証拠だ。

夕刻、
タニアは自室で、
静かに考える。

自分は、
冷たい女だろうか。

かつて、
同じ場所にいた女が、
切り捨てられていくのを、
淡々と見ている。

だが――
涙を流しても、
何も変わらない。

後宮では、
助けた者から死ぬ。

それを、
彼女は知っている。

「私は、
生き残る側を選んだ」

その言葉を、
誰に聞かせるでもなく、
呟く。

婆になる前に、
行き先を選んだ。

今は――
切られる女ではない。

切るか、
切らせるかを
判断する女だ。

その自覚は、
重い。

だが、
手放すつもりはなかった。

タニアは、
灯りを消す。

夜の闇は、
後宮のそれと違い、
逃げ場のない闇ではない。

ここは、
選んだ場所。

そして、
選び続ける場所だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

「お前とは結婚できない」って言ったのはそっちでしょ?なのに今さら嫉妬しないで

ほーみ
恋愛
王都ベルセリオ、冬の終わり。 辺境領主の娘であるリリアーナ・クロフォードは、煌びやかな社交界の片隅で、ひとり静かにグラスを傾けていた。 この社交界に参加するのは久しぶり。3年前に婚約破棄された時、彼女は王都から姿を消したのだ。今日こうして戻ってきたのは、王女の誕生祝賀パーティに招かれたからに過ぎない。 「リリアーナ……本当に、君なのか」 ――来た。 その声を聞いた瞬間、胸の奥が冷たく凍るようだった。 振り向けば、金髪碧眼の男――エリオット・レインハルト。かつての婚約者であり、王家の血を引く名家レインハルト公爵家の嫡男。 「……お久しぶりですね、エリオット様」

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...