婆になる前に、嫁に行きます ――私が下賜を受け入れた理由――

ふわふわ

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第27話 辺境という現実

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第27話 辺境という現実

ハマルが後宮を出立した、という報せは、
数日遅れて屋敷に届いた。

「輿ではなく、
軍用の馬車だったそうです」

侍女長の言葉は、
淡々としているが、
その違いが意味するところは重い。

――待遇ではない。
移送だ。

「持ち出しを許されたのは、
最低限の私物のみ」

それが、
中央の判断。

タニアは、
黙って頷いた。

下賜された姫は、
“嫁ぐ”のではない。
“渡される”のだ。

後宮にいた者なら、
誰もが知っている。

「辺境まで、
十日以上かかるでしょう」

「そう」

距離だけでなく、
環境も、
価値観も違う。

中央の空気しか知らない女にとって、
それは旅ではない。

移行だ。

午後、
辺境に詳しい役人が訪れた。

名目は、
物資の調整。

だが、
話題は自然と、
カウス・アウストラリス子爵へと移る。

「粗野な男だと、
評判はよろしくありません」

「評判は、
誰のものですか」

タニアの問いに、
役人は一瞬言葉を詰まらせる。

「……中央の」

「では、
参考になりません」

即答だった。

役人は、
苦笑する。

「確かに。
辺境では、
彼は英雄です」

戦場で先陣を切り、
敵将の首を取った男。

酒を好み、
女にも遠慮がない。

だが――
部下からの信頼は厚い。

「統治は、
上手くいっている」

「なら、
“蛮族”ではありませんね」

「……そうなります」

中央が使う言葉は、
事実ではなく、
感情で出来ている。

タニアは、
その構造をよく知っていた。

夕刻、
アークが言う。

「辺境は、
生きる場所だ」

「はい」

「だが、
中央とは違う」

「ええ」

タニアは、
短く答える。

違うのは、
文化だけではない。

逃げ場がない。

後宮なら、
次の下賜がある。
中央なら、
左遷で済む。

だが辺境では、
人は“役に立たなければ”
存在できない。

「ハマルは、
役に立てると思うか」

その問いに、
タニアは即答しなかった。

少し考え、
答える。

「……彼女は、
適応するでしょう」

「意外だな」

「後宮で生き残った女です」

それだけで、
十分な説明だった。

だが――
適応と、
幸福は違う。

夜、
タニアは一人、
窓辺に立つ。

もし、
自分が辺境へ下賜されていたら。

想像は、
簡単だった。

彼女は、
同じように振る舞っただろう。

感情を抑え、
状況を読み、
生き残る道を探す。

だが――
今ほど、
裁量はなかった。

その違いが、
すべてだ。

「私は、
こちら側に立った」

それは、
誇りではない。

事実だ。

辺境は、
中央の都合で
人が送られる場所。

だが同時に、
中央の価値が
通じない場所でもある。

ハマルは、
そこで何を失い、
何を得るのか。

タニアは、
それ以上考えなかった。

彼女にできるのは、
自分の立場を守ることだけ。

婆になる前に、
行き先を選んだ。

今は――
その選択の重さを、
他人の行き先を通して
再確認している。

タニアは、
静かにカーテンを閉めた。

辺境は遠い。
だが、
決して無関係な場所ではない。

その事実を、
彼女はもう、
痛いほど理解していた。
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