婆になる前に、嫁に行きます ――私が下賜を受け入れた理由――

ふわふわ

文字の大きさ
33 / 39

第33話 信頼の名で縛る

しおりを挟む
第33話 信頼の名で縛る

屋敷の朝は、
静かだった。

以前なら、
どこかに漂っていた緩み――
主が不在であることへの油断は、
もう感じられない。

使用人たちは、
決して怯えているわけではない。

だが、
気を抜いてはいない。

それが、
タニアの望んだ状態だった。

「奥様、本日の予定でございます」

若い侍女が、
手帳を差し出す。

その手元は、
わずかに震えている。

「……緊張しなくていいわ」

タニアは、
柔らかく言った。

「あなたは、
何も間違えていないもの」

侍女は、
驚いたように目を見開き、
慌てて頭を下げた。

「い、いえ……!」

タニアは、
それ以上言わない。

褒めすぎない。
距離を詰めすぎない。

だが、
切り捨てもしない。

それが、
信頼を“管理”するやり方だ。

午前中、
数名の使用人を集め、
小さな会合を開いた。

内容は、
改革でも命令でもない。

「これまでのやり方で、
不便に感じていることは?」

一瞬、
沈黙が落ちる。

誰も、
口を開こうとしない。

当然だ。

意見を言う=目立つ、
そう教え込まれてきたのだから。

「……言っても、
咎めません」

タニアは、
静かに続ける。

「改善出来ることなら、
改善します」

それでも、
すぐには声が上がらない。

だが――
一人が、
恐る恐る口を開いた。

「……物資の受け取りが、
現場では少し、
分かりづらく……」

タニアは、
即座に否定しなかった。

「どこが?」

「……手順が、
人によって違っていて……」

「分かりました」

その場で、
判断はしない。

だが、
後で必ず反映させる。

それを、
彼女は実際にやる。

数日後、
受け取り手順は
簡略化された。

それを見て、
使用人たちは悟る。

――この奥様は、
話を聞くだけではない。

動く。

午後、
老執事が
そっと告げる。

「最近、
皆、
奥様の采配を
“当たり前”として
受け入れ始めています」

「それは、
良いこと?」

「……はい」

彼は、
苦笑した。

「恐怖ではなく、
信頼で縛られています」

タニアは、
小さく息を吐いた。

それが、
狙いだ。

恐怖は、
一時的だ。

だが、
信頼は――
裏切りにくい。

夜、
タニアは
書斎で考える。

もし、
アークが戻らなかったら。

もし、
戦死の報が届いたら。

この屋敷は、
どうなるか。

答えは、
もう見えている。

使用人たちは、
彼女を選ぶ。

血縁でも、
地位でもない。

実務と判断で
信頼を積み上げた女を。

タニアは、
その未来を
恐れていない。

むしろ――
備えている。

「……生き残るためには、
好かれるより、
信じられる方がいい」

後宮で、
何度も学んだ。

愛は、
気まぐれだ。

だが、
利と理は、
裏切らない。

彼女は、
静かに灯りを落とす。

この屋敷は、
もう彼女なしでは
回らない。

それに気づいているのは、
使用人だけではない。

――戦場のアークも、
きっと。

そして物語は、
次の局面へ進む。

信頼で縛られた者たちが、
彼女を
守る側に回る時が
近づいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

「お前とは結婚できない」って言ったのはそっちでしょ?なのに今さら嫉妬しないで

ほーみ
恋愛
王都ベルセリオ、冬の終わり。 辺境領主の娘であるリリアーナ・クロフォードは、煌びやかな社交界の片隅で、ひとり静かにグラスを傾けていた。 この社交界に参加するのは久しぶり。3年前に婚約破棄された時、彼女は王都から姿を消したのだ。今日こうして戻ってきたのは、王女の誕生祝賀パーティに招かれたからに過ぎない。 「リリアーナ……本当に、君なのか」 ――来た。 その声を聞いた瞬間、胸の奥が冷たく凍るようだった。 振り向けば、金髪碧眼の男――エリオット・レインハルト。かつての婚約者であり、王家の血を引く名家レインハルト公爵家の嫡男。 「……お久しぶりですね、エリオット様」

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...