「元婚約?最初からあなたなんか蚊帳の外ですのに、婚約破棄ですか?」

ふわふわ

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第五章

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 王宮の図書室での出来事から、数日が経過した。フォウ・シックスは引き続き“臨時の学習係”としてセブン王子の勉学をサポートしているが、以前よりも格段に忙しくなっている。というのも、セブンがファスト王子の補佐を受けて、国の政務に関する知識を深めはじめたからだ。
 しかも最近は、王家や重臣たちの間で「次期国王は誰が相応しいか」という話題が本格化しつつある。現国王はまだ若いとはいえ“実力主義”を掲げ、すべてをファストやニーノといった上位王子に任せるわけではないと明言していた。その流れの中で、幼いながら天才的な頭脳を持つセブンが急激に注目を浴び始めているのだ。

 そんな中、フォウとアミリア・グレイスの“見えない火花”もますます激化していた。あれから図書室で顔を合わせるたび、アミリアは古文書だの歴史書だのを理由にセブンへ助言を求め、フォウの学習指導を横から奪うように割り込んでくる。口調や態度は上品なままだが、その裏で「私もセブン王子に近づきたいの」と主張しているのは明白だった。
 それでもフォウが簡単にアミリアを押し退けることはできない。公爵令嬢とはいえ、アミリアも侯爵家の令嬢としての地位があり、ニーノ王子の現婚約者という肩書きも健在だ。形式上はアミリアのほうが立場を尊重される場面も多く、フォウが真っ向から意見をぶつければ、“公的なマナー違反”だと捉えられかねないのである。

 そんなある午後、フォウはセブン王子の部屋に呼ばれていた。といっても、勉強のためではない。セブンが個人的に進めている“ある計画”について、意見を聞きたいというのだ。
 王宮の奥まった回廊を通り、セブンの私室へ向かう。そこは広さこそ控えめだが、最低限の調度品が整えられた静謐な空間で、窓からは王宮の中庭が一望できる。フォウが侍女の案内でドアを開けると、セブンが小さな机に向かって何やら書き込んでいるのが目に入った。

「セブン様、ご用とのことですが」

「フォウお姉様、来てくださってありがとうございます。……少し、僕の考えをまとめるのを手伝っていただきたくて」

 振り返ったセブンは、以前にも増して大人びた雰囲気をまとっていた。もしかすると、ファスト王子や重臣たちとのやり取りが彼をさらに成長させているのかもしれない。フォウは胸をときめかせながら、机のそばまで歩み寄る。
 机の上には複数の地図や紙が並べられており、そこには王国の各地方の特徴や産業について簡潔なメモが書かれていた。

「これは……地方の開発案に関する資料ですか?」

「はい。僕なりに、国の各領地がもっと活性化する方法を考えてみたんです。ファスト兄上にも相談していて……ただ、少し大規模になりすぎて、どうまとめればいいか分からなくなってしまって」

 少年らしい弱音を吐くセブンに、フォウはほほ笑む。彼がこの国の将来を真剣に考えている証であり、まだ幼い分だけ悩みも大きいのだろう。
 フォウは紙束を一通り眺めてから、穏やかな声でアドバイスを始める。

「セブン様が思い描いているのは、たとえば農村の水利を整備するとか、主要街道の宿場を増やすといった施策でしょうか? そういった政策は一朝一夕に進むものではないですし、まずは段階を分けて整理するのが大事だと思います」

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「段階……ですか?」

「はい。“短期的に取り組める改革”と“長期的な開発計画”を分けて書き出してみると、今やるべきことと将来的に準備することが見えやすくなるはずですわ」

 フォウはそう言いながら紙とペンを手に取り、例として簡単な表を描いてみせる。セブンはその様子を熱心に見つめ、「なるほど」と頷く。

「さすがフォウお姉様、ありがとうございます。これなら、僕の頭の中を整理できそうです」

「お役に立てて嬉しいですわ。それに、セブン様が考えていらっしゃることをこうして共有していただけるのは光栄です」

 思わず顔がほころぶフォウ。もし、これをアミリアが知ったらどう思うだろうか――セブンの最も重要な構想に密接に関わっているのが、自分だという事実を知れば、きっと内心穏やかではいられないはず。
 フォウがそんな考えを巡らせていると、不意にドアをノックする音が響いた。侍女が失礼します、と言葉を添えて、アミリアの姿を案内する。やはり来るのか、とフォウは苦笑を漏らすしかない。

「あら、セブン王子。ここにいらしたのですね。わたくし、先ほどまでファスト殿下とお話ししていたのですが、セブン王子にも見せたい資料があって……」

 そう言いながらアミリアは恭しく礼を取る。だが、その瞳がフォウを捉えたときだけ、ほんの一瞬不穏な光がよぎった。

「いらっしゃいませ、アミリア様。どのような資料なのでしょうか?」

 セブンが素直に問いかける。彼の純粋さゆえか、アミリアがここに現れた意図が“フォウとの対抗心”に起因しているとは気づかない。
 アミリアは微笑を浮かべたまま、ワゴンに積んだ地図を広げ始める。そこにはやはり、地方の農村や鉱山の情報が記され、いくつか注釈や提案が書き込まれていた。

「こちらは私の家が管轄する地域の情報ですわ。わたくし、前々から地元にある鉱山の有効活用を考えていたのですが、なかなか良い案が浮かばなくて。セブン王子のお知恵を借りられたらと思いまして」

「なるほど……鉱石の運搬経路や採掘効率など、課題は多いですね。でも、もし開発が進めば国の財政にも大きく寄与しそうです」

 セブンが目を輝かせて語りだす。フォウは内心で舌打ちしたくなるほど、まさに“絶好のアプローチ”だと感じた。アミリアが単にライバル心だけで来たわけではなく、実際にセブンの知恵を借りたい理由を用意していたのは、想定外に抜け目がない。

(やはり、侮れませんわね)

 フォウはクールな表情を装いながら、机の上を片付ける。自分が使っていた紙やペンを脇に寄せ、セブンの視界を広く確保する。それだけでなく、“私もこの話に関心がありますよ”と示すかのように、アミリアの地図に視線を落とした。

「鉱山の開発には多くの資金と人手が必要ですわ。そのためのインフラ整備と、採掘後の運搬ルートの管理も欠かせません。セブン様が先ほどお話しされていた施策とも絡めれば、相乗効果が期待できるかもしれませんね」

「フォウ様も既にそうお考えでしたか。……さすがですわね。でも、セブン王子に直接聞いてみたいのです。もし私が鉱山をもっと拡大したいと願ったら、どのような手順が合理的でしょう?」

 アミリアが微妙にフォウの存在を抜きにして、セブンへ問いかける。まるで「あなたの意見が一番聞きたいのよ」と言わんばかりの態度だ。セブンは少し考え込んだ末に、落ち着いた口調で提案を始める。

「まずは試掘を行い、埋蔵量や品位を正確に把握する必要がありますね。大規模な投資をするなら、地質学や工学の専門家も呼び寄せないといけない。……それには、国王や重臣の許可が不可欠ですが……」

「そうですの。やはり国王の後ろ盾が必要ですわね」

 アミリアは嬉しそうに頷く。その横顔を見ながらフォウは心の中でため息をつく。アミリアが“ニーノ王子の婚約者”という立場をうまく活用すれば、国王への面会や重臣の説得も容易になるかもしれない。実際、セブンに頼るだけでなく、自分も動ける手札があるのだ。
 さらに、この共同作業が進めば、セブンとアミリアの距離がさらに縮まる可能性がある。彼の天才的な知恵と、アミリアの家柄やコネクション――二人が協力すれば、確かに大きな成果を出しそうだ。フォウはやきもきした気持ちを抑えつつ、二人の会話に耳を傾ける。

「セブン様、もし資金が足りない場合はどうされます? 外部からの融資を募るのか、あるいは王家の特別予算を組むのか」

「そこは難しいですね。僕の意見だけでは決まらないので、ファスト兄上や財務卿とも相談します。……フォウお姉様はどう思われますか?」

 セブンが視線を向けてくる。彼が素直にフォウの意見を求めてくれるだけで、胸がじんと熱くなる。フォウはアミリアに向けていた目をセブンへ戻し、できるだけ落ち着いた声を出した。

「大きな計画ほど、最初の資金繰りが肝心ですわ。私としては、まず小規模な実験区を設けて、効果を確認してから国に話を持ちかけるのが賢明かと……」

 話を続けるうち、フォウとセブン、アミリアの三人が自然と机を囲む形になった。巨大な地図を取り囲んで、鉱山開発や農村計画について、それぞれが意見を述べ合う光景はまるで小さな会議そのものだ。
 時々、アミリアはフォウを意識したように微笑み、あえてセブンに質問を集中させる。フォウも負けじと、セブンのアイデアを膨らませる手助けをする。三人の絡み合う声が、部屋の静寂を満たしていく。
 そうしているうちに、セブンを中心とした“仮想の国政会議”のような熱気が生まれ、それぞれに充実感すら覚えはじめる。が、それは同時に、フォウとアミリアのライバル関係をさらに強める結果でもあった。
 ――なぜなら、会議が盛り上がるほど、セブンが“どちらを信頼してくれるか”という問題が、より切実に感じられるからだ。自分のほうがセブンの役に立てる、と示したい。その思いが二人の胸で静かに競い合っている。
 やがて、話し合いが一段落ついたころ、セブンは満足げに大きく息をついた。

「お二人とも、ありがとうございます。こんなにいろいろ意見をいただけるとは……僕、もっと勉強して、将来ちゃんと役に立てるようになりたいです」

 まだ七歳の彼が放つ言葉とは思えないほど、そこには強い決意の色があった。フォウは胸を打たれ、アミリアも「やっぱりセブン王子は格が違うわ……」と感嘆したような笑みを浮かべる。
 しかし、その瞬間、部屋の扉が不意に開いてニーノ王子の声が飛び込んできた。

「セブン! また変なことを考えてるんじゃないだろうな。最近、お前ばかりがもてはやされてるようで、気に入らないんだが?」

 ニーノが忌々しげに言い放ち、セブンの表情が強張る。アミリアは一瞬だけ嫌悪を露わにしそうになり、フォウはすかさずセブンの前に立ちふさがるようにして声をかける。

「ニーノ様、セブン様は何も悪いことなどしていませんわ。私がお手伝いをしていただけです。……あなたの大切な婚約者であるアミリア様も、協力なさっていたのですよ?」

 わざと強調するかのように“婚約者”という言葉を放った。ニーノはわずかに口ごもり、アミリアのほうへ視線を投げるが、彼女は澄ました顔を保ったまま応じない。
 まるで四者四様の感情が交錯するセブンの私室。その中心に立つ少年は、年相応に戸惑いながらも、どこかに「自分が国を変えていかなくては」という覚悟を抱いているようにも見えた。
 フォウはそんな彼を静かに見守りつつ、心の奥で強く誓う。この競争がどれだけ激化しようと、どれほどニーノが不愉快そうな顔をしようと、自分だけはセブンを支え、守り抜く。歳の差も常識も気にせず、彼に寄り添っていく――それこそが、フォウの揺るぎない願いなのだから。

 こうして“ショタ王子”をめぐる攻防は、政治や経済の話までも巻き込みながらさらなる局面へと突入していく。ニーノの不満は高まり、アミリアの闘志も燃え上がり、ファストは穏やかにすべてを見渡し、そしてフォウは恋と野心のはざまで情熱を燃やす。
 多くの人々がセブンに期待を寄せる一方、彼自身はまだ「王座を狙う」など考えていない。ただ純粋に、国のために何ができるのかを模索している。それこそが、彼をますます魅力的な存在にしていると、フォウは改めて痛感する。
 ――だからこそ、彼女は誰よりも近くでこの天才少年を見届け、そして育て、いずれ自分のものにしたいのだ。そんな秘めたる情熱を抱いたまま、フォウはニーノの厳しい視線とアミリアの嫉妬まじりの目をあえて無視し、セブンにほほ笑みかける。

 この先、実力主義の一環として行われる“大規模な国政会議”で、セブンがどのように力を示すのか。王族として飛躍するのか――それとも他の兄弟や貴族たちが干渉して混沌を招くのか。すべては、まだ始まったばかり。
 フォウはそんな未来に思いを馳せつつ、彼を想う心が揺るぎなく燃え続けていることを自覚するのだった。

 ニーノ王子がセブン王子の私室に怒鳴り込んできた翌日、フォウ・シックスはいつものように公爵家から王宮へと足を運んだ。セブンが進めている開発案の相談に乗るためだったが、その道すがら、どうにも不穏な空気が漂っていることを感じる。
 廊下を歩く侍女や近衛兵が、しきりに何かを囁き合っているのだ。聞き耳を立ててみれば、「ニーノ様が取り乱しているらしい」「アミリア様との仲がうまくいっていないそうだ」といった噂話が断片的に聞こえてくる。
 フォウは気だるい気持ちを抱えたまま、セブン王子のもとへ急いだ。いくらニーノが苛立っているからといって、セブンへ直接危害を加えようとすることはないだろう。だが、言葉の暴力のようなものなら充分あり得るし、何より彼の態度はセブンを傷つけかねない。
 そして、案の定というべきか、セブンの私室には先客がいた。椅子に腰掛けていたのはアミリア・グレイスで、彼女が緊張した面持ちでセブンの言葉を聞いている最中らしかった。ドア越しに気配を察したフォウが軽くノックして中へ入ると、アミリアは少し疲れたように目を細めてフォウを出迎える。

「フォウ様……ちょうどよかった。セブン王子から、ニーノ様のことで相談を受けていましたの」

「ニーノ様のことで、ですか?」

 フォウは近くのソファに腰を下ろし、セブンの顔をうかがう。7歳とは思えぬ落ち着きぶりの少年王子は、彼女の来訪をどこかほっとしたような表情で迎えた。

「はい、ニーノ兄上が最近やたらと僕に絡んでくるんです。何か不満があるみたいで……。ファスト兄上が仲裁に入ろうとしてくれているけど、なかなかうまくいかないらしくて」

「そうですか。ニーノ様は、もともとあまり理知的に物事を運ばれる方ではありませんでしたからね」

 フォウが冷ややかに言及すると、アミリアは肩をすくめる。
 彼女もまた、ニーノの“器の小ささ”に辟易している立場だ。もとはと言えば婚約を勝ち取ったはずなのに、いつの間にか自分の心がセブンへ傾いている以上、ニーノの傲慢さや浅慮ぶりがますます目に余るようになっている。

「私も、いまさらニーノ様に歩み寄るつもりはありませんわ。でも、だからといってセブン王子が必要以上に責め立てられるのは見過ごせませんの」

「お二人とも、ありがとうございます。でも、どうすればいいのか僕自身、答えが分からなくて……」

 セブンが珍しく弱音を吐く。それほどニーノの言動に困惑しているのだろう。もともとこの王宮では、ファストが穏健な性格であり、ニーノが強引な形で権力を誇示しようとする構図が長らく続いてきた。だが、セブンの存在が顕著になるにつれ、ニーノが焦って取り乱しているというのが現状なのだ。
 フォウはセブンのそばに歩み寄り、控えめに声を落とす。

「ニーノ様がお怒りなのは、たぶん“自分が注目されなくなった”ことに起因しているのでしょう。セブン様が目立てば目立つほど、彼は己の立場が脅かされると思い、苛立ちをぶつけているのだと思います」

「……僕は王位を奪うつもりもないんだけどな。ただ、国のことをもっと考えたいだけで……」

 少年の純粋な願いは、王族の嫉妬や政治の駆け引きと相容れない部分がある。フォウはそれを痛感しながら、セブンの小さな肩にそっと手を置いた。

「セブン様、あまり思い悩まないでくださいませ。ニーノ様の態度がどう変わろうと、私もアミリア様も、あなたの味方であることに変わりはありませんわ」

 フォウの言葉に、アミリアもうなずく。それぞれの胸には“ライバル意識”が宿っているが、少なくともセブンを守りたい気持ちだけは共通しているのだ。
 そのとき、廊下から駆け足で近づいてくる複数の足音が聞こえた。続いて、この私室のドアが勢いよく開け放たれ、現れたのはニーノ本人。彼はいつになく険しい表情で、セブンの姿を見つけるなり声を荒げた。

「セブン! またお前、余計なことをしてるんじゃないだろうな。俺の耳に嫌な噂が入ってきたぞ。あちこちで“第七王子が次期国王にふさわしい”なんて囁かれてるそうじゃないか!」

「ニーノ様、落ち着いてください。セブン様は何もそんなことを……」

 フォウが制止を試みようとするが、ニーノは聞く耳を持たない。アミリアに一瞥をくれ、嫌悪の表情を隠すことなく、セブンの前にずかずかと歩み寄る。

「お前のせいで、俺がみじめな思いをしているんだ。王族としての俺の立場はどうなる? なあ、答えろセブン!」

 激しい剣幕に、さすがのセブンも目を伏せる。だが、幼いながらも凛とした声で反論する気概を失わなかった。

「僕はただ、国のためにできることを考えたいだけです。ニーノ兄上の地位を奪おうなんて思っていません……」

「言い訳はやめろ! お前のせいで、俺とアミリアの仲も――」

 ニーノがそこまで言いかけたとき、アミリアが鋭く割って入った。

「ニーノ様、それ以上は見苦しいですわ。私の気持ちが離れたのは、あなたの浅慮な態度のせいです。セブン王子を責めるのはお門違いというもの」

「なっ……アミリア、お前……」

 ニーノが茫然とした顔を向ける。その隣ではフォウも、人ごとではない気持ちで一連のやりとりを見守っていた。アミリアがここまではっきりニーノを拒絶するのは、初めてに近いかもしれない。
 アミリアは瞳に宿る決意をにじませながら、ニーノの問いに答える。

「私があなたのもとを去ろうと思うのは、セブン王子に惹かれたからだけではありません。あなたは人を見る目がない。フォウ様の良さを見抜けず、結局捨ててしまうような人……それでは、将来の国を支えるどころか、自分すら支えられませんわ」

「お、お前……そこまで言うのか……」

 ニーノは歯ぎしりするように唸り声を上げる。かつては彼を慕っていたはずのアミリアに、こんな言葉を投げつけられるとは思わなかったのだろう。
 一方、フォウはアミリアの毅然たる口調に密かに感心していた。彼女とて、単にセブンを愛でる“隠れショタ”なだけではない。しっかりと“自分の意志”を持ち、ニーノという不完全な王子を見限る冷静さをそなえているのだ。

「くそっ……セブンだけじゃない。アミリアまで、お前ら全員、俺を軽んじて!」

 ニーノは苛立ちに身を震わせ、再びセブンを睨む。しかし、セブンは逃げることなく、まっすぐ兄の目を見据えた。

「ニーノ兄上……僕は本当に、王座を奪いたいわけじゃありません。けれど、もし国の人々が求めるなら、僕は自分にできる限りのことをします。兄上がそれを気に入らないというなら……どうぞ、ご自由に」

 そこには、幼い少年のものとは思えない覚悟があった。フォウもアミリアも、思わず息を呑む。ニーノはさらに言葉を継ごうとしたが、口からこぼれるのはうまくまとまらない罵声ばかり。最終的に言葉にならない声を上げると、彼は踵を返して部屋を飛び出していった。
 静寂が戻ると同時に、セブンの肩が小さく落ちる。フォウは素早く隣へ駆け寄り、彼を安心させるようにそっと背中に手を添えた。

「セブン様……大丈夫ですか? 怖い思いをなさいませんでしたか?」

「……平気です。兄上は、ああ見えて、本気で僕に危害を加えることはしないはずです。けど……」

 セブンの声はわずかに震えていた。やはりニーノの剣幕に動揺したのだろう。アミリアも黙ってセブンの様子を伺い、つとめて穏やかな声をかける。

「セブン王子、ご安心ください。ニーノ様には、これ以上、私からもしっかり伝えますわ。あなたを責めるのは筋違いであると……」

「……ありがとうございます。アミリア様、フォウお姉様」

 セブンは二人に向かって頭を下げる。その目元には、ただの幼子とは思えない決意が宿っていた。ニーノの苛立ちを正面から受けてもなお、セブンは“王族としての責務”を投げ出さない。そんな彼の姿が、フォウの胸を激しく揺さぶる。
 どれだけ年が離れていようと、彼はまぎれもなく“自分の愛する男性”なのだ。フォウはその想いを再確認し、そっとセブンの手を包み込む。アミリアもまた同じ気持ちなのか、声をかけるタイミングを計りかねている様子が伝わってくる。
 こうして、王族の三角――いや四角関係はさらに混迷を深めていく。ニーノは今後、セブンへの対抗心をむき出しにするだろうし、アミリアの立ち位置はどんどん“第二王子の婚約者”から離れていくはずだ。ファストはそんな状況を冷静に見守っているが、やがて彼も何らかのアクションを取るときが来るに違いない。

 フォウは思う。――これほど大きな嵐に巻き込まれたとしても、セブンを守り抜く覚悟はある。アミリアも一筋縄ではいかないが、ニーノの底の浅さとは違い、彼女には“同じ隠れショタ”としてある種の共感を覚えなくもない。
 しかし、互いが一歩も譲る気がないまま、セブンをめぐる争いが続くのは明白だ。国王の「実力主義」発言が具体化するにつれ、セブンへの期待は国全体に広がっていく。そしてそれは、ニーノの苛立ちをさらに煽る燃料にもなるだろう。

 ――それでも、フォウの想いは揺るぎない。たとえ王宮を巻き込む大騒動になろうとも、何年先であろうとも、セブンがこの国で最も輝かしい存在になる日を、一番近くで見届けるのは自分でありたい。そっと握ったセブンの手は、小さく、まだ少年の温度しかない。けれど、その未来には無限の可能性が広がっているのだ。
 アミリアが微かにため息をつく音が聞こえる。ニーノとの決別を明確にしたことで、彼女もまた大きな決断を迫られる立場に立たされるだろう。だが、“それでもセブンを選ぶ”という強い意志が、彼女を突き動かしていることは見てとれる。
 フォウは小さく微笑み、セブンがはらう重圧を少しでも取り除けるよう、優しく囁いた。

「セブン様、ゆっくりお休みになってくださいませ。どんなことが起きようとも、私が……私たちが、あなたをお支えいたしますわ」

 こんなにも年齢差がある相手を全力で想うなど、貴族社会の常識からすれば“ありえない”のかもしれない。けれど、それでもフォウは後悔しない。少年王子への恋心は、何よりも本物なのだから。
 ニーノの激昂に揺さぶられた後でも、セブンの瞳にはどこか安心の色が残っていた。――それを生んでいるのは、自分(フォウ)とアミリアの“年上の力”かもしれない。あるいは、ただ純粋にセブンが強い意志を持っているからか。いずれにせよ、彼を守るためならば、どんな試練も乗り越えてみせようとフォウは強く誓う。
 この先、真に国を導く資質を求められるときが訪れたとして――果たしてセブンはどう動き、ニーノやファストはどう向き合うのか。そして、フォウとアミリアという“ショタコン令嬢”は、最後までどんな愛を貫くのか。
 すべてが、まだ序章にすぎない。けれど、確実に歯車は回りはじめている。フォウはセブンの温もりを感じながら、王宮に嵐が巻き起こる予感をはっきりと感じ取ったのだった。

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