「元婚約?最初からあなたなんか蚊帳の外ですのに、婚約破棄ですか?」

ふわふわ

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7章

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7
 国政会議の当日。
 王宮の大広間は、まだ朝早いというのにいつになく活気に満ちていた。重厚な円卓を取り囲むように、各地域を代表する貴族や高官がずらりと着席し、中央には広い演壇が設けられている。奥の玉座には国王と王妃が、左右には第一王子ファストと第二王子ニーノが控えていた。
 もっとも、ここに並ぶのは“公的に王位継承権が高い”とみなされる王族だけで、まだ七歳のセブン王子は本来なら呼ばれない立場のはず。しかし今や、**「国の未来を変えるかもしれない存在」**として注目を集める彼に、国王は“特例”を与えていた——大勢の前で意見を述べる機会を認めるのだ。
 公爵令嬢フォウ・シックスは、会議が始まる少し前、大広間に隣接する控室でアミリア・グレイスとともに立っていた。二人とも公式の場に相応しい優美なドレスを身にまといながら、互いをうかがうように視線を交わす。

「アミリア様、先ほど鉱山の最終報告をセブン様に確認していただきましたのね?」

「ええ。おかげさまで、ほぼ完璧になったと思いますわ。フォウ様の都市計画案と合わせれば、セブン王子の提案はより説得力を持つでしょう」

 アミリアが頷くその表情は、気合いがみなぎっていると同時に、どこか落ち着いた余裕さえ漂っていた。ニーノの婚約者という肩書きは有名無実になりつつあるが、彼女は**「ショタ王子こそが未来」**と信じて、ここまで一途に行動してきたのだ。
 一方のフォウも、緊張感の中に静かな闘志を秘めている。セブンがこの会議でどんな言葉を口にし、いかに重臣たちを納得させるか——そこには自分の誇りや人生すらも賭かっている気がした。たとえ世間に“年下の少年を愛する”などと揶揄されようと、今の彼女に恐れるものはない。

「セブン様は今、ファスト殿下と最終チェックをされているようですわね。……どうかうまくいきますように」

「きっと大丈夫ですよ、フォウ様。私たちが支えてきたのだから、失敗する理由はありませんわ」

 そう言い合う二人。まるで親友のような笑顔を交わしながらも、どこかに**“この勝負だけは譲れない”**というライバル心も入り混じっている。二人とも“同じ男の子”に真剣に恋をし、その将来を支えたいと願っているのだから当然かもしれない。
 そこへ、小柄な侍女が駆け寄ってきて、セブンの到着を告げた。すぐにドアが開き、少年王子が入ってくる。青を基調とした正装に身を包んだセブンは、まだ幼いながらも不思議な威厳を帯びており、フォウとアミリアが思わず息をのむほどだった。

「フォウお姉様、アミリア様……僕、これから行ってきます」

 その声音は張りつめているが、恐怖や不安を感じさせない。むしろ、国の未来を背負う覚悟を感じさせる凛とした響きだ。二人の令嬢は揃って軽く礼をし、精一杯のエールを送る。

「どうか胸を張って、ご自身の考えを堂々と語ってください。私たちはずっと、セブン様の味方ですわ」

「そうですわ。あなたの言葉は、きっとみんなの心を打つはずです」

「ありがとうございます。行ってきますね」

 セブンはそう告げると、ファスト王子とともに控室を後にする。しばしの静寂のあと、フォウとアミリアは同時に息をついた。少年の後ろ姿はどこか背伸びをしているような、それでいて頼もしさを感じさせる光景だった。
 この国政会議は、国王が主導し、全国の重臣たちが一堂に会して“王国の未来”を議論する最重要の催しだ。もともとは貴族や有力者が、それぞれの利権を守りながら折衝する場でもあったが、今回は様子が違う。すでに事前に噂されている**「第七王子が意見を述べる」**という事実が、皆の関心を引き寄せていた。
 そして数分後、大広間に響く重い打鐘を合図に、国政会議は幕を開ける。正面に立つ国王が開会の言葉を述べ、第一王子ファストが“今回の議題”を簡潔に説明した。だが、すでに多くの者は“いつセブンが現れるのか”と落ち着かない様子を見せている。
 その焦点となる瞬間は、意外なほど早く訪れた。ファストが「実は、私たちにはある提案があります」と言葉を継ぎ、壇上へ視線をやると、そこに進み出たのは小柄な少年……セブン王子だった。
 広い会場に、一瞬で静寂が訪れる。ニーノ王子は玉座の横で不快そうに眉をひそめているが、誰もが一斉にセブンへ注目している。まだ7歳の子どもが、国政会議で何を語るというのか。興味半分、侮り半分の視線が注がれる中、彼はゆっくりと深呼吸し、小さく口を開いた。

「皆さま、はじめまして。第七王子セブン・リヒト・グランディスと申します。……今日は、僕が考えた“地方開発の案”を聞いていただければと思います。まだ未熟ではありますが、どうか最後までお付き合いください」

 それだけで、会場の重厚な空気が変わった。子どものあどけなさを残しながらも、どこか堂々としたまなざし。原稿などは持たず、セブンはそのまま論旨を組み立てていく。
 フォウとアミリアが協力してまとめた都市計画、そしてアミリアが中心に動いた鉱山開発の活用法、さらにファストや学者たちが補足した財政運用のプラン——それらが、セブンの口から次々と示される。
 多くの貴族たちは当初、「本当にこんな小さい子が考えたのか?」と半信半疑の表情だった。だが、セブンが語る内容は、具体的な数値や実例を交えた非常に現実的な案であり、しかもそれを分かりやすく伝える表現力がある。次第に会場は、水を打ったように静まりかえり、誰もがその言葉に耳を傾けるようになっていった。
 壇上の横で控えるファストも、弟の雄姿を誇らしげに見守る。王妃は微笑ましく目を細め、国王はただ静かに聞き入っている。一方、ニーノは腕を組んで焦ったように視線を彷徨わせながら、憤りを押し殺しているのが遠目にも分かった。
 そして、セブンのプレゼンが大きな区切りに差しかかると、ある伯爵が手を挙げて質問を始めた。

「第七王子、確かに素晴らしい案だと思う。しかし、これだけ大規模な改革を実行するには、長期的な人材育成や財政の安定が必須だ。そこをどのように考えているのか?」

 まるで堰を切ったかのように、次々と質問が飛び出し、セブンはそのすべてを落ち着いて受け止めた。ファストが補足に入る場面もあるが、基本はセブンが主体的に答えている。
 最初は物珍しそうに見ていた貴族たちも、その内容の確かさに舌を巻き、一部の者は驚きと感嘆の表情を浮かべる。誰もが内心で思っただろう——「こんな天才が、いつの間にここまで成長していたのか」と。
 裏で準備を担っていたフォウとアミリアは、観客席の後方で息を詰めるように見守っていた。二人は互いに目を合わせ、「うまくいってるわね」と微笑む。ショタ王子を愛するライバル同士のはずが、今だけは**“まるで姉が弟を応援するような”**同志だ。
 その盛り上がりを見かねたのか、ニーノが勢いよく壇上に近づく。周囲の騎士たちが制止するが、彼は無理やり手を振り払って玉座の近くにいた国王へ迫った。

「父上! セブンがこんな場所で……勝手に国の改革を語るなんておかしいじゃないか。俺こそが第二王子、正統な王位継承者だ! セブンの計画など、ただの空想にすぎません!」

 鋭い非難の声が会場にこだまする。重臣たちは困惑し、ファストは眉をひそめ、セブンは言葉を飲み込んだまま兄を見つめる。一瞬、空気が凍りつきそうになったが、国王がゆっくりと口を開く。

「ニーノ、おまえの言い分は分かる。しかし……セブンの計画を“ただの空想”と決めつけるのは早計ではないか。現に、今の説明を聞いていて、無謀と言い切れるほど荒唐無稽でもなかったぞ」

「そ、それは……!」

 ニーノは真っ赤になって言葉を詰まらせる。国王がセブンを庇うかのような発言をした事実が、彼のプライドをさらに追いつめたのだろう。だが、ここで彼が何を言っても、多くの貴族たちはすでにセブンの提案に興味を持ってしまった。
 ニーノは苛立ちのあまり、言葉にならない声を上げると、壇上の下で足音を大きく響かせながら退出していった。周囲の重臣や騎士たちが呆然とその背中を見送る。こうして、第二王子は実質的に“会議から退場”する形となった。

(ニーノ様……もう少し冷静になってくださればいいのですけれど)

 フォウは内心でそう嘆く。かつての婚約者がこうも醜態をさらす光景を目にして、胸を痛めるというよりも哀れみを覚えていた。
 そうして荒れた場を、ファストが簡潔なまとめの言葉で収める。重臣たちはセブンの案について、“試験的に導入すべき”という意見を表明する者が多く、国王は「正式な決定は後日改めて行うが、実施に向けた検討に入ってよい」と宣言した。
 何より、セブンが得た最大の成果は、**「まだ幼いが、明らかな才覚を持つ王子」**という事実を大衆の前で証明できたことにある。ニーノの無残な退場によって、その印象はますます色濃く刻み込まれた。
 会議が終わり、人々が続々と退場する中、フォウとアミリアは集まってくる貴族たちに挨拶や短い受け答えをしながら、セブンのもとへと急ぐ。ファストや王妃、数名の学者がセブンを囲んでいるが、少年はまだ緊張の糸が解けていないのか、ほっとする間もなく褒め言葉や質問攻めにあっていた。
 やがて国王がセブンに近づき、そっと頭をなでる。

「よくがんばったな、セブン。……おまえの成長を、私はまだ見くびっていたようだ。今日の提案、皆が納得するよう整えていけば、きっと国のためになるはずだぞ」

「は、はい……ありがとうございます、父上」

 父子の間に交わされる静かなやりとり。フォウはその様子を遠巻きに見つめ、目尻が熱くなるのを感じた。いつの日か、セブンがまさにこの王座の中心に立つ瞬間が来るのかもしれない。彼の見据える未来が、今のこの国にとって希望そのものなのかもしれない。
 ファストが国王と短く言葉を交わした後、セブンとともにフォウやアミリアの元へ歩み寄る。

「お疲れさま、フォウ、アミリア。二人の協力がなければ、セブンはここまで堂々と提案をまとめられなかっただろう。私からも礼を言うよ」

「いいえ、こちらこそありがとうございます。セブン様が立派に発表されて、とても誇らしい気持ちですわ」

「私も、まさかここまでスムーズに進むとは思っていませんでした。それだけセブン王子の才能が本物だったということですわね」

 アミリアとフォウは微笑み合いながら答える。セブンは照れくさそうに視線を落としつつ、二人に向かって小さく頭を下げた。

「本当にありがとうございます。お姉様方が支えてくれたおかげです」

 その素直な言葉が二人の胸を打つ。年齢を超えた恋心を秘めるフォウとアミリアは、同時に微笑みを浮かべながら、各々の想いを噛みしめていた。
 一方で、ニーノの姿はすでに会場にない。追いかける者もなく、ただ誰もが彼の醜態を忘れようとしているようだった。かつて“第二王子の婚約者”としてフォウやアミリアが持ち上げられていた時代は、すでに終わりを告げようとしている。
 こうして、史上初めて7歳の王子が国政会議で主役を張った一日が幕を下ろす。公式な結論はこれから慎重にまとめられるが、実際にはセブンが提案した政策が動き出す公算は高い。ファストは弟に国政の第一歩を踏み出させ、国王はその才能を認め始め、そしてライバル視していた人々までもが驚きをもって受け止めている。
 フォウは、いつの日か大人になったセブンがこの国を導く様を想像して、胸の奥に熱い炎が宿るのを感じた。その日には、誰よりも近くにいて、愛する“少年王子”を見守っていたい。それがたとえ、周囲に理解されない恋であっても、何も恐れるつもりはない。
 アミリアもまた、似たような決意を抱いているに違いない。二人の視線が交わると、静かに火花が散る。だが、今はただセブンの成功を讃えたい気持ちが勝っていて、すべてが穏やかに包まれている。
 ――かくして、第七王子セブンは堂々と“才能”を天下に示し、国の未来を担う重要人物として立ち位置を確立しつつある。一方、ニーノは行き場を失い、悔しさに身を焦がす日々を送るだろう。ファストは弟の成長を頼もしげに見つめており、国王も思わず目を細めている。
 そんな中で、フォウとアミリアは胸の奥でそれぞれの恋心を燃やし続けていた。年下の少年を愛し、いつかその愛が実を結ぶ日を信じてやまない。まだ物語は終わらない。これから、さらに大きな波乱や事件が待ち構えているかもしれない。
 けれども今は、セブンが見事に初舞台を飾った喜びを噛みしめるとき。フォウはアミリアの気配を横目で感じながら、胸の奥で静かに誓うのだった。――「いつか、絶対に私が一番近くにいる。この先どんな障害があっても、セブン様を守り育て抜くのは私の役目……いいえ、私の唯一の幸福ですから


 歴史的とも言える国政会議が終わってから、まだ半日と経っていないというのに、王宮には興奮と騒然が入り混じった空気が漂っていた。会議でのセブン王子の大活躍は、すでに諸侯や高官たちの口を伝って各地へ噂として広がり始めているらしい。
 そんな中、公爵令嬢フォウ・シックスは、とある石造りの回廊をゆっくりと歩いていた。傍らには、侯爵令嬢アミリア・グレイスの姿がある。二人とも、やや疲労の色こそあるものの、見上げた表情はどこか明るい。何しろ、セブンが大舞台で見事な成果を上げたのだ。年上の姉たちとしては、胸を張りたくなるほどの喜びがある。

「セブン様、本当に立派でしたわね。私、思わず感動してしまいましたもの」

「私も。あんな堂々としたスピーチ、まるで長年政治を見てきた成人の王子が話しているかのようでした。……7歳だなんて、改めて信じがたいですわね」

 いつもなら互いをライバル視しているフォウとアミリアだが、今だけは“応援する相手が同じ”という安心感から、素直に言葉を交わしている。ニーノ王子の醜態もあって、セブンに対する評価は一気に高まった。国政会議で提案された施策の多くは実際に採用され、今後は段階的に実行されていく見込みだ。
 その具体的なやり取りや検討は、今まさにファスト王子らがまとめているところだ。セブンはまだ年が若いので、表立った場から少し外れ、別室で簡単なヒアリングを受けているらしい。二人はそこへ向かう前に、少し呼吸を整えている最中でもあった。

「それにしても、ニーノ様はいったいどこへ行かれたのでしょうね。あれほど大勢の前で悔しそうに退出して……後で騒ぎにならなければいいのですが」

「ええ、少し心配ですわね。彼が何をしようとしているのか、誰もつかめていないようですし」

 そう、セブンの大成功とは裏腹に、ニーノの行方がはっきりしないのだ。会議が終わるや否や、荒々しい足音を響かせて退場した彼は、その後だれとも顔を合わせていない。すでに近衛兵が捜索を始めているとも聞くが、ニーノ本人が王宮内から出たのかどうかすら分からないのが現状だ。
 もっとも、彼がこのまま黙って済むとは思えない。自尊心の高い第二王子が、現実を突きつけられてどう動くか、誰も予想できずにいる。フォウとアミリアも、彼の暴走がセブンに向かわないか内心で警戒していた。
 しかし、そうした不安を抑え込みながらも、二人の令嬢は歩みを進める。なぜなら、今は何よりセブンの様子を自分の目で確認したいからだ。少年王子が、大舞台を終えてどんな表情をしているのか、どんな思いを抱いているのか——それをそばで感じたい気持ちが強かった。

「フォウ様、さっそく行きましょうか。セブン王子がいらっしゃるのは、東棟の面談室だと聞きました」

「ええ、そうしましょう。少しでも早く、お祝いの言葉を伝えたいですわ」

 フォウとアミリアは意を決し、石畳の回廊を曲がって東棟へ向かう。そこは通常、貴賓の面会や外交使節の応接にも使われる場所で、格式の高い調度品が揃っている。壁にかかった豪奢なタペストリーを眺めながら足早に進むと、遠目に人影が見えてきた。
 初めは侍女か騎士かと思ったが、近づいてみれば、その姿は見るからに落ち着かない様子で立ち尽くしている。金髪をきっちりと整えた青年が、一見して王族の衣装を着ているのが分かる——ニーノ王子だ。
 驚いたことに、ニーノはそこにいた。姿を消したと聞いたが、どうやらこの辺りをうろうろしていたらしい。フォウとアミリアを認めるや否や、ニーノは一瞬怒りをにじませたような表情を浮かべ、すぐにそれを無理やり押し殺した顔を作る。

「……なんだ、お前たちか。セブンに会いに来たのか?」

「ニーノ様。ご無事で何よりですが、こんなところで何を……?」

 アミリアが問いかけると、ニーノは渋い顔をして視線を泳がせる。どうやら答えに窮しているらしい。
 そのとき、東棟の奥から複数の声が響いてきた。小走りに数名の侍女と騎士がやってきて、フォウたちの前で一礼し、少し困惑した様子を見せる。

「失礼いたします。ニーノ様がこちらにおられると伺い、捜しておりました。……王妃様が、ニーノ様のご様子を案じていらして、お部屋へ戻るようにお伝えくださいと」

 どうやら、ニーノを捜していたのは王妃だけではないらしい。周囲の者も、セブンの活躍とニーノの失態の間で板挟みになっているようだ。フォウが少し口を挟もうとしたが、ニーノは先に舌打ちし、小さく肩を落とした。

「……分かった。けど、今はまだ部屋に戻る気になれない。父上やファストに合わせる顔がないんだ」

 その独白に含まれるのは、悔しさと挫折感。そして、どうしようもない孤独だった。フォウはかつての“元婚約者”を思い返し、ほんの少し胸が痛む。ニーノが自分の問題を棚に上げて暴言を吐き続けてきたのは確かだが、だからといってこのまま彼を放置するのもどこか気がかりだ。
 アミリアも、わずかに表情を曇らせながら静かに言葉を発する。

「ニーノ様……。今はお辛いでしょうが、こんなところで塞ぎ込んでいても状況は変わりませんわ。どうか、王妃様に一度ご挨拶されては?」

「うるさい、放っておけ。お前たちがセブンを褒めそやすところなど、見たくもない」

 ニーノは荒い声で言い捨てると、立ち尽くすだけ。侍女や騎士たちがどう説得しても聞く耳を持たない。フォウはアミリアと視線を交わし、意を決してニーノへ近づく。
 これまで散々なやり取りがあったが、どこかで区切りをつけなければならないと感じたのだ。セブンの未来のためにも、王家がこれ以上内紛に巻き込まれないようにすることが大切だ。

「ニーノ様……。私の言葉など、もう耳に入れたくないでしょうけれど、一つだけ申し上げます。あなたがこのままセブン様を恨んでいても、得られるものは何もありませんわ」

 すると、ニーノが苦虫を噛みつぶしたような顔を向ける。

「フォウ、前は俺の婚約者だったくせに、よくそんなことを言えるな。お前はもうセブンの女だろう。俺がどう感じようと、関係ないじゃないか」

「いいえ、婚約者だったからこそ、最低限の責任を感じておりますの。あなたが最後までこうして敗北感に苛まれ、国を混乱させるような真似を続けるなら、せめて何か言わなければならないと思って」

 フォウの言葉は静かで、そこに軽蔑や皮肉は含まれていない。かえってその冷静な態度が、ニーノの心をえぐるのかもしれない。彼は少し言葉に詰まった後、か細い声を落とした。

「……俺は、いつのまにかセブンに全部を奪われた気分だ。お前も、アミリアも、父上の期待も。……どうすればいいんだ?」

 自問自答のような問いに、答えを返せる人間はここにいない。フォウもアミリアも、ただ黙って視線を落とす。ニーノが変わるかどうかは、彼自身が決めるしかないからだ。
 その沈黙を破ったのは、思いもよらぬ人物だった。東棟の奥から歩み出てきたセブン王子だ。先ほどまで別室でヒアリングを受けていたのに、誰よりも早くこの場所に駆けつけてきたらしい。ファストや近衛騎士らしき人も後ろに見える。

「ニーノ兄上……」

 セブンの声に、ニーノはぎくりと身をこわばらせる。まるで、すべてを奪われたと感じている相手がすぐそこに来たかのように。フォウもアミリアも、一気に視線をセブンへ向けた。
 少年王子は、まっすぐニーノの前に進むと、はっきりした口調で言い放つ。

「兄上、今までごめんなさい。……僕が思うことをした結果、兄上の気持ちを傷つけていたのかもしれません。でも、僕はもう後戻りするつもりはないんです。国のことを考えるのは、王族として当たり前だと思っていますから」

「セブン……」

 ニーノは息を呑む。セブンのまっすぐな瞳に、どう応えるか分からないといった様子だ。周囲は固唾をのんで見守っている。ファストは弟たちのやり取りを静かに眺め、口を挟もうとはしない。
 セブンは続ける。

「もし兄上が、本当に国を思って行動してくださるなら、僕と協力してください。兄上には兄上の強みがあるはずです。……僕が国政会議で注目を集めたのは、皆さんの助けがあってこそ。兄上だって、一人で大丈夫だなんて思っていませんでしたよね?」

「俺の強み、だと……?」

 ニーノは苦しそうにつぶやく。プライドが邪魔をして、素直に言葉を受け入れられないのだろう。けれども、その胸には確かに何かが揺れ動いているように見えた。これまで誰も言わなかった**「協力してほしい」**というセブンの一言が、彼にとっては衝撃だったのかもしれない。
 長い沈黙が降りた。フォウは、どうかこのまま状況が落ち着いてほしいと祈る思いだった。ニーノがセブンに牙を剥き続ける未来だけは、誰も望んでいない。それがどんなに小さな和解の芽であっても、ここで彼が変わってくれれば国は安泰だ。
 ニーノが再び唇を噛み締め、やがて小さく首を振る。

「……今はまだ何も考えられない。すまない、セブン」

 そう言い残し、彼は踵を返して駆け足で去っていった。追いかける者もいない。騎士たちは申し訳なさそうに目を伏せるだけで、遠くへ消える第二王子の背中が印象的に残った。
 一同は重い空気に包まれながら、しばらく動けなかったが、やがてファストが小さく息を吐き、セブンの肩に手を置く。

「セブン、お前はよく言ったな。ニーノがどう行動するかは、あいつ次第だ。しかし、少なくともお前は手を差し伸べた。それだけで、十分価値があると思う」

「兄上……ありがとうございます」

 セブンの瞳にはわずかに涙が宿っている。ニーノを見捨てる気はなかったのだ。フォウもアミリアも、その姿をそっと見守るしかできない。二人とも、セブンが抱える深い優しさと責任感に胸を打たれる思いだった。
 いつかニーノが自分の至らなさを認め、本当の意味でセブンと握手する日が来るかもしれない。そうなれば、王家の未来は盤石なものとなるだろう。だが、それまでは少年王子が背負う荷が軽くなるわけではない。重臣たちからも、より多くの期待や要望が押し寄せるに違いないからだ。
 フォウは改めて心に誓う。――自分はどんなことがあってもセブンのそばを離れない。年の差を超えたこの愛は、誰にも奪わせはしない。アミリアも同じような決意で拳を握っているのが視界の端に見えた。そう、ライバルを意識しつつも、二人の令嬢はセブンを守るという点で一致団結しているのだ。

「セブン様、どうか無理をなさらず。私たちがサポートいたしますわ」

「はい。今日ばかりは少し休まないと……もう頭がパンパンです」

 少年王子は苦笑し、ファストに促されるまま足を進める。王家の重責と兄との確執、それを乗り越えねばならない宿命を抱えながらも、彼はやはり“まだ7歳の子ども”なのだ。目に見えない心の疲労は相当なものだろう。
 国政会議の大成功、そしてニーノの迷走。大きく揺れる王家の中で、セブンは一歩を踏み出したばかり。フォウとアミリアが互いを警戒しつつも、協力体制を続けるのは、まさにその少年にとって何よりも力強いバックアップになっている。
 この先、セブンがますます成長し、国の命運を握るキーパーソンとなる日は近いかもしれない。ファストや国王、学者や重臣たちが彼を支えようとするだろう。しかし、フォウにとっては誰よりも近くでその姿を見守ることが最大の幸せであり、同時に**“絶対に譲れない恋”のための布石でもあった。
 アミリアもまた、似た熱情を秘めながら少年を追いかけている。ニーノから離れ、ショタ王子にすべてを捧げると心に決めている彼女は、時にフォウの存在を意識し、時に同調しながら前へ進む。二人のライバル関係が、当面は続くだろう。
 そこにニーノの復讐めいた動きが加わるのか、あるいは思いがけない方向へ転がるのかはまだ分からない。だが、確かなのはセブンが新たに得た大きな支持と期待、そしてそれを軽々しくはねのけないほどの“本物の才能”**があることだ。国の人々の希望を背負うには、まだ幼いが、それでも彼は確実に歩み始めている。
 フォウは、その背中を見つめながらささやかな笑みを浮かべた。まるで、自分に言い聞かせるように胸の奥で囁く。――「いつか、あなたが誰にも負けない立派な王になったとき、私はあなたのそばでその栄光を分かち合いたい。それまで、何年でも待ちますわ」と。
 まだ“恋”と呼ぶには奇異なほど大きな年齢差、ショタ王子を慕う女たちの熾烈な競争、そして兄王子との確執——すべてを抱えながら物語は続く。ニーノがどのように立ち直り、あるいは堕ちていくのか。ファストがどこまで弟を支え、国王がセブンをどのように扱うのか。そしてフォウとアミリアは、最後にどんな結末を迎えるのか。
 すべてはまだ定まらない。けれど、セブンが自らの力で掴んだ“国政会議の成功”は、揺るぎない一歩として歴史に刻まれた。今宵、王宮の廊下には祝福と不穏さが混ざり合った風が吹いている。フォウとアミリアが、その風を感じながら、同じ思いを胸に抱いているのは間違いない。
 王家を揺るがす“大きな運命”が、いよいよ本格的に動き出したのだ。まだ7歳の少年王子が、いずれ王となるのか、あるいはさらに別の道を選ぶのか。どちらにしても、フォウは何があっても引き返すつもりはない。
 愛するショタ王子の成長を見届け、いつか得るであろう“愛の報い”を夢見て、彼女は静かに闘志を燃やし続けている。アミリアもまた、その情念の炎を決して消しはしない。二人の勝負はまだ決着の時を迎えていないのだから。

 こうして、第七王子の“初陣”となった国政会議は多くの人々の目と心を引き寄せたまま幕を下ろし、王宮には新たな展開への期待と戸惑いが渦巻いている。やがて、その渦が国全体を巻き込む大いなる波乱へとつながっていくかもしれない。
 それでも、フォウは揺らがない。国も、常識も、どんな障害すらも超えて、セブンの隣に立ちたい。その無謀なほどの恋こそが、彼女の生きる道なのだ。

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「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

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