婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ

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第2話 空気が変わった日

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第2話 空気が変わった日

婚約破棄の宣言から一夜明けても、
王宮は奇妙な静けさに包まれていた。

人がいないわけではない。
むしろ、いつも通り人は行き交っている。
だが――視線が違った。

アセルス・アウストラリスは、その違和感を、
「気のせいだ」と片付けていた。

(さすがに昨日は騒ぎになったからな。
 多少、様子見になるのは当然だ)

そう思いながら、
彼はいつものように回廊を歩く。

すれ違う貴族たちは、
礼を失しているわけではない。
きちんと頭を下げ、
形式通りの挨拶をする。

――だが、誰も足を止めない。

以前なら、
「殿下、少しよろしいでしょうか」
と声をかけてきた者たちが、
今日は誰一人として話しかけてこない。

(皆、忙しいのだろう)

そう結論づけて、
アセルスは歩調を緩めなかった。

彼の背後で、
小さな囁き声が交わされていることに、
気づかぬまま。

「……もう、終わったのだな」

「ええ。
 あれほど露骨とは思いませんでしたが」

「アルファルド派と商会が、
 その場で不支持を表明するとは……」

声は低く、
決して彼の耳に届かない距離で。

それが、
配慮であることすら、
アセルスは知らない。

執務室に入ると、
控えていた近臣が一礼した。

「殿下。
 本日のご予定ですが――」

「いつも通りでいい」

アセルスは、軽く手を振る。

「昨日の件で、
 多少の調整は必要だろうが、
 大勢に影響はない」

近臣は一瞬、
言葉に詰まったように見えた。

「……承知いたしました」

それ以上、
何も言わない。

その沈黙を、
アセルスは「理解」だと思った。

(ほら見ろ。
 皆、分かっている)

だが、その沈黙は――
諦めだった。

昼前、
彼はアルベルド商会に使いを出した。

昨日の場での発言は、
さすがに行き過ぎだろう。
そう思っていた。

(支援停止など、
 感情的になっただけだ。
 後で正式に話せば済む)

だが、
戻ってきた使者の報告は、
簡潔だった。

「……本日はご面会できない、とのことです」

「理由は?」

「『現在、殿下と協議すべき案件はない』と……」

アセルスは、眉をひそめた。

「協議すべき案件がない、だと?」

それはおかしい。
これまで、
あれほど頻繁に資金や事業の話をしてきたのだ。

「もう一度行け。
 時間を改めると言え」

「は、はい……」

使者は去った。

だが、
アセルスの胸の奥に、
小さな引っかかりが残る。

(……妙だな)

だが、それは不安にはならない。

彼は第一王子だ。
王太子になる存在だ。

――そう、信じている。

同じ頃、
アルファルド公爵邸では、
まったく違う空気が流れていた。

シャウラ・アルファルドは、
窓辺の椅子に座り、
紅茶を口にしている。

「……今日も、賑やかですのね」

庭の向こうでは、
次々と馬車が到着していた。

侯爵家、伯爵家、
派閥に属する貴族たちが、
入れ替わり立ち替わり訪れている。

だが、
シャウラ自身は、
その理由を深く考えていない。

「お父様たちは大変そうですけれど……
 わたくしは、
 お茶会の予定が詰まっているだけですわ」

侍女が、少し困ったように微笑む。

「それが、
 “要”でいらっしゃるのです」

「?」

シャウラは、首を傾げた。

だが、その無自覚こそが、
派閥の結束を揺るぎないものにしていることを、
彼女はまだ知らない。

同じ空の下で、
二人はまったく違う現実を生きていた。

一人は、
すでに切り捨てられていることに気づかず。

一人は、
何もしていないつもりで、
中心に立っている。

――空気は、
確実に変わっていた。

ただ、
その意味を理解していないのは、
たった一人。

アセルス・アウストラリスだけだった。
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