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第3話 平穏という名の違和感
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第3話 平穏という名の違和感
アルファルド公爵邸の朝は、
いつもと何ひとつ変わらず始まった。
陽光はやわらかく庭を照らし、
噴水の水音が静かに響く。
使用人たちは慌ただしくも整然と動き、
屋敷全体は、名門らしい落ち着きを保っていた。
シャウラ・アルファルドは、
自室の鏡の前で、淡い色のドレスに袖を通す。
「今日は……
午前中に伯爵令嬢様、
午後は侯爵令嬢様とのお茶会でしたわね」
予定を告げる侍女の声に、
シャウラは小さく頷いた。
「ええ。
案外、忙しいものですわ」
その声音に、
落ち込んだ様子は一切ない。
婚約破棄から、まだ二日。
普通であれば、
悲嘆に暮れて当然の立場だ。
だがシャウラは、
その“普通”から、
最初から外れていた。
(婚約がなくなっただけで、
日常が変わるわけではありませんもの)
もとより、
彼女が望んだ婚約ではなかった。
王国と派閥の都合で決められた縁談に、
令嬢として従っていただけだ。
それが終わった――
ただ、それだけのこと。
サロンに向かう途中、
廊下の先で父――
アルファルド公爵とすれ違う。
その背後には、
見慣れた顔ぶれの貴族たち。
「父上、
お忙しそうですわね」
「……ああ」
公爵は一瞬だけ、
言葉を選ぶように間を置いた。
「屋敷が、
少し賑やかなだけだ」
それ以上は、語らない。
シャウラも、
深くは聞かなかった。
「でしたら、
お仕事の邪魔をしないよう、
わたくしは予定通り過ごしますわ」
公爵は、
その言葉にわずかに目を細めた。
「……そうしてくれ」
それが、
最良の判断であることを、
父はよく分かっている。
午前のお茶会は、
穏やかなものだった。
伯爵令嬢は、
最初こそ言葉を探している様子だったが、
やがて、いつも通りの話題に落ち着く。
季節の流行。
王都の噂。
最近話題の舞踏会。
ただ一つ、
決定的に違ったのは――
誰も、婚約破棄の話題を出さなかったこと。
それは、
同情でも、遠慮でもない。
――触れる必要がない、
という認識。
「……不思議ですわね」
お茶会が終わった後、
シャウラはぽつりと漏らした。
「何がでしょうか」
侍女が尋ねる。
「もっと……
騒がしくなると思っていましたの」
婚約破棄。
しかも、相手は第一王子。
貴族社会が、
面白おかしく騒ぎ立てないはずがない。
けれど、現実は違った。
「皆様、
とても自然に接してくださるのです」
それは、
彼女が“捨てられた令嬢”ではないことを、
暗黙のうちに示していた。
午後のお茶会でも、
同じだった。
侯爵令嬢は、
むしろ以前よりも親しげで、
帰り際には、こう言った。
「近いうちに、
またご一緒できると嬉しいですわ」
それは、
社交辞令ではない。
シャウラは、
屋敷に戻る馬車の中で、
小さく首を傾げた。
(……皆様、
わたくしを心配しているわけでは、
ありませんわよね?)
慰めるような言葉もない。
同情の視線もない。
あるのは、
変わらぬ扱い。
それが意味するものを、
彼女はまだ知らない。
一方その頃、
王宮では、
まったく逆の空気が流れていた。
アセルス・アウストラリスの周囲から、
人が消え始めていた。
だが――
彼自身は、
それを「問題」だとは認識していない。
同じ出来事を起点に、
二人の世界は、
静かに、しかし決定的に、
分岐していた。
シャウラの平穏は、
嵐の前の静けさではない。
それは――
揺るがぬ地盤の上にある日常だった。
その事実を、
理解していない者は、
まだ多い。
――そして、
最も理解していないのは、
婚約を破棄した当人だった。
アルファルド公爵邸の朝は、
いつもと何ひとつ変わらず始まった。
陽光はやわらかく庭を照らし、
噴水の水音が静かに響く。
使用人たちは慌ただしくも整然と動き、
屋敷全体は、名門らしい落ち着きを保っていた。
シャウラ・アルファルドは、
自室の鏡の前で、淡い色のドレスに袖を通す。
「今日は……
午前中に伯爵令嬢様、
午後は侯爵令嬢様とのお茶会でしたわね」
予定を告げる侍女の声に、
シャウラは小さく頷いた。
「ええ。
案外、忙しいものですわ」
その声音に、
落ち込んだ様子は一切ない。
婚約破棄から、まだ二日。
普通であれば、
悲嘆に暮れて当然の立場だ。
だがシャウラは、
その“普通”から、
最初から外れていた。
(婚約がなくなっただけで、
日常が変わるわけではありませんもの)
もとより、
彼女が望んだ婚約ではなかった。
王国と派閥の都合で決められた縁談に、
令嬢として従っていただけだ。
それが終わった――
ただ、それだけのこと。
サロンに向かう途中、
廊下の先で父――
アルファルド公爵とすれ違う。
その背後には、
見慣れた顔ぶれの貴族たち。
「父上、
お忙しそうですわね」
「……ああ」
公爵は一瞬だけ、
言葉を選ぶように間を置いた。
「屋敷が、
少し賑やかなだけだ」
それ以上は、語らない。
シャウラも、
深くは聞かなかった。
「でしたら、
お仕事の邪魔をしないよう、
わたくしは予定通り過ごしますわ」
公爵は、
その言葉にわずかに目を細めた。
「……そうしてくれ」
それが、
最良の判断であることを、
父はよく分かっている。
午前のお茶会は、
穏やかなものだった。
伯爵令嬢は、
最初こそ言葉を探している様子だったが、
やがて、いつも通りの話題に落ち着く。
季節の流行。
王都の噂。
最近話題の舞踏会。
ただ一つ、
決定的に違ったのは――
誰も、婚約破棄の話題を出さなかったこと。
それは、
同情でも、遠慮でもない。
――触れる必要がない、
という認識。
「……不思議ですわね」
お茶会が終わった後、
シャウラはぽつりと漏らした。
「何がでしょうか」
侍女が尋ねる。
「もっと……
騒がしくなると思っていましたの」
婚約破棄。
しかも、相手は第一王子。
貴族社会が、
面白おかしく騒ぎ立てないはずがない。
けれど、現実は違った。
「皆様、
とても自然に接してくださるのです」
それは、
彼女が“捨てられた令嬢”ではないことを、
暗黙のうちに示していた。
午後のお茶会でも、
同じだった。
侯爵令嬢は、
むしろ以前よりも親しげで、
帰り際には、こう言った。
「近いうちに、
またご一緒できると嬉しいですわ」
それは、
社交辞令ではない。
シャウラは、
屋敷に戻る馬車の中で、
小さく首を傾げた。
(……皆様、
わたくしを心配しているわけでは、
ありませんわよね?)
慰めるような言葉もない。
同情の視線もない。
あるのは、
変わらぬ扱い。
それが意味するものを、
彼女はまだ知らない。
一方その頃、
王宮では、
まったく逆の空気が流れていた。
アセルス・アウストラリスの周囲から、
人が消え始めていた。
だが――
彼自身は、
それを「問題」だとは認識していない。
同じ出来事を起点に、
二人の世界は、
静かに、しかし決定的に、
分岐していた。
シャウラの平穏は、
嵐の前の静けさではない。
それは――
揺るがぬ地盤の上にある日常だった。
その事実を、
理解していない者は、
まだ多い。
――そして、
最も理解していないのは、
婚約を破棄した当人だった。
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