婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ

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第4話 怒りと静観

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第4話 怒りと静観

王女マリー・アウストラリスは、
その知らせを、誰から聞いたのでもなかった。

――王宮の空気が、あまりにも露骨に変わったからだ。

朝の謁見を終えた後、
いつもなら数人は声をかけてくる重臣たちが、
今日は揃って距離を取っている。
形式的な礼はあれど、
雑談も、相談も、一切ない。

(……やりましたわね、兄上)

マリーは、内心でため息をついた。

婚約破棄そのものが問題なのではない。
政治的な婚姻など、王家では珍しくもない。

問題は――
切ってはいけないものを、
何の備えもなく切ったこと。

そして、
それが「その場で理解されなかったこと」だ。

マリーは、
その足で兄の執務室へ向かった。

扉を叩くと、
ほどなくして、アセルスの声が返る。

「入れ」

中に入ると、
兄はいつも通りの顔で書類に目を通していた。

「……兄上」

マリーは、
一切の前置きを省いた。

「何を、
 なさったか分かっていらっしゃいます?」

アセルスは顔を上げ、
少し不機嫌そうに眉をひそめる。

「昨日の件なら、
 もう終わった話だろう?」

「終わってなど、いません」

きっぱりと否定する。

「始まったのですわ。
 しかも、最悪の形で」

「大げさだな」

アセルスは、鼻で笑った。

「派閥が少し騒いでいるだけだ。
 アルファルド派も、商会も――
 どうせ、しばらくすれば落ち着く」

その言葉を聞いた瞬間、
マリーの中で、
怒りが確信に変わった。

(……この人は、
 本当に分かっていない)

「兄上」

声は低く、
だが、はっきりとしていた。

「アルファルド派が、
 “その場で”不支持を表明した意味を、
 本当に理解していらっしゃいませんの?」

「意味?」

「ええ。
 “もう戻らない”という意味です」

アセルスは、
一瞬、言葉を失ったように見えたが、
すぐに首を振る。

「あり得ない。
 あれほどの大派閥が、
 感情だけで動くはずがない」

「感情ではありません」

マリーは、
視線を逸らさなかった。

「利です。
 そして信頼です」

「兄上は、
 シャウラ様を切ることで、
 アルファルド派そのものを切った」

「その事実を、
 彼らは“理解した”だけです」

沈黙。

アセルスは、
それでも納得していない顔だった。

「仮にそうだとしても、
 私は第一王子だ」

「……だからこそ、です」

マリーは、
胸の奥が冷えていくのを感じながら、
言葉を選んだ。

「第一王子だからこそ、
 失えば終わるものもある」

本当なら、
ここで言うべきだった。

――あなたは、もう王太子ではない、と。

だが、
マリーはそれを口にしなかった。

(今、突きつけても……
 この人は、受け止められない)

それを理解できる程度には、
彼女は兄を知っていた。

「忠告は、しましたわ」

マリーは、静かに一礼する。

「これ以上、
 わたくしから言えることはありません」

そう言って、
踵を返す。

扉の前で、
ほんの一瞬だけ立ち止まり、
振り返った。

「……兄上」

「これ以上、
 何かを切る前に、
 “自分が何の上に立っているか”を、
 一度、考えることですわ」

それだけを残し、
マリーは部屋を出た。

廊下に出た瞬間、
彼女は小さく息を吐いた。

(もう……
 止められませんわね)

怒りはある。
失望もある。

だがそれ以上に、
マリーは理解していた。

――ここから先は、
兄自身が選び、
兄自身が落ちていく道だ。

王女は、
それを「救う義務」はない。

そしてまだこの時点では、
彼女自身も知らなかった。

自分がやがて、
王太子を“見送る側”ではなく、
王国を背負う側として名を挙げられる
存在になることを。

だが、
その芽はすでに、
静かに、確かに、
この日の王宮で育ち始めていた。
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