婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ

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第16話 王太子になれない理由

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第16話 王太子になれない理由

アセルス・アウストラリスは、
しばらくの間、応接室から動けずにいた。

聖女ジャネットの言葉が、
耳の奥で何度も反響する。

――王太子になれない方とは、婚約できません。

(……なれない、だと?)

否定したい。
否定しなければならない。
だが、
その言葉は奇妙なほど、
胸の奥に沈んで離れなかった。

「……馬鹿な」

ようやく立ち上がり、
小さく吐き捨てる。

第一王子が、
王太子になれない理由などあるはずがない。
少なくとも、
これまではそうだった。

(彼女は、
 聖女という立場から、
 慎重になりすぎているだけだ)

そう考えようとした瞬間、
脳裏に浮かぶものがあった。

――アルファルド派の不支持。
――アルベルド商会の沈黙。
――マリーの忠告。

一つ一つは、
無視できる“出来事”だったはずだ。

だが、
それらが重なったとき、
別の意味を持ち始める。

(……支え)

ジャネットは、
確かにそう言った。

――ご自身で、支えを断ちました、と。

アセルスは、
無意識のうちに拳を握りしめていた。

(支えなど、
 必要ないと思っていた)

王太子の座は、
彼個人の能力や努力の結果ではなく、
生まれによって与えられるもの。

そう信じて疑わなかった。

だからこそ、
“支え”という概念そのものを、
深く考えたことがなかった。

回廊を歩きながら、
彼は周囲を見渡す。

忙しそうに行き交う文官。
控えめに頭を下げる近臣たち。
だが、
誰一人として、
助言をくれる者はいない。

(……以前なら)

以前なら、
誰かが必ず、
「殿下、こうなさっては」
と進言してきた。

それが今はない。

それは、
信頼を失ったからか。
それとも――
すでに“対象外”だからか。

その可能性が浮かんだ瞬間、
アセルスは、
足を止めた。

(……違う)

そうでなければならない。

第一王子が、
王太子候補から外されるなど、
前代未聞だ。

だが同時に、
前例がないからといって、
起こらないとは限らない――
そんな冷たい現実が、
頭をよぎる。

「……王太子になれない理由」

ジャネットは、
理由を並べていた。

派閥。
経済。
信頼。

それらは、
すべて“外側”の要素だ。

(だが、
 王太子とは、
 それらを背負う存在ではないのか?)

ふと、
自分で自分に問いかけていることに、
アセルスは気づいた。

それは、
これまで一度も
考えたことのない問いだった。

部屋に戻り、
椅子に腰を下ろす。

窓の外では、
日が傾き始めていた。

(……もし、
 本当に王太子になれないのだとしたら)

そこまで考え、
彼は思考を止めた。

それ以上先へ進めば、
これまでの自分を、
根底から否定することになる。

「……考えすぎだ」

そう呟き、
彼は目を閉じる。

だが、
一度芽生えた疑念は、
完全には消えなかった。

この日、
アセルスは初めて、
“理由”という形で
自分の立場を考え始めた。

まだ、
答えには辿り着かない。

だが――
聖女の拒絶は、
確実に彼の中で、
何かを変えていた。

それは、
王太子の座が
「当然のもの」ではなく、
失われ得るものだという認識だった。

そしてその認識は、
これから彼を、
さらに苦しめることになる。
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