働いたら負けって、もう負けてますわ。 ―お小遣い制侯爵様は、奥様が怖い―』

ふわふわ

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第三話 華やかな未来

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第三話 華やかな未来

 ルクセリア公爵邸の庭は、春の陽光に包まれていた。

 色とりどりの花が咲き、白い噴水の水がきらめく。午後の穏やかな空気の中、エルミリアはテラスに腰かけ、静かに紅茶を口にしていた。

 その向かいに座るのは、ギヨーム・ド・ラトゥール。

 彼は楽しげにカップを揺らしながら、陽気な声で話している。

「結婚後の住まいだが、侯爵家の屋敷を大改装しようと思う」

「改装、でございますか」

「ああ。今のままでは少し古臭い。王宮に負けぬ華やかさが必要だ」

 彼は手振りを交えて語る。

「大広間の壁を張り替え、シャンデリアも新調する。舞踏会を開けば、皆が羨むだろう」

 エルミリアは微笑んだまま、問いを返す。

「費用はどれほどになるご予定でしょう」

 彼は少し顔をしかめる。

「またそれか」

「具体的な計画を伺っているだけでございます」

「計画など、後から整えればよい。まずは構想だ」

 彼は椅子に深く背を預けた。

「侯爵家は華やかでなければならない。質素に見られることこそ、恥だ」

 その言葉には確信があった。

 幼いころからそう教えられてきたのだろう。

「豪奢な装い、堂々たる馬車、大勢の従者。そうしてこそ、人は我らを尊ぶ」

「尊ぶ……」

「そうだ。貴族とは象徴だ。貧相であれば、発言力も失う」

 エルミリアは静かに頷いた。

 彼の理屈は理解できる。

 確かに、社交界では見た目がものを言う。

 だが。

「見た目を整えるには、支えが必要でございます」

「支え?」

「収入と、継続する力ですわ」

 彼は軽く笑う。

「収入ならある。領地は広い。家名もある」

「収穫が安定しなければ?」

「天候の問題だ」

「市場が変われば?」

「一時的なものだ」

 返答は、いつも同じ。

 根拠よりも、信念。

「君は心配性だな」

 ギヨームはカップを置き、彼女を見つめた。

「結婚すれば、君は侯爵夫人だ。細かいことは私が考える」

「細かいこと……」

「そうだ。君は華やかでいてくれればいい」

 その言葉は、優しさのようでいて、どこか壁のようだった。

「私は華やかであるだけで、よろしいのでしょうか」

「もちろんだ。君は美しい。立っているだけで価値がある」

 価値。

 その響きが、わずかに胸に刺さる。

「では、私が今していることは」

「余計なことだ」

 あっさりと、そう言われた。

「帳簿を見たり、執事に細かく指示を出したり……そんなものは、君の手を汚す」

 手を汚す。

 エルミリアは自分の指先を見る。

 そこには、インクの跡などない。

 ただ、責任があるだけだ。

「ギヨーム様は、侯爵家の帳簿をご覧になったことは」

「ない」

 即答だった。

「必要ない。執事が管理している」

「では、収支の大まかな流れは」

「それも、任せている」

 迷いのない声。

 任せることと、知らないことは違う。

 けれど彼にとっては同じなのだろう。

「私の父もそうだった。貴族がちまちまと数字に目を通すなど、品位を下げると」

「……そうでございますか」

「君も、いずれ分かる」

 彼は立ち上がり、彼女の手を取る。

「華やかな未来が待っている。余計な心配はするな」

 その手は温かい。

 だが、その温かさの中に、現実はない。

 彼が去ったあと、庭には再び静寂が戻った。

 遠くで庭師が枝を整えている。

 ぱちり、と小枝が切れる音。

 エルミリアはゆっくりと立ち上がり、庭を歩く。

 花は美しい。

 だが、手入れを怠れば、すぐに乱れる。

「華やかであれば、よい……」

 小さく呟く。

 それは彼の理想。

 だが、自分の理想は違う。

 華やかさは、結果であって、目的ではない。

 目的は――守ること。

 家を。領地を。未来を。

 彼と自分は、同じ方向を見ているのだろうか。

 それとも。

 ゆっくりと視線を上げる。

 空は青く、穏やかだ。

 嵐の気配など、どこにもない。

 けれどエルミリアは、胸の奥に小さな違和感を抱えていた。

 それはまだ、言葉にならない。

 ただひとつ確かなのは――

 華やかな未来を語る彼の隣で、自分だけが、足元を見ているということだった。
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