働いたら負けって、もう負けてますわ。 ―お小遣い制侯爵様は、奥様が怖い―』

ふわふわ

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第七話 信頼という言葉の裏側

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第七話 信頼という言葉の裏側

 その日の夜会は、ラトゥール侯爵家主催だった。

 煌びやかなシャンデリアの下、音楽が流れ、貴族たちの笑い声が重なる。衣装も宝石も申し分ない。外から見れば、まさに“栄華”。

 エルミリアは淡い銀色のドレスで静かに立っていた。

 その姿は華やかでありながら、どこか凛としている。

「やはり、ルクセリア嬢は美しいな」

 誰かが囁く。

 だが彼女の耳は、別の声を拾っていた。

「聞いたか? ラトゥール家、また融資を受けるらしい」

「どこからだ?」

「さあな。だが最近、支払いが遅れていると商会で噂だ」

 小さな声。

 しかし確かに、空気は変わり始めている。

 ギヨームはそんなことなど知らぬ顔で、客人に囲まれていた。

「侯爵家は安泰だ。多少の出費など問題ではない」

 高らかな声。

 誇らしげな笑み。

 エルミリアはそっと視線を落とす。

 “多少”。

 その多少が積み重なれば、やがて重みになる。

「エルミリア」

 背後から声がする。

 振り向くと、ギヨームが立っていた。

「楽しんでいるか?」

「ええ、とても華やかでございます」

「だろう?」

 彼は満足げに頷く。

「これが侯爵家だ。見ているだけで圧倒される」

「圧倒される、でございますね」

「人は圧倒されれば従う」

 彼の理屈は単純だ。

 だが世界は、単純ではない。

「君は相変わらず、冷静だな」

「冷静であることが、悪いことでございましょうか」

「いや。ただ……」

 彼は少し声を落とす。

「今夜の件、考えてくれたか」

「融資のお話でございますね」

「ああ。君が手を貸してくれれば、全て丸く収まる」

 丸く。

 その言葉は、便利だ。

「条件を整えましょう、と申し上げました」

「まだ言うのか」

 彼の声がわずかに硬くなる。

「婚約者だぞ?」

「存じております」

「ならば、なぜ疑う」

「疑ってはおりません」

 エルミリアは彼をまっすぐ見る。

「ただ、形を整えたいだけでございます」

「信頼がないのか」

「信頼があるからこそでございます」

 その答えは、彼の望むものではなかった。

「私を信じるなら、書面など不要だ」

「信頼とは、口約束ではなく責任でございます」

 彼の目に、苛立ちが宿る。

「君は冷たい」

「冷静でございます」

「同じだ」

「違います」

 静かだが、はっきりと。

「冷たさは拒絶。冷静さは判断でございます」

 音楽が一段と高まる。

 周囲は華やかだ。

 だが二人の間には、冷たい空気が流れていた。

「君は金を流さない」

 彼は低く言う。

「それが何を意味するか、分かっているのか」

「分かっております」

「私を困らせる」

「違います」

 エルミリアはわずかに首を振る。

「私が金を流さなければ困る状況が、問題でございます」

 彼は言葉を失う。

「金は流れなければならない。しかし、流し方を誤れば溺れます」

「大げさだ」

「現実でございます」

 彼は目を逸らす。

 そして小さく呟く。

「君とは、考え方が違う」

 その言葉は、以前よりもはっきりしていた。

「はい」

 エルミリアは否定しない。

「違います」

 夜会の灯りが揺れる。

 人々は笑い、踊り、華やかさに酔っている。

 だがその中で、二人の未来だけが静かにずれていく。

「信頼とは何だ」

 彼がぽつりと問う。

 それは怒りではなく、困惑だった。

 エルミリアは少し考え、答える。

「責任を共有できること」

「……」

「責任から目を逸らさないこと」

 彼は何も言わない。

 ただ、遠くの光を見つめる。

 その背中は、これまでよりも少しだけ遠く感じられた。

 音楽が終わる。

 拍手が起こる。

 だがエルミリアの胸の奥では、別の音が響いていた。

 小さく、しかし確かに。

 価値観の亀裂が、広がり始めている。
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