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第九話 宣言
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第九話 宣言
王立学園の舞踏会は、年に一度の大きな社交の場だった。
煌めく灯り、響く弦楽器の旋律、華やかなドレスと正装の群れ。若い貴族たちにとって、それは未来を見せる舞台でもある。
エルミリアは淡い蒼のドレスでホールに立っていた。
視線を集める美しさでありながら、どこか静かな佇まい。
「今夜、何かあるらしい」
小声があちこちで交わされる。
やがて、中央階段の上にギヨームが姿を現した。
濃紺の正装に身を包み、堂々とした歩み。
その隣には――ヴィオレーヌ・カザン。
紫のドレスが灯りを受けて艶やかに光る。
ざわり、と空気が揺れる。
エルミリアは目を逸らさない。
予感していたことだ。
ギヨームはホール中央に進み、声を張り上げた。
「皆に伝えたいことがある」
音楽が止む。
視線が集中する。
「私は、エルミリア・フォン・ルクセリアとの婚約を解消する」
はっきりと。
躊躇なく。
ざわめきが広がる。
誰かが息を呑む。
エルミリアは微動だにしない。
「理由は単純だ」
彼は続ける。
「価値観の違いだ」
その言葉は、彼女が何度も聞いたもの。
「私は、侯爵家の誇りを守りたい。だが彼女は、商人のように帳簿を握り、金を縛る」
視線が集まる。
彼女へ。
「貴族は、働いたら負けだ。金を追う姿は品位を落とす」
ささやきが広がる。
同意の声も、疑問の声も。
「私は、支えてくれる伴侶を選ぶ」
その言葉と共に、ヴィオレーヌの手を取る。
「ヴィオレーヌ・カザンを、新たな婚約者とする」
明確な宣言。
ヴィオレーヌは一礼する。
その表情は落ち着いている。
計画通り。
そんな静けさ。
ホールは騒然としている。
視線がエルミリアに集中する。
屈辱。
同情。
好奇。
様々な感情が入り混じる。
だが彼女は、ゆっくりと前へ出た。
ドレスの裾が静かに揺れる。
「ご宣言、確かに承りました」
声は澄んでいる。
震えはない。
「価値観が違うとおっしゃるのは、事実でございましょう」
ギヨームはわずかに安堵の色を浮かべる。
彼女が騒がないことに。
「私は、働くことを恥とは思いません」
静かな反論。
「肉体労働ではございません。責任を負うことを、働くと申します」
ざわめきが止む。
「家を守るために金を動かす。それは品位を落とすことではございません」
ギヨームの眉が動く。
「私は、金を流さないのではございません」
一瞬の間。
「無責任には、流さないだけでございます」
空気が張り詰める。
ヴィオレーヌの視線が鋭くなる。
ギヨームは口を開きかけるが、言葉を失う。
エルミリアは穏やかに続ける。
「侯爵家が華やかであることは、喜ばしいことでございます」
「ならば何故――」
「ですが」
彼の言葉を、静かに遮る。
「華やかさは結果でございます」
視線を真っ直ぐに向ける。
「守るべきものを守った、その先にあるもの」
沈黙。
「ギヨーム様が選ばれた未来を、否定いたしません」
それは本心だ。
「ただし」
ゆっくりと微笑む。
「こちらからも、婚約は解消とさせていただきますわ」
どよめきが走る。
彼が捨てたのではない。
彼女もまた、選んだ。
「互いに、より相応しい道へ」
美しい締め。
ヴィオレーヌは目を細める。
その一言で、力関係が対等に戻る。
ギヨームは一瞬、戸惑う。
思っていた展開と違うのだろう。
彼女が泣き崩れるはずだった。
だが。
「お幸せを」
エルミリアは軽く一礼する。
背筋は真っ直ぐ。
歩みは乱れない。
視線は前を向いたまま。
ホールの扉へと進む。
誰も道を塞がない。
その背中は、敗者のものではない。
むしろ、静かな勝者のようだった。
扉が閉まる。
外の夜風が頬を撫でる。
「終わりましたわね」
小さく呟く。
胸に痛みはない。
ただ、確かな確信がある。
価値観が違うのなら、共に歩むことはできない。
彼は“楽”を選んだ。
彼女は“責任”を選んだ。
それだけだ。
そしてこの夜が、すべての始まりになることを――
エルミリアはまだ、知らない。
王立学園の舞踏会は、年に一度の大きな社交の場だった。
煌めく灯り、響く弦楽器の旋律、華やかなドレスと正装の群れ。若い貴族たちにとって、それは未来を見せる舞台でもある。
エルミリアは淡い蒼のドレスでホールに立っていた。
視線を集める美しさでありながら、どこか静かな佇まい。
「今夜、何かあるらしい」
小声があちこちで交わされる。
やがて、中央階段の上にギヨームが姿を現した。
濃紺の正装に身を包み、堂々とした歩み。
その隣には――ヴィオレーヌ・カザン。
紫のドレスが灯りを受けて艶やかに光る。
ざわり、と空気が揺れる。
エルミリアは目を逸らさない。
予感していたことだ。
ギヨームはホール中央に進み、声を張り上げた。
「皆に伝えたいことがある」
音楽が止む。
視線が集中する。
「私は、エルミリア・フォン・ルクセリアとの婚約を解消する」
はっきりと。
躊躇なく。
ざわめきが広がる。
誰かが息を呑む。
エルミリアは微動だにしない。
「理由は単純だ」
彼は続ける。
「価値観の違いだ」
その言葉は、彼女が何度も聞いたもの。
「私は、侯爵家の誇りを守りたい。だが彼女は、商人のように帳簿を握り、金を縛る」
視線が集まる。
彼女へ。
「貴族は、働いたら負けだ。金を追う姿は品位を落とす」
ささやきが広がる。
同意の声も、疑問の声も。
「私は、支えてくれる伴侶を選ぶ」
その言葉と共に、ヴィオレーヌの手を取る。
「ヴィオレーヌ・カザンを、新たな婚約者とする」
明確な宣言。
ヴィオレーヌは一礼する。
その表情は落ち着いている。
計画通り。
そんな静けさ。
ホールは騒然としている。
視線がエルミリアに集中する。
屈辱。
同情。
好奇。
様々な感情が入り混じる。
だが彼女は、ゆっくりと前へ出た。
ドレスの裾が静かに揺れる。
「ご宣言、確かに承りました」
声は澄んでいる。
震えはない。
「価値観が違うとおっしゃるのは、事実でございましょう」
ギヨームはわずかに安堵の色を浮かべる。
彼女が騒がないことに。
「私は、働くことを恥とは思いません」
静かな反論。
「肉体労働ではございません。責任を負うことを、働くと申します」
ざわめきが止む。
「家を守るために金を動かす。それは品位を落とすことではございません」
ギヨームの眉が動く。
「私は、金を流さないのではございません」
一瞬の間。
「無責任には、流さないだけでございます」
空気が張り詰める。
ヴィオレーヌの視線が鋭くなる。
ギヨームは口を開きかけるが、言葉を失う。
エルミリアは穏やかに続ける。
「侯爵家が華やかであることは、喜ばしいことでございます」
「ならば何故――」
「ですが」
彼の言葉を、静かに遮る。
「華やかさは結果でございます」
視線を真っ直ぐに向ける。
「守るべきものを守った、その先にあるもの」
沈黙。
「ギヨーム様が選ばれた未来を、否定いたしません」
それは本心だ。
「ただし」
ゆっくりと微笑む。
「こちらからも、婚約は解消とさせていただきますわ」
どよめきが走る。
彼が捨てたのではない。
彼女もまた、選んだ。
「互いに、より相応しい道へ」
美しい締め。
ヴィオレーヌは目を細める。
その一言で、力関係が対等に戻る。
ギヨームは一瞬、戸惑う。
思っていた展開と違うのだろう。
彼女が泣き崩れるはずだった。
だが。
「お幸せを」
エルミリアは軽く一礼する。
背筋は真っ直ぐ。
歩みは乱れない。
視線は前を向いたまま。
ホールの扉へと進む。
誰も道を塞がない。
その背中は、敗者のものではない。
むしろ、静かな勝者のようだった。
扉が閉まる。
外の夜風が頬を撫でる。
「終わりましたわね」
小さく呟く。
胸に痛みはない。
ただ、確かな確信がある。
価値観が違うのなら、共に歩むことはできない。
彼は“楽”を選んだ。
彼女は“責任”を選んだ。
それだけだ。
そしてこの夜が、すべての始まりになることを――
エルミリアはまだ、知らない。
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