働いたら負けって、もう負けてますわ。 ―お小遣い制侯爵様は、奥様が怖い―』

ふわふわ

文字の大きさ
9 / 32

第九話 宣言

しおりを挟む
第九話 宣言

 王立学園の舞踏会は、年に一度の大きな社交の場だった。

 煌めく灯り、響く弦楽器の旋律、華やかなドレスと正装の群れ。若い貴族たちにとって、それは未来を見せる舞台でもある。

 エルミリアは淡い蒼のドレスでホールに立っていた。

 視線を集める美しさでありながら、どこか静かな佇まい。

「今夜、何かあるらしい」

 小声があちこちで交わされる。

 やがて、中央階段の上にギヨームが姿を現した。

 濃紺の正装に身を包み、堂々とした歩み。

 その隣には――ヴィオレーヌ・カザン。

 紫のドレスが灯りを受けて艶やかに光る。

 ざわり、と空気が揺れる。

 エルミリアは目を逸らさない。

 予感していたことだ。

 ギヨームはホール中央に進み、声を張り上げた。

「皆に伝えたいことがある」

 音楽が止む。

 視線が集中する。

「私は、エルミリア・フォン・ルクセリアとの婚約を解消する」

 はっきりと。

 躊躇なく。

 ざわめきが広がる。

 誰かが息を呑む。

 エルミリアは微動だにしない。

「理由は単純だ」

 彼は続ける。

「価値観の違いだ」

 その言葉は、彼女が何度も聞いたもの。

「私は、侯爵家の誇りを守りたい。だが彼女は、商人のように帳簿を握り、金を縛る」

 視線が集まる。

 彼女へ。

「貴族は、働いたら負けだ。金を追う姿は品位を落とす」

 ささやきが広がる。

 同意の声も、疑問の声も。

「私は、支えてくれる伴侶を選ぶ」

 その言葉と共に、ヴィオレーヌの手を取る。

「ヴィオレーヌ・カザンを、新たな婚約者とする」

 明確な宣言。

 ヴィオレーヌは一礼する。

 その表情は落ち着いている。

 計画通り。

 そんな静けさ。

 ホールは騒然としている。

 視線がエルミリアに集中する。

 屈辱。

 同情。

 好奇。

 様々な感情が入り混じる。

 だが彼女は、ゆっくりと前へ出た。

 ドレスの裾が静かに揺れる。

「ご宣言、確かに承りました」

 声は澄んでいる。

 震えはない。

「価値観が違うとおっしゃるのは、事実でございましょう」

 ギヨームはわずかに安堵の色を浮かべる。

 彼女が騒がないことに。

「私は、働くことを恥とは思いません」

 静かな反論。

「肉体労働ではございません。責任を負うことを、働くと申します」

 ざわめきが止む。

「家を守るために金を動かす。それは品位を落とすことではございません」

 ギヨームの眉が動く。

「私は、金を流さないのではございません」

 一瞬の間。

「無責任には、流さないだけでございます」

 空気が張り詰める。

 ヴィオレーヌの視線が鋭くなる。

 ギヨームは口を開きかけるが、言葉を失う。

 エルミリアは穏やかに続ける。

「侯爵家が華やかであることは、喜ばしいことでございます」

「ならば何故――」

「ですが」

 彼の言葉を、静かに遮る。

「華やかさは結果でございます」

 視線を真っ直ぐに向ける。

「守るべきものを守った、その先にあるもの」

 沈黙。

「ギヨーム様が選ばれた未来を、否定いたしません」

 それは本心だ。

「ただし」

 ゆっくりと微笑む。

「こちらからも、婚約は解消とさせていただきますわ」

 どよめきが走る。

 彼が捨てたのではない。

 彼女もまた、選んだ。

「互いに、より相応しい道へ」

 美しい締め。

 ヴィオレーヌは目を細める。

 その一言で、力関係が対等に戻る。

 ギヨームは一瞬、戸惑う。

 思っていた展開と違うのだろう。

 彼女が泣き崩れるはずだった。

 だが。

「お幸せを」

 エルミリアは軽く一礼する。

 背筋は真っ直ぐ。

 歩みは乱れない。

 視線は前を向いたまま。

 ホールの扉へと進む。

 誰も道を塞がない。

 その背中は、敗者のものではない。

 むしろ、静かな勝者のようだった。

 扉が閉まる。

 外の夜風が頬を撫でる。

「終わりましたわね」

 小さく呟く。

 胸に痛みはない。

 ただ、確かな確信がある。

 価値観が違うのなら、共に歩むことはできない。

 彼は“楽”を選んだ。

 彼女は“責任”を選んだ。

 それだけだ。

 そしてこの夜が、すべての始まりになることを――

 エルミリアはまだ、知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】私を捨てた国のその後を見守ってみた。

satomi
恋愛
侯爵令嬢のレナは公然の場でというか、卒業パーティーで王太子殿下イズライールに婚約破棄をされた挙句、王太子殿下は男爵令嬢のラーラと婚約を宣言。 殿下は陛下や王妃様がいないときを狙ったんでしょうね。 レナの父はアルロジラ王国の宰相です。実家にはレナの兄が4名いますがみんなそろいもそろって優秀。 長男は領地経営、次男は貿易商、3男は情報屋、4男は…オカマバー経営。 レナは殿下に愛想をつかして、アルロジラ王国の行く末を見守ろうと決意するのです。 次男監修により、国交の断絶しているエミューダ帝国にて。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

いや、無理。 (完結)

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。 もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、 「わかってくれるだろう?ミーナ」 と手を差し伸べた。 だから私はこう答えた。 「いや、無理」 と。

[完結]不実な婚約者に「あんたなんか大っ嫌いだわ」と叫んだら隣国の公爵令息に溺愛されました

masato
恋愛
アリーチェ・エストリアはエスト王国の筆頭伯爵家の嫡女である。 エストリア家は、建国に携わった五家の一つで、エストの名を冠する名家である。 エストの名を冠する五家は、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家に別れ、それぞれの爵位の家々を束ねる筆頭とされていた。 それ故に、エストの名を冠する五家は、爵位の壁を越える特別な家門とされていた。 エストリア家には姉妹しかおらず、長女であるアリーチェは幼い頃から跡取りとして厳しく教育を受けて来た。 妹のキャサリンは母似の器量良しで可愛がられていたにも関わらず。 そんな折、侯爵家の次男デヴィッドからの婿養子への打診が来る。 父はアリーチェではなくデヴィッドに爵位を継がせると言い出した。 釈然としないながらもデヴィッドに歩み寄ろうとするアリーチェだったが、デヴィッドの態度は最悪。 その内、デヴィッドとキャサリンの恋の噂が立ち始め、何故かアリーチェは2人の仲を邪魔する悪役にされていた。 学園内で嫌がらせを受ける日々の中、隣国からの留学生リディアムと出会った事で、 アリーチェは家と国を捨てて、隣国で新しい人生を送ることを決める。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

処理中です...