婚約破棄は、他人事ですので

ふわふわ

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第三十三話 起きるなら、起きるでしょう

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第三十三話 起きるなら、起きるでしょう

 覚悟というものは、激情ではなく整理の果てに訪れる。
 アバンダンティアは、その朝も変わらぬ時刻に目を覚まし、変わらぬ手順で身支度を整えていた。侍女が開けるカーテンの音、紅茶の湯気、窓越しに差し込む王都の光――すべてが昨日と同じだ。

 違っているのは、彼女の中の前提だけだった。

(起きるなら、起きるでしょう)

 マーキュリーの「とても大事な話」は、まだ具体化していない。だが、それは告白の予告であり、選択肢の最終確認でもある。彼はすでに結論に近づいている。あとは、どの言葉を選び、どの順で口に出すか。その差異が、結果を左右する。

 朝食後、アバンダンティアは執事を呼び、静かに指示を出した。

「今後一週間、私宛の招待状と訪問依頼を一覧にしてください。名目は問いません。特に“お祝い”と“近況確認”を装ったものを優先で」

「承知いたしました」

 執事は深追いしない。必要なのは理解ではなく実行だ。

 書斎に移ると、彼女は紙を一枚取り、項目を並べていく。
 婚約が続いた場合の利点。
 破棄された場合の損失。
 破棄した場合の反応予測。
 第三者の介入可能性。
 噂の拡散速度と変質点。

 感情の項目はない。排除しているわけではなく、数値化できないからだ。扱えないものを主軸に据えない――それは、彼女が観察者であり続けた理由でもある。

(他人事の頃は、見世物でした)

 人は泣き、怒り、正義を叫ぶ。その熱が冷めた頃には、次の話題へ移る。だが今回は当事者だ。見世物にされるかどうかは、振る舞いで決まる。

 泣けば、消費される。
 怒れば、利用される。
 黙れば、好きに語られる。

(ならば――主催すればいい)

 午後、マーキュリーから面会の申し出が届いた。三日後、彼の屋敷。想定内だ。彼女は即座に了承の返事を送る。文面は丁寧で、何の波風も立てない。違和感が生じるとすれば、受け取った側の心だけだろう。

(彼は“話し合えば分かる”と思っている)

 そこが、決定的なズレだった。分かり合えるかどうかではない。どこまでを共有し、どこからを切り分けるか。その前提が異なるのだ。

 夕刻、テラスから王都を見下ろす。人々は今日も噂を語り、期待を煽り、誰かの人生を娯楽に変えていく。次は自分の番――その事実に、恐れはない。

(座席は、こちらで指定します)

 いつ、どこで、誰が、どんな顔で語るのか。配置を決めるのは自分だ。婚約破棄が起きるかどうかは重要ではない。重要なのは、それが誰の物語として語られるか。

 アバンダンティア・コーニュコピアは、微笑んだ。

 起きるなら、起きるでしょう。
 ただし――舞台はこちらで用意します。

 観客席ではなく、主催者席から見るために。
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