『時間を止める女は、もういない』

ふわふわ

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第三話 断罪の舞台

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第三話 断罪の舞台


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王宮の大広間が、これほど人で満たされるのは久しぶりのことだった。
高い天井から吊るされた燭台が昼間だというのにすべて灯され、白い石の床に無数の光を落としている。壁際には貴族たちがずらりと並び、貴婦人や令嬢たちの衣擦れの音が、微かなざわめきとなって空間を満たしていた。

エルメス・シャネルは、広間の中央に立っていた。
背筋を伸ばし、視線を伏せもせず、ただ静かに。

——この場は、私を裁くために用意された。

そう理解していても、心は不思議なほど落ち着いていた。
サロンで鏡の前に立つ女性たちの顔が、次々と脳裏をよぎる。笑みを取り戻した人、久しぶりに外へ出る決意をした人、ただ「ありがとう」と言ってくれた人。
それらすべてが、今のエルメスを支えていた。

「静粛に」

衛兵の声が響き、広間が一気に静まる。
玉座に座る女王ルイス・クイーンの前に、王太子アンフェアリが進み出た。

「本日、この場を設けた理由は明白です」

アンフェアリの声はよく通り、はっきりとしていた。

「公爵令嬢エルメス・シャネルが運営する美容サロン、
 ならびに彼女が行使する所谓アンチエイジング魔法について、
 王宮としての判断を下すためです」

視線が一斉にエルメスへ向けられる。
好奇、困惑、期待、そして——わずかな不安。

「彼女は、自らを唯一の使い手と称し、
 王国中の女性から金を集め、
 “老いは恐れるべきものだ”という思想を広めてきました」

その言葉に、数人の貴婦人が小さく息を呑んだ。

「しかし、私は断言します」

アンフェアリは、胸を張る。

「それは詐欺です。
 魔法の名を借りた、不安の搾取に過ぎない」

ざわ、と空気が揺れた。
だが、すぐに反論は起きない。
誰もが、この言葉の行方を見極めようとしていた。

「若さは魔法で買うものではない。
 美しさとは、生まれ持ったものでも、
 作られるものでもなく、
 自然に備わる普遍の価値です」

アンフェアリは、女王の方を一度見やり、再び続ける。

「にもかかわらず、
 彼女は“老いは避けられる”という幻想を与え、
 王国の秩序を乱した」

そこで、初めてエルメスが口を開いた。

「殿下」

その声は、広間のどこよりも静かだった。

「私は一度も、“老いは悪だ”と申し上げたことはございません」

アンフェアリが、苛立たしげに眉をひそめる。

「言葉遊びはよい」

「いいえ」

エルメスは、一歩も引かずに言った。

「私が与えてきたのは、
 老いを止める力ではなく、
 老いと共に生きるための力です」

「詭弁だ」

「では、お聞きします」

エルメスは、視線を巡らせた。
貴婦人たちの顔、令嬢たちの指先の震え、
そして、黙して見守る女王。

「殿下は、私のサロンを訪れたことが?」

「ない」

即答だった。

「必要がない」

その一言が、鋭く突き刺さる。

「……そうでしょうね」

エルメスは、微かに笑った。

「殿下にとっては、必要ないのでしょう」

「何が言いたい」

「必要とする方々が、ここにいらっしゃる、ということです」

ざわめきが広がる。
だがアンフェアリは、それを一蹴するように声を張り上げた。

「感情論は聞いていない!」

そして、はっきりと宣告する。

「エルメス・シャネル公爵令嬢。
 貴様は、王国の女性を欺いた罪により、
 追放されるべき存在だ」

広間が、凍りついた。

一瞬、誰も動かない。
誰も声を出さない。

その沈黙の中で、エルメスは深く息を吸い、
そして、ゆっくりと口を開いた。

「……まあ」

その声は、驚くほど穏やかだった。

「皆さま、すでに充分お美しいですし、
 自然と美しく年を重ねるのも、悪くありませんでしょう」

思わず、誰かが息を呑む音がした。

「居場所を失った以上、
 私がここに留まる理由もございません」

エルメスは、静かに背筋を伸ばす。

「ですから……引退いたします」

それは、敗者の言葉ではなかった。
むしろ、選択する者の声音だった。

一礼。

「どうか皆さま。
 ご自身を、どうか大切になさってくださいませ」

その瞬間、
追放されるはずの令嬢は、
この広間で最も気高い存在となっていた。

そして——
その背を見つめる無数の視線が、
やがて一斉に、別の人物へ向けられる。

アンフェアリ。

彼は、まだ気づいていなかった。
今この瞬間、
自分が王国中の“何”を敵に回したのかを。

広間に、嵐の前触れのような沈黙が落ちる。

それが、
彼の転落の始まりであることを告げるように。


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次は
第四話(女王の怒りと決定的失言)
に進めますが、続けますか?
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