『時間を止める女は、もういない』

ふわふわ

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第四話 王の言葉、女の怒り

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第四話 王の言葉、女の怒り


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沈黙は、刃のように広間を切り裂いていた。
ざわめきは消え、息を呑む音すら聞こえない。

エルメス・シャネルが引退を告げ、静かに一礼したあとも、誰一人として声を発する者はいなかった。
追放を受け入れたはずの令嬢の背中は、なぜか誰よりも高く、誰よりも遠く見えた。

その沈黙を破ったのは、玉座の上だった。

女王ルイス・クイーンは、ゆっくりと背もたれから身を起こした。
いつもなら、そこにあるのは揺るぎない威厳と冷静さだけ。
だが今、その瞳の奥には、別の色が宿っていた。

怒り。
それも、激昂ではない。
長い年月を生きてきた者だけが抱く、深く、重い怒り。

「……アンフェアリ」

その名を呼ぶ声は、低く、しかしはっきりと広間に響いた。

「お前は、今、何を断罪したのか……理解しておるか?」

アンフェアリは、わずかに肩をすくめた。

「陛下。私は、王国の秩序を守るために——」

「違う」

女王の声が、初めて遮る。

「お前は、“知らぬもの”を切り捨てただけだ」

一歩。
女王は、玉座から降りた。

その足音が、やけに大きく響く。

「お前は言ったな。
 自然に老いるのが正しい、と」

「はい。
 母上、いえ……女王陛下」

アンフェアリは、わざわざ呼び方を改めた。

「陛下は、十分にお若く、美しい。
 それは、あんな詐欺師がいなくとも、普遍です」

その瞬間、空気が凍りついた。

エルメスは、何も言わなかった。
だが、広間に集う多くの女性たちは、はっきりと顔色を変えた。

女王は、しばしアンフェアリを見つめていた。
まるで、初めて“理解不能な存在”を見るかのように。

「……おまえは」

声が、わずかに震える。

「何も、わかっておらん」

ゆっくりと、言葉を刻むように続ける。

「時として、一分一秒が、
 どれほど残酷に時を刻むかを……」

女王は、指先を見つめた。
そこに刻まれた細かな皺は、王としての年月でもあり、
一人の女として生きてきた証でもある。

「老いとはな、ある日突然訪れるものではない。
 昨日より今日、今日より明日と、
 気づかぬほどの差で、確実に積み重なる」

女王は顔を上げ、アンフェアリを見据えた。

「その“わずかな差”に、
 どれほどの不安と恐怖があるか」

「どれほどの努力と、覚悟があるか」

「それを、支え、救い、
 生きる気力を与えていた者を——」

一拍。

「お前は、詐欺師と呼んだ」

アンフェアリは、眉をひそめる。

「陛下、感情的になっておられます。
 私は、事実を——」

「事実?」

女王の声が、鋭くなった。

「詐欺師、だと?」

女王は、一歩、さらに近づいた。

「お前は、あの者の力を見たことがあるのか?」

アンフェアリは、言葉に詰まる。

「時を止め、
 いや——時の流れさえ逆行しているのでは、と
 思わせるあの力を!」

女王の声が、初めて感情を帯びる。

「皺が消えるだけではない。
 疲れ切った瞳に光が戻り、
 病に伏していた者が、歩き出す」

「絶望していた者が、
 もう一度、鏡を見ようと思える」

「それが、あの者の魔法だ」

女王は、深く息を吐いた。

「それを、詐欺と呼ぶか」

広間は、水を打ったように静まり返っている。

「ならばお前は、
 人が生きる希望を、詐欺と呼んだのだ」

アンフェアリの額に、初めて冷や汗が滲んだ。

「……陛下、私は——」

「黙れ」

短い一言だった。
だが、その重みは絶対だった。

女王ルイス・クイーンは、広間を見渡す。

貴婦人たち。
令嬢たち。
そして、黙して立つ貴族たち。

「理解できぬ者が、
 王となる資格はない」

その言葉が、確定を告げた。

誰も、反論しなかった。
誰も、アンフェアリを庇わなかった。

エルメスは、静かに目を伏せる。

——もう、十分だ。

だが、嵐はまだ終わっていなかった。

次に声を上げる者たちが、
すでに息を吸っていることを、
アンフェアリだけが、まだ知らなかった。

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