『沈黙を選んだ令嬢は、対等な未来を手に取る』

ふわふわ

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第19話 翌朝の余波と、動いたのは誰か

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第19話 翌朝の余波と、動いたのは誰か

 夜会の翌朝は、驚くほど穏やかだった。

 目を覚ました私は、いつも通りにカーテンを開け、淡い朝の光を迎え入れる。
 空気は澄み、鳥の声が遠くから聞こえてくる。

(……何も変わりませんわね)

 昨夜、王都では大きな夜会が開かれ、多くの貴族が集まったはずだ。
 噂も、思惑も、駆け引きも、きっと渦巻いていた。

 けれど、この部屋には、何一つ流れ込んでこない。

 それが、私の選んだ距離だ。

 朝食を終え、紅茶を飲んでいると、マルタがいつもより少し早足で入ってきた。

「お嬢様」

「……何か、ありましたのね」

「はい。王都の方が、少々……騒がしいようでございます」

 私は、カップを置いた。

「夜会の、余波?」

「その通りでございます」

 マルタは、整理された口調で報告を始める。

「昨夜の夜会で、グラーフ侯爵家と距離を縮めようとした方々が、何名かいらっしゃいました」

「“私がいない場で”、ですわね」

「はい。しかし」

 マルタは、少しだけ言葉を選んだ。

「すべて、うまくいかなかったようでございます」

 私は、思わず微笑んだ。

「理由は、聞かなくても分かりますわ」

 アルベリク・フォン・グラーフ侯爵は、
 そういう場で、曖昧な笑顔を浮かべる人ではない。

 誰にでも開いた距離を取らず、
 かといって、攻撃的にもならない。

 結果、相手だけが空振りする。

「さらに」

 マルタは、続ける。

「昨夜、お嬢様が夜会に姿を見せなかったことが、逆に話題になっております」

「……どういう方向で?」

「『呼ばれなかった』のではなく、『来なかった』のではないか、と」

 私は、静かに息を吐いた。

(ようやく、気づいたのですわね)

 呼ばれなかった令嬢は、格を落とす。
 だが、“来なかった令嬢”は、立場が違う。

 それは、自分で選択できる側の人間だ。

「夜会の席で、何人かが口にしたそうです」

 マルタは、報告を続ける。

「『グラーフ侯爵の婚約者を呼べない夜会に、意味があるのか』と」

 その言葉を聞いても、私の心は動かなかった。

 評価が変わったからではない。
 評価を、私の基準にしていないからだ。

「……動いたのは、私ではありませんわね」

 私は、ぽつりと言った。

「はい。皆さま、ご自身で動き、ご自身で転ばれております」

 マルタの声音には、わずかな苦笑が混じっていた。

 午前中、父のもとからも報告が届いた。

『夜会後、数家が態度を変えた。
 特に、王城寄りだった者たちがだ』

 私は、その一文を読み、静かに頷いた。

(当然ですわ)

 王城が主導権を示すための夜会だった。
 だが、最も示されてしまったのは――
 王城の影響力が、以前ほどではないという事実だ。

 私は何もしていない。
 招待を断ったわけでも、声明を出したわけでもない。

 ただ、
 いなかった。

 それだけで、
 周囲の力関係が露わになった。

 午後、私は庭に出て、ベンチに腰を下ろした。

 陽射しは穏やかで、風が心地よい。
 使用人たちの動きも、いつも通りだ。

(……本当に、不思議ですわね)

 かつての私は、
 夜会に出席するかどうかで、
 評価が大きく揺れた。

 今は違う。

 出席しなくても、
 存在が揺るがない。

 それは、
 誰かの庇護下にあるからではない。

 “触れない方がいい”という認識が、
 自然に広がり始めているからだ。

 夕方、グラーフ侯爵家から、いつものように短い書簡が届いた。

> 昨夜の件、こちらで把握している。
あなたが動かなかったことが、最も効果的だった。
今日は、ゆっくり過ごしてほしい。



 私は、その文面を読み、少しだけ口元を緩めた。

(……評価ではなく、確認なのですわね)

 彼は、
 私が正しく距離を保てているかを、
 静かに確認しているだけ。

 その感覚が、ありがたい。

 夜。

 ランプの灯りの下で、私は今日一日を振り返った。

 私は、何も主張しなかった。
 何も拒絶しなかった。
 何も選ばなかったように見える。

 けれど。

 実際に動いたのは、
 私の周囲だった。

 夜会に集まった人々。
 様子を探った者たち。
 主導権を示そうとした王城。

 彼らが動き、
 彼らが答えを出した。

 私は、ただ静かに、
 自分の場所にいた。

 それだけで、
 十分だった。

 私はベッドに入り、目を閉じる。

 夜会の余波は、
 確実に残っている。

 けれど、その中心に、
 私はいない。

 それが、
 今の私の強さであり、
 選び取った在り方だった。

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