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第20話 求められる沈黙と、守られる日常
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第20話 求められる沈黙と、守られる日常
夜会の余波が王都に広がってから、数日が経った。
噂は噂を呼び、推測は推測を重ねる。
けれど、アルトワ家の屋敷の中に、その波は届かなかった。
私はいつも通り、朝の紅茶を口にしながら、静かな時間を過ごしている。
(……本当に、守られていますわね)
誰かが声高に守ると宣言したわけではない。
誰かが前に立って、剣を振るったわけでもない。
それでも、日常は崩れていない。
それこそが、
今の私にとって、何よりの証明だった。
「お嬢様」
マルタが、いつもより少し慎重な声音で声をかけてくる。
「はい」
「王都より、“沈黙を求める声”が出ております」
私は、ゆっくりとカップを置いた。
「沈黙、ですか」
「はい。夜会後の混乱について、“余計な憶測を広げないため”と」
なるほど。
騒ぎを起こした側が、静かにしてほしいと言い出したのだ。
(……随分と、勝手ですわね)
とはいえ、怒りは湧かない。
それもまた、想定の範囲だ。
「具体的には?」
「お嬢様ご本人、またはアルトワ家から、
何らかの声明を出してほしいとのことです」
私は、思わず小さく息を吐いた。
「つまり……」
「はい。“何も起きていない”と、公式に言ってほしい、ということかと」
私は、窓の外に視線を移す。
庭の木々が、風に揺れている。
その様子は、いつもと変わらない。
「マルタ」
「はい」
「私は、何も起きていないと“言う”つもりはありませんわ」
「……それは」
「すでに、“何も起きていない”からです」
言葉にしてしまえば、
それは誰かの期待に応える行為になる。
沈黙は、逃げではない。
沈黙は、最も正確な現状報告だ。
昼前、父から呼び出しがあった。
書斎に入ると、父は数通の書簡を机に並べている。
「王城が、沈黙を“要請”してきた」
「聞いておりますわ」
「どうする?」
その問いに、私は迷わず答えた。
「何もしません」
父は、わずかに口元を緩めた。
「だろうな」
「沈黙を要請するほど、
何かが起きたと自覚している証拠です」
私は、静かに続ける。
「ならば、その責任は、動いた側が負うべきですわ」
父は、深く頷いた。
「こちらから声明は出さない。
王城にも、そう伝える」
「ありがとうございます」
それだけで、十分だった。
午後、私は図書室で本を読んでいた。
文字を追いながら、ふと考える。
(求められているのは、私の言葉ではありませんのね)
彼らが欲しいのは、
“自分たちが間違っていない”という保証。
私がそれを与える理由は、どこにもない。
夕方、グラーフ侯爵家から、短い報告が届いた。
> 王城からの要請について、把握している。
応じる必要はない。
あなたの沈黙は、現状を正しく映している。
私は、その文を読み、そっと頷いた。
(……同じ認識ですわね)
この関係は、
言葉を交わさなくても、
判断が揃う。
夜。
ランプの灯りの下で、私は静かに考えた。
沈黙は、ときに不安を生む。
だがそれは、
動いた者たちの不安だ。
私は、何も失っていない。
日常も、立場も、距離も。
だから、
守るために声を上げる必要がない。
守られているのは、
“沈黙を選べる余地”そのもの。
それがある限り、
私は、私でいられる。
ベッドに横になり、目を閉じる。
外では、きっと誰かが焦っている。
言葉を欲し、説明を欲し、
責任の所在を探している。
けれど、ここは静かだ。
何も起きない夜。
何も語られない日常。
それは、
私が選び、
周囲が認め始めた――
揺るがない在り方だった。
夜会の余波が王都に広がってから、数日が経った。
噂は噂を呼び、推測は推測を重ねる。
けれど、アルトワ家の屋敷の中に、その波は届かなかった。
私はいつも通り、朝の紅茶を口にしながら、静かな時間を過ごしている。
(……本当に、守られていますわね)
誰かが声高に守ると宣言したわけではない。
誰かが前に立って、剣を振るったわけでもない。
それでも、日常は崩れていない。
それこそが、
今の私にとって、何よりの証明だった。
「お嬢様」
マルタが、いつもより少し慎重な声音で声をかけてくる。
「はい」
「王都より、“沈黙を求める声”が出ております」
私は、ゆっくりとカップを置いた。
「沈黙、ですか」
「はい。夜会後の混乱について、“余計な憶測を広げないため”と」
なるほど。
騒ぎを起こした側が、静かにしてほしいと言い出したのだ。
(……随分と、勝手ですわね)
とはいえ、怒りは湧かない。
それもまた、想定の範囲だ。
「具体的には?」
「お嬢様ご本人、またはアルトワ家から、
何らかの声明を出してほしいとのことです」
私は、思わず小さく息を吐いた。
「つまり……」
「はい。“何も起きていない”と、公式に言ってほしい、ということかと」
私は、窓の外に視線を移す。
庭の木々が、風に揺れている。
その様子は、いつもと変わらない。
「マルタ」
「はい」
「私は、何も起きていないと“言う”つもりはありませんわ」
「……それは」
「すでに、“何も起きていない”からです」
言葉にしてしまえば、
それは誰かの期待に応える行為になる。
沈黙は、逃げではない。
沈黙は、最も正確な現状報告だ。
昼前、父から呼び出しがあった。
書斎に入ると、父は数通の書簡を机に並べている。
「王城が、沈黙を“要請”してきた」
「聞いておりますわ」
「どうする?」
その問いに、私は迷わず答えた。
「何もしません」
父は、わずかに口元を緩めた。
「だろうな」
「沈黙を要請するほど、
何かが起きたと自覚している証拠です」
私は、静かに続ける。
「ならば、その責任は、動いた側が負うべきですわ」
父は、深く頷いた。
「こちらから声明は出さない。
王城にも、そう伝える」
「ありがとうございます」
それだけで、十分だった。
午後、私は図書室で本を読んでいた。
文字を追いながら、ふと考える。
(求められているのは、私の言葉ではありませんのね)
彼らが欲しいのは、
“自分たちが間違っていない”という保証。
私がそれを与える理由は、どこにもない。
夕方、グラーフ侯爵家から、短い報告が届いた。
> 王城からの要請について、把握している。
応じる必要はない。
あなたの沈黙は、現状を正しく映している。
私は、その文を読み、そっと頷いた。
(……同じ認識ですわね)
この関係は、
言葉を交わさなくても、
判断が揃う。
夜。
ランプの灯りの下で、私は静かに考えた。
沈黙は、ときに不安を生む。
だがそれは、
動いた者たちの不安だ。
私は、何も失っていない。
日常も、立場も、距離も。
だから、
守るために声を上げる必要がない。
守られているのは、
“沈黙を選べる余地”そのもの。
それがある限り、
私は、私でいられる。
ベッドに横になり、目を閉じる。
外では、きっと誰かが焦っている。
言葉を欲し、説明を欲し、
責任の所在を探している。
けれど、ここは静かだ。
何も起きない夜。
何も語られない日常。
それは、
私が選び、
周囲が認め始めた――
揺るがない在り方だった。
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