石を売る女の意思 ――後にダイヤモンドクイーンと呼ばれる女の威信――

ふわふわ

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第3話 常識が砕ける音

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第3話 常識が砕ける音

 

「――天然、ガラス……?」

フォージェリ・ノックオフ侯爵令息の口から漏れた声は、
先ほどまでの威勢をすっかり失っていた。

彼は、鑑定人の顔と、
その手元にあるペンダントとを、
交互に見比べる。

「冗談だろう……?
 ガラスは、人の手で作るものだ。
 自然に生まれるなど、聞いたこともない!」

その言葉は、
彼自身が信じてきた“常識”そのものだった。

だが、鑑定人は首を横に振る。

「知られていないだけです。
 存在しないわけではありません」

店内が、ざわめいた。

「そ、そんな……」
「自然にできたガラス……?」
「宝石より高価なはずのガラスが……?」

貴婦人たちの囁きは、
不安と混乱を孕んで広がっていく。

 

鑑定人は、
ゆっくりと言葉を選びながら説明を続けた。

「火山の噴火や、
 極端な高熱と急冷が同時に起こる環境では、
 鉱物が結晶化する前に固まり、
 ガラス質となることがあります」

彼は、ペンダントを光にかざす。

「この内部構造をご覧ください。
 人工ガラスには見られない、
 自然由来の揺らぎが確認できます」

「……」

フォージェリは、
もはや言葉を失っていた。

(そんな話……聞いたことがない)

だが、鑑定人の語る内容は、
理路整然としており、
否定する余地がない。

「天然ガラスは、
 工業的に製作されたものより
 生産効率は良い場合もあります。
 ただし――」

鑑定人は、
視線をジェニュインへ向けた。

「それを“ガラス”だと見抜ける者が、
 ほとんどいないのです」

 

その瞬間、
貴婦人たちの視線が、
一斉にジェニュインへと集まった。

彼女は、
変わらぬ静けさでその場に立っている。

まるで、
この結果を最初から知っていたかのように。

「ガラスは、
 宝石より高価だとおっしゃいましたね」

ジェニュインは、
穏やかに口を開いた。

「それは、“作られたガラス”のお話ですわ」

フォージェリは、
反射的に言い返した。

「な、何が違うと言うんだ!
 ガラスはガラスだろう!」

「いいえ」

ジェニュインは、
静かに首を振った。

「価値は、
 素材だけで決まるものではありません」

その言葉に、
鑑定人が小さく頷く。

「おっしゃる通りです。
 人工ガラスは、
 高度な技術によって生み出されるがゆえに高価。
 一方、天然ガラスは――」

彼は一拍置いた。

「希少性によって価値を持ちます」

 

希少性。

その一言が、
店内の空気を一変させた。

宝石が価値を持つ理由。
それと、まったく同じ。

「天然ガラスは、
 発生条件が極めて限定的で、
 産出量も安定しません」

鑑定人は続ける。

「そして、
 見た目は“ただの石”と区別がつきにくい。
 だからこそ――
 発見できる者が限られるのです」

シャロウ・フラッシー伯爵令嬢の顔が、
わずかに引きつった。

「で、でも……!
 河原に落ちているようなものが、
 宝石と同じ価値だなんて……!」

「落ちているかどうかは、
 価値と無関係です」

ジェニュインは、
きっぱりと言った。

「宝石も、
 最初は地面の中に埋まっているだけですもの」

その言葉は、
刃のように鋭く、
しかし声色はどこまでも穏やかだった。

 

フォージェリは、
額に汗を浮かべながら叫ぶ。

「だ、だが……!
 ガラスが宝石より高価だという常識は――」

「常識、ですか」

ジェニュインは、
ほんの少しだけ目を細めた。

「それは、
 “知らないものを評価しない”という、
 思考停止の別名ですわ」

その瞬間――
何かが、音を立てて砕けた。

それは、
店の中にいた者たちが、
疑いなく信じてきた価値観。

ガラスは作るもの。
石は拾うもの。
拾うものに価値はない。

その単純な図式が、
いま、目の前で崩れ落ちていた。

 

鑑定人は、
最終的な結論を告げる。

「この店で販売されている品は、
 すべて――
 正真正銘のガラス製品です」

「価格も、
 希少性を考慮すれば、
 極めて妥当」

そう言い切った。

 

沈黙。

誰もが、
言葉を失っていた。

フォージェリは、
震える唇で呟く。

「……そんな……
 俺は……」

何を言おうとしたのか、
最後まで口にすることはできなかった。

彼がしようとしたのは、
婚約破棄だった。

だが、実際に起きているのは――
彼自身の“評価”の崩壊だった。

 

ジェニュインは、
静かに店内を見渡した。

そこには、
困惑と羞恥に彩られた視線が並んでいる。

彼女は、
誰も責めない。

ただ、淡々と告げた。

「……ご覧の通りですわ。
 私は、
 石ころを売っていたのではありません」

一拍置いて、
はっきりと言う。

「価値を、売っていたのです」

 

その言葉が落ちた瞬間、
この店はもはや
“詐欺師の店”ではなくなっていた。

代わりに刻まれたのは――
常識を打ち砕いた女の名。

それが、
これから王都中に広まっていくことを、
この場にいる誰もが、
薄々と理解し始めていた。
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