『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』

ふわふわ

文字の大きさ
18 / 39

第十九話 名だけの座

しおりを挟む
第十九話 名だけの座

 王宮の大広間には、王族専用の席が並んでいる。

 中央は国王。
 その右手に王太子女。
 左手に第一王子。

 並びは変わっていない。

 だが意味は変わった。

 本日は諸侯会議。

 公爵、侯爵、伯爵が列席し、王国の来年度予算と継承法の解釈について議論する重要な場だ。

 かつてこの場で発言の主導権を握っていたのは、第一王子だった。

 今、視線はわたくしに集まる。

 財務卿が来年度歳入予測を説明する。

 税収増加、軍備費増額、港湾整備拡張。

 すべて、王太子女主導で進められた政策の結果だ。

 議場の空気は落ち着いている。

 混乱はない。

 安定している。

「王太子女殿下の政策に異議ある者は?」

 議長役の宰相が問う。

 沈黙。

 それは同意の証。

 第一王子がゆっくりと口を開く。

「予算の一部を文化事業へ回すべきだ」

 唐突ではない。

 むしろ穏当な提案。

 だが諸侯の反応は鈍い。

「優先順位は軍備と税制安定が先かと」

 公爵のひとりが答える。

「文化は余力で」

 第一王子の声は遮られない。

 だが広がらない。

 わたくしは静かに言う。

「文化事業案は、二年後に再検討いたします」

 完全否定ではない。

 しかし今ではない。

 宰相がまとめる。

「ではその方針で」

 決定。

 第一王子の提案は“将来検討”。

 事実上の棚上げ。

 会議後、諸侯は順にわたくしへ挨拶に来る。

「殿下の統治、安心しております」

「国は安定しました」

 第一王子の前を通る者は少ない。

 無礼ではない。

 ただ、必要がない。

 廊下で、侯爵家当主が第一王子に礼をする。

「ご機嫌麗しゅう」

 儀礼的だ。

 短い。

 続かない。

 第一王子は微笑む。

「……国は良い方向に進んでいるな」

 その言葉は皮肉ではない。

 事実の確認。

 だが、そこに彼自身はいない。

 夜、王宮の灯りは揺れる。

 第一王子の部屋には豪奢な装飾がある。

 衣服も、侍従も、食事も変わらない。

 地位も変わらない。

 だが執務机は静かだ。

 決裁書類は来ない。

 意見を求められることもない。

 侍従が言う。

「明日の会議資料でございます」

 彼は目を通す。

 だが知っている。

 決定は既に調整済み。

 会議は確認の場。

 彼の役割は出席者。

 発言はできる。

 だが、採用されない。

 国王は彼を廃嫡しない。

 教会も介入しない。

 公爵家も追い詰めない。

 罰はない。

 剥奪もない。

 だが中心から外れている。

 それが飼い殺し。

 第一王子は立場を失っていない。

 だが未来を失っている。

 王位継承順位は保たれている。

 しかし継承は現実味を帯びない。

 諸侯は既に心を決めている。

 夜更け、第一王子は窓辺に立つ。

 庭園の向こう、政務棟の灯りがまだ消えない。

 王太子女の執務室だ。

 彼は小さく息を吐く。

「私は、王子だ」

 それは確認。

 だが重みは薄い。

 名はある。

 座もある。

 だが力はない。

 王宮は静かだ。

 誰も彼を攻撃しない。

 誰も彼を追放しない。

 それでも、彼はひとりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

毒家族から逃亡、のち側妃

チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」 十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。 まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。 夢は自分で叶えなきゃ。 ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)

処理中です...