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第二十話 静かな退場
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第二十話 静かな退場
男爵家の紋章が掲げられた馬車が、王宮の裏門を通ったのは、夜明け前だった。
華やかな見送りはない。
太鼓も、見物人もいない。
ただ、記録係が淡々と出立を記すだけ。
男爵令嬢エリナは、王宮を去った。
理由は「体調不良による静養」。
公文書上は、それだけだ。
だが王宮に残る者は知っている。
彼女がいなくなったことの意味を。
第一王子レオンは、その報告を侍従から聞いた。
「……そうか」
驚きはなかった。
怒りもない。
ただ、短い返答。
かつて舞踏会で婚約を宣言した相手。
だがその関係は、血統発覚の時点で無効となった。
教会が婚姻不可と断じた瞬間から、彼女は“未来の王妃”ではなくなった。
それでも王宮に留まっていたのは、王子の意地だった。
彼女を守ることで、自分の選択が間違いではなかったと証明したかった。
しかし、現実は違った。
議会は王太子女を支持し、
教会は王統の正統性を示し、
軍は忠誠を示し直した。
男爵家は理解していた。
これ以上王子の側にいることは、政治的負債になる。
そしてエリナは、賢かった。
彼女は最後まで誰も非難しなかった。
「殿下が一方的にお決めになりました」
それ以上は言わない。
責任を被らない。
感情も見せない。
そして去る。
王宮の廊下は静かだ。
彼女の存在は、いつの間にか“背景”になっていた。
王太子女――ルシアは、その報告を受けても表情を変えなかった。
「承知いたしました」
それだけ。
追撃はしない。
晒しもしない。
去る者を追わない。
午後の政務会議。
外交案件が三件、財政報告が二件。
議題は途切れない。
第一王子は列席している。
だが隣に立つ者はいない。
以前は男爵令嬢が控えていた席は、空席。
その空白は目立つが、誰も言及しない。
会議後、侯爵家当主がわたくしに言う。
「男爵家は慎重な判断をなされましたな」
「ええ」
「賢明です」
それは褒め言葉ではない。
生存戦略への評価だ。
夜。
第一王子はひとりで庭園を歩く。
月明かりが石畳を照らす。
彼は立ち止まり、低く呟いた。
「彼女は、正しかったのか」
問いは自分へ向けられている。
答えは出ない。
王子は悪人ではない。
ただ、選択を誤った。
そしてその選択を、今も正しいと信じている。
男爵令嬢は去った。
侯爵家は距離を取り始めた。
公爵家は王太子女を支える。
制度は変わらない。
だが評価は積み上がる。
王宮の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。
第一王子の部屋には、まだ灯りがある。
豪奢な家具、整った衣装、従者。
何も奪われていない。
それでも彼は、少しだけ寒さを感じた。
誰も彼を攻撃しない。
誰も彼を追放しない。
だが、彼の選択を支える者は、もういない。
男爵家は王宮を去った。
波紋は起きない。
静かに、自然に。
そして王宮は、何事もなかったかのように、明日へ進む。
評価は止まらない。
積み上がり続ける。
王子はまだそこにいる。
だが、彼を支える影は、もう消えていた。
男爵家の紋章が掲げられた馬車が、王宮の裏門を通ったのは、夜明け前だった。
華やかな見送りはない。
太鼓も、見物人もいない。
ただ、記録係が淡々と出立を記すだけ。
男爵令嬢エリナは、王宮を去った。
理由は「体調不良による静養」。
公文書上は、それだけだ。
だが王宮に残る者は知っている。
彼女がいなくなったことの意味を。
第一王子レオンは、その報告を侍従から聞いた。
「……そうか」
驚きはなかった。
怒りもない。
ただ、短い返答。
かつて舞踏会で婚約を宣言した相手。
だがその関係は、血統発覚の時点で無効となった。
教会が婚姻不可と断じた瞬間から、彼女は“未来の王妃”ではなくなった。
それでも王宮に留まっていたのは、王子の意地だった。
彼女を守ることで、自分の選択が間違いではなかったと証明したかった。
しかし、現実は違った。
議会は王太子女を支持し、
教会は王統の正統性を示し、
軍は忠誠を示し直した。
男爵家は理解していた。
これ以上王子の側にいることは、政治的負債になる。
そしてエリナは、賢かった。
彼女は最後まで誰も非難しなかった。
「殿下が一方的にお決めになりました」
それ以上は言わない。
責任を被らない。
感情も見せない。
そして去る。
王宮の廊下は静かだ。
彼女の存在は、いつの間にか“背景”になっていた。
王太子女――ルシアは、その報告を受けても表情を変えなかった。
「承知いたしました」
それだけ。
追撃はしない。
晒しもしない。
去る者を追わない。
午後の政務会議。
外交案件が三件、財政報告が二件。
議題は途切れない。
第一王子は列席している。
だが隣に立つ者はいない。
以前は男爵令嬢が控えていた席は、空席。
その空白は目立つが、誰も言及しない。
会議後、侯爵家当主がわたくしに言う。
「男爵家は慎重な判断をなされましたな」
「ええ」
「賢明です」
それは褒め言葉ではない。
生存戦略への評価だ。
夜。
第一王子はひとりで庭園を歩く。
月明かりが石畳を照らす。
彼は立ち止まり、低く呟いた。
「彼女は、正しかったのか」
問いは自分へ向けられている。
答えは出ない。
王子は悪人ではない。
ただ、選択を誤った。
そしてその選択を、今も正しいと信じている。
男爵令嬢は去った。
侯爵家は距離を取り始めた。
公爵家は王太子女を支える。
制度は変わらない。
だが評価は積み上がる。
王宮の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。
第一王子の部屋には、まだ灯りがある。
豪奢な家具、整った衣装、従者。
何も奪われていない。
それでも彼は、少しだけ寒さを感じた。
誰も彼を攻撃しない。
誰も彼を追放しない。
だが、彼の選択を支える者は、もういない。
男爵家は王宮を去った。
波紋は起きない。
静かに、自然に。
そして王宮は、何事もなかったかのように、明日へ進む。
評価は止まらない。
積み上がり続ける。
王子はまだそこにいる。
だが、彼を支える影は、もう消えていた。
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