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第7話 条件即決
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第7話 条件即決
シュヴァルツクロイツ公爵家を後にする馬車の中で、ノエリアは静かに背もたれに身を預けた。
揺れは穏やかで、御者の手綱さばきが上手いことが分かる。
だがそれ以上に、胸の内が驚くほど静かだった。
(……決めるのが、早すぎたかしら)
ほんの一瞬、そんな考えがよぎる。
白い結婚。
感情を求めない契約。
必要以上に近づかない関係。
世間一般から見れば、冷たい縁談に違いない。
ましてや、婚約破棄されたばかりの令嬢が、即座に別の結婚を受け入れるなど――軽率と受け取られても不思議ではない。
けれど。
(いいえ)
ノエリアは、はっきりと否定した。
(迷う理由が、ありませんでしたもの)
感情を押し付けられない。
役割を過剰に求められない。
誰かの欠点を、笑顔で覆い隠す必要もない。
それは、彼女がずっと望んでいた環境だった。
ヴァレンシュタイン公爵家に戻ると、すでに父が執務室で待っていた。
「……早かったな」
扉を閉めるなり、父はそう言った。
「ええ。
条件に、疑問はありませんでしたので」
ノエリアは、落ち着いた声で答える。
父は椅子に腰かけたまま、娘をじっと見つめた。
「白い結婚だぞ?」
「承知しています」
「感情の保証はない」
「それも」
「……後悔は?」
その問いに、ノエリアは即答した。
「ありません」
迷いのない返答だった。
父は、しばらく沈黙し――やがて、ゆっくりと息を吐いた。
「お前が、ここまで即決するとは思わなかった」
「私もです」
ノエリアは、少しだけ微笑んだ。
「でも、不思議と……安心しました」
「安心?」
「はい。
期待されないことが、これほど楽だとは」
その言葉に、父は一瞬、表情を曇らせた。
――期待されない、という言葉の裏に、これまでどれほどの重圧があったかを察したのだろう。
「……すまなかったな」
「父上?」
「王家との婚約。
あれは、お前にとって重すぎた」
ノエリアは、静かに首を振った。
「いいえ。
あの時間があったからこそ、今の選択ができます」
そして、心の中で付け加える。
(戻りたいとは、思いませんけれど)
その日の夕刻。
王宮では、すでに噂が広がり始めていた。
「聞きましたか?
あの元婚約者、もう次の縁談を決めたそうですわ」
「まあ……随分と切り替えが早いこと」
「さすがに、強がりでは?」
そんな声が、回廊のあちこちで交わされる。
そして、その中心にいたのが――
「……もう、決めた?」
フィリオン王太子だった。
側近の一人が、慎重に頷く。
「はい。
シュヴァルツクロイツ公爵家との縁談を、即決されたとのことです」
フィリオンは、思わず眉をひそめた。
「即決?」
「条件は……白い結婚だと」
その言葉に、王太子は鼻で笑った。
「なるほど。
捨てられた令嬢が、必死に縋った先がそれか」
だが、なぜか胸の奥がざわつく。
(……おかしい)
彼の想定では、ノエリアはもっと取り乱すはずだった。
後悔し、涙し、いずれ「戻りたい」と言ってくる。
それが――
(まるで、逃げ切ったみたいじゃないか)
違和感が、じわじわと広がる。
「殿下?」
「……いや」
フィリオンは、無意識に拳を握っていた。
「白い結婚など、形だけだ。
感情のない結婚に、幸せなどあるはずがない」
そう言い聞かせるように呟く。
だが、その言葉は――
どこか、自分自身に向けたもののようでもあった。
一方。
ノエリアは、自室で荷造りを始めていた。
必要最低限の私物。
仕事用の資料。
そして――一冊の手帳。
(これからは、誰かの予定ではなく、自分の予定を書き込みますわ)
その考えに、自然と頬が緩む。
白い結婚。
感情を交わさない夫婦。
世間がどう言おうと、それは――
(私にとって、最良の選択)
ノエリア・ヴァレンシュタインは、はっきりと理解していた。
この即決が、
誰よりも早く“正解”に辿り着いた証だということを。
そして。
この決断を、
いずれ誰よりも悔やむ者が現れることを――。
---
シュヴァルツクロイツ公爵家を後にする馬車の中で、ノエリアは静かに背もたれに身を預けた。
揺れは穏やかで、御者の手綱さばきが上手いことが分かる。
だがそれ以上に、胸の内が驚くほど静かだった。
(……決めるのが、早すぎたかしら)
ほんの一瞬、そんな考えがよぎる。
白い結婚。
感情を求めない契約。
必要以上に近づかない関係。
世間一般から見れば、冷たい縁談に違いない。
ましてや、婚約破棄されたばかりの令嬢が、即座に別の結婚を受け入れるなど――軽率と受け取られても不思議ではない。
けれど。
(いいえ)
ノエリアは、はっきりと否定した。
(迷う理由が、ありませんでしたもの)
感情を押し付けられない。
役割を過剰に求められない。
誰かの欠点を、笑顔で覆い隠す必要もない。
それは、彼女がずっと望んでいた環境だった。
ヴァレンシュタイン公爵家に戻ると、すでに父が執務室で待っていた。
「……早かったな」
扉を閉めるなり、父はそう言った。
「ええ。
条件に、疑問はありませんでしたので」
ノエリアは、落ち着いた声で答える。
父は椅子に腰かけたまま、娘をじっと見つめた。
「白い結婚だぞ?」
「承知しています」
「感情の保証はない」
「それも」
「……後悔は?」
その問いに、ノエリアは即答した。
「ありません」
迷いのない返答だった。
父は、しばらく沈黙し――やがて、ゆっくりと息を吐いた。
「お前が、ここまで即決するとは思わなかった」
「私もです」
ノエリアは、少しだけ微笑んだ。
「でも、不思議と……安心しました」
「安心?」
「はい。
期待されないことが、これほど楽だとは」
その言葉に、父は一瞬、表情を曇らせた。
――期待されない、という言葉の裏に、これまでどれほどの重圧があったかを察したのだろう。
「……すまなかったな」
「父上?」
「王家との婚約。
あれは、お前にとって重すぎた」
ノエリアは、静かに首を振った。
「いいえ。
あの時間があったからこそ、今の選択ができます」
そして、心の中で付け加える。
(戻りたいとは、思いませんけれど)
その日の夕刻。
王宮では、すでに噂が広がり始めていた。
「聞きましたか?
あの元婚約者、もう次の縁談を決めたそうですわ」
「まあ……随分と切り替えが早いこと」
「さすがに、強がりでは?」
そんな声が、回廊のあちこちで交わされる。
そして、その中心にいたのが――
「……もう、決めた?」
フィリオン王太子だった。
側近の一人が、慎重に頷く。
「はい。
シュヴァルツクロイツ公爵家との縁談を、即決されたとのことです」
フィリオンは、思わず眉をひそめた。
「即決?」
「条件は……白い結婚だと」
その言葉に、王太子は鼻で笑った。
「なるほど。
捨てられた令嬢が、必死に縋った先がそれか」
だが、なぜか胸の奥がざわつく。
(……おかしい)
彼の想定では、ノエリアはもっと取り乱すはずだった。
後悔し、涙し、いずれ「戻りたい」と言ってくる。
それが――
(まるで、逃げ切ったみたいじゃないか)
違和感が、じわじわと広がる。
「殿下?」
「……いや」
フィリオンは、無意識に拳を握っていた。
「白い結婚など、形だけだ。
感情のない結婚に、幸せなどあるはずがない」
そう言い聞かせるように呟く。
だが、その言葉は――
どこか、自分自身に向けたもののようでもあった。
一方。
ノエリアは、自室で荷造りを始めていた。
必要最低限の私物。
仕事用の資料。
そして――一冊の手帳。
(これからは、誰かの予定ではなく、自分の予定を書き込みますわ)
その考えに、自然と頬が緩む。
白い結婚。
感情を交わさない夫婦。
世間がどう言おうと、それは――
(私にとって、最良の選択)
ノエリア・ヴァレンシュタインは、はっきりと理解していた。
この即決が、
誰よりも早く“正解”に辿り着いた証だということを。
そして。
この決断を、
いずれ誰よりも悔やむ者が現れることを――。
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