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第三話 聖女の奇跡
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第三話 聖女の奇跡
王都の広場は、人で溢れていた。
教会の大鐘が鳴り響き、白い旗が風にはためく。
本日、聖女ルチアによる“公開奇跡”が執り行われる――そう大々的に触れ回られていたからだ。
「やはり聖女様こそ本物だ」 「フォルティス令嬢のような冷たい女とは違う」
人々の囁きが、甘く酔ったように広がっていく。
舞台の中央に立つルチアは、光を受けて神々しく見えた。
白銀の刺繍が施された法衣。ゆるやかに波打つ金の髪。胸元で組まれた細い指。
その背後には、司祭グラナード。
そして、そのさらに奥に王太子カイルベルト。
誇らしげな顔。
まるで自分が奇跡を起こすかのような表情。
「本日は、神の御力を皆に示す」
司祭が声を張る。
「病に苦しむ者を前へ」
担架で運ばれてきたのは、顔色の悪い少年だった。
母親が涙ながらにすがる。
「聖女様……どうか、この子を……!」
ルチアがゆっくりと目を閉じる。
「神よ……」
広場は息を呑む。
静寂。
風の音すら止まったように感じられる。
やがてルチアが少年の額に手をかざす。
「清めよ」
しばらくの沈黙ののち――
少年が、ゆっくりと目を開けた。
歓声が爆発する。
「奇跡だ!」 「聖女様万歳!」
王太子が満足げに頷く。
「ほら見ろ。神は我らに味方している」
司祭も大きくうなずいた。
「これが神の証である!」
その様子を、私は公爵邸の応接室で静かに聞いていた。
「成功したようです」
執事アーヴィンが淡々と報告する。
「少年は?」
「予定通り、薬効が切れただけの状態でした」
「そう」
私は紅茶を口に運ぶ。
「適量でしたの?」
「完璧に」
少年は重病ではなかった。
高熱を引き起こす薬を投与し、数刻後に解毒薬を与えれば回復する。
その“回復の瞬間”を祈祷と重ねる。
これが、奇跡の正体。
もちろん、薬の調達も管理も。
以前はフォルティス家が裏で担っていた。
衛生管理も、医師の手配も、全て。
だが今は違う。
「在庫はどれほど残っておりますか」
「教会保管分は、あと三回分程度」
「少ないですわね」
「はい。追加供給は停止しておりますので」
私は小さく笑った。
「では、奇跡はあと三度ですわ」
広場では歓声が鳴り止まない。
王太子はルチアの手を取り、誇らしげに掲げた。
「見たか、エレシア!」
遠くで叫んでいるのが目に浮かぶ。
まるで私に勝ったかのような顔で。
「殿下は、可愛らしい方ですわね」
「放置でよろしいのですか」
アーヴィンが問う。
「ええ」
私は首を横に振る。
「今はまだ」
勝ったと思わせておく。
安心させる。
奇跡が続くと信じ込ませる。
そのほうが――
崩れたときの音が大きい。
翌週。
再び奇跡が行われた。
そして成功。
さらに翌週。
成功。
王都は完全に聖女に酔っていた。
教会への寄付は増え、王太子の支持も回復する。
ミリアは王宮で微笑む。
「お姉様は間違っていましたのね」
そう囁いたという噂が届いた。
けれど。
四度目の奇跡の日。
広場に集まった人々は、いつものように祈りを待った。
担架で運ばれたのは少女。
高熱。呼吸困難。
ルチアが手をかざす。
「神よ……清めよ」
沈黙。
少女は動かない。
額に浮かぶ汗。
ざわめき。
ルチアの手が震える。
司祭が小声で囁く。
「もう一度だ」
「清めよ!」
何も起きない。
少女の母が泣き叫ぶ。
「どうして!? いつもは治るのに!」
王太子の顔が青ざめる。
「なぜだ……?」
ルチアの唇が白くなる。
「薬が……」
かすかな呟きは、歓声のない広場で異様に響いた。
奇跡は、起きなかった。
私はその報告を受け、静かに目を閉じる。
「在庫切れですわね」
「はい」
アーヴィンが短く答える。
「教会は慌てて医師を呼びましたが、処置が遅れたようです」
「お気の毒に」
言葉とは裏腹に、声は揺れない。
王都の空気が、変わり始めていた。
「奇跡が起きなかった」 「神は怒っているのでは」 「それとも……最初から……」
疑念は、小さなひび割れ。
一度入れば、広がるのは早い。
私は窓辺に立つ。
夕暮れの空は、赤く染まっていた。
「次は、誰が疑われますかしら」
聖女か。
司祭か。
それとも。
“神を利用した者”か。
舞台は整いつつある。
まだ慌てる必要はない。
奇跡が消えた今、彼らは必ず――
私の元へ来る。
助けを求めて。
そしてそのとき。
私は微笑んで、こう言うのだ。
「神にお祈りくださいませ」と。
王都の広場は、人で溢れていた。
教会の大鐘が鳴り響き、白い旗が風にはためく。
本日、聖女ルチアによる“公開奇跡”が執り行われる――そう大々的に触れ回られていたからだ。
「やはり聖女様こそ本物だ」 「フォルティス令嬢のような冷たい女とは違う」
人々の囁きが、甘く酔ったように広がっていく。
舞台の中央に立つルチアは、光を受けて神々しく見えた。
白銀の刺繍が施された法衣。ゆるやかに波打つ金の髪。胸元で組まれた細い指。
その背後には、司祭グラナード。
そして、そのさらに奥に王太子カイルベルト。
誇らしげな顔。
まるで自分が奇跡を起こすかのような表情。
「本日は、神の御力を皆に示す」
司祭が声を張る。
「病に苦しむ者を前へ」
担架で運ばれてきたのは、顔色の悪い少年だった。
母親が涙ながらにすがる。
「聖女様……どうか、この子を……!」
ルチアがゆっくりと目を閉じる。
「神よ……」
広場は息を呑む。
静寂。
風の音すら止まったように感じられる。
やがてルチアが少年の額に手をかざす。
「清めよ」
しばらくの沈黙ののち――
少年が、ゆっくりと目を開けた。
歓声が爆発する。
「奇跡だ!」 「聖女様万歳!」
王太子が満足げに頷く。
「ほら見ろ。神は我らに味方している」
司祭も大きくうなずいた。
「これが神の証である!」
その様子を、私は公爵邸の応接室で静かに聞いていた。
「成功したようです」
執事アーヴィンが淡々と報告する。
「少年は?」
「予定通り、薬効が切れただけの状態でした」
「そう」
私は紅茶を口に運ぶ。
「適量でしたの?」
「完璧に」
少年は重病ではなかった。
高熱を引き起こす薬を投与し、数刻後に解毒薬を与えれば回復する。
その“回復の瞬間”を祈祷と重ねる。
これが、奇跡の正体。
もちろん、薬の調達も管理も。
以前はフォルティス家が裏で担っていた。
衛生管理も、医師の手配も、全て。
だが今は違う。
「在庫はどれほど残っておりますか」
「教会保管分は、あと三回分程度」
「少ないですわね」
「はい。追加供給は停止しておりますので」
私は小さく笑った。
「では、奇跡はあと三度ですわ」
広場では歓声が鳴り止まない。
王太子はルチアの手を取り、誇らしげに掲げた。
「見たか、エレシア!」
遠くで叫んでいるのが目に浮かぶ。
まるで私に勝ったかのような顔で。
「殿下は、可愛らしい方ですわね」
「放置でよろしいのですか」
アーヴィンが問う。
「ええ」
私は首を横に振る。
「今はまだ」
勝ったと思わせておく。
安心させる。
奇跡が続くと信じ込ませる。
そのほうが――
崩れたときの音が大きい。
翌週。
再び奇跡が行われた。
そして成功。
さらに翌週。
成功。
王都は完全に聖女に酔っていた。
教会への寄付は増え、王太子の支持も回復する。
ミリアは王宮で微笑む。
「お姉様は間違っていましたのね」
そう囁いたという噂が届いた。
けれど。
四度目の奇跡の日。
広場に集まった人々は、いつものように祈りを待った。
担架で運ばれたのは少女。
高熱。呼吸困難。
ルチアが手をかざす。
「神よ……清めよ」
沈黙。
少女は動かない。
額に浮かぶ汗。
ざわめき。
ルチアの手が震える。
司祭が小声で囁く。
「もう一度だ」
「清めよ!」
何も起きない。
少女の母が泣き叫ぶ。
「どうして!? いつもは治るのに!」
王太子の顔が青ざめる。
「なぜだ……?」
ルチアの唇が白くなる。
「薬が……」
かすかな呟きは、歓声のない広場で異様に響いた。
奇跡は、起きなかった。
私はその報告を受け、静かに目を閉じる。
「在庫切れですわね」
「はい」
アーヴィンが短く答える。
「教会は慌てて医師を呼びましたが、処置が遅れたようです」
「お気の毒に」
言葉とは裏腹に、声は揺れない。
王都の空気が、変わり始めていた。
「奇跡が起きなかった」 「神は怒っているのでは」 「それとも……最初から……」
疑念は、小さなひび割れ。
一度入れば、広がるのは早い。
私は窓辺に立つ。
夕暮れの空は、赤く染まっていた。
「次は、誰が疑われますかしら」
聖女か。
司祭か。
それとも。
“神を利用した者”か。
舞台は整いつつある。
まだ慌てる必要はない。
奇跡が消えた今、彼らは必ず――
私の元へ来る。
助けを求めて。
そしてそのとき。
私は微笑んで、こう言うのだ。
「神にお祈りくださいませ」と。
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