婚約破棄ですか? では契約通りに――王太子も聖女も教会も、まとめて破綻させていただきます

ふわふわ

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第四話 神の名の断罪

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第四話 神の名の断罪

 奇跡が起きなかった翌日。

 王都の空気は、重く濁っていた。

 教会の鐘が鳴り響き、人々は半ば怯えるように大聖堂へ集められる。

「本日は重要な布告がある」

 司祭グラナードの声が、石造りの壁に反響した。

 その隣には、蒼白な顔の聖女ルチア。そして、苛立ちを隠しきれない王太子カイルベルト。

「昨日の奇跡が失敗に終わった件について、神より新たな御示しがあった」

 ざわめき。

 人々の視線が集中する。

 グラナードはゆっくりと続けた。

「神はお怒りである。清らかなる御力が、邪なる存在により妨げられていると」

 ルチアが震える声で言う。

「わたくしは、夢で見ました……黒い影を。聖なる力を奪おうとする者を」

 その瞬間、空気が張り詰めた。

 王太子が一歩前へ出る。

「その影の正体は明らかだ」

 嫌な予感は、外れないものだ。

「フォルティス公爵令嬢エレシアだ!」

 ざわり、とどよめきが広がる。

「彼女は神を否定し、教会への支援を打ち切った。その傲慢が、神の怒りを買ったのだ!」

 見事な責任転嫁。

 私は公爵邸の書斎で、その報告を受けていた。

「……なるほど」

 ペンを置く。

「ついに、わたくしが“神敵”になりましたのね」

「はい」

 アーヴィンが淡々と答える。

「教会は本日付で、フォルティス家への公開糾弾を行いました」

「内容は?」

「神聖冒涜の疑い。聖女への妨害。奇跡阻害の罪」

 盛りだくさんですこと。

 私は小さく笑う。

「証拠は?」

「夢だそうです」

「便利なものですわね」

 夢と神託は、証拠不要。

 反論すれば不敬。

 黙れば認めたことになる。

 実に巧妙。

「王家の動きは?」

「王太子殿下は、フォルティス家への立ち入り調査を命じる意向です」

「正式な勅令は?」

「まだ」

 私は立ち上がる。

「では、こちらから動きましょう」

 同じ頃、王宮。

 ミリアは不安げに王太子へ問いかけていた。

「殿下……本当にお姉様が……?」

「間違いない」

 カイルベルトは苛立った様子で言う。

「彼女は昔から冷たかった。神など信じていない女だ」

「でも……証拠は……」

「聖女が見たのだぞ!」

 ルチアは顔色が悪い。

 奇跡が起きなかった責任は重い。

 だからこそ、誰かのせいにする必要がある。

 そして選ばれたのが、私。

 その夜。

 公爵邸に王宮使者が訪れた。

「王命により、フォルティス家の帳簿と医薬品保管庫の調査を行う」

 高圧的な態度。

 私は応接室で静かに応じる。

「正式な文書を拝見いたします」

 使者が差し出した書状に目を通す。

 ……不備だらけ。

「申し訳ございませんが、これは正式勅令ではございません」

「王太子殿下の御意思だ!」

「王太子殿下は、まだ国王ではございませんわ」

 使者が言葉に詰まる。

「調査をご希望でしたら、国王陛下の署名と国璽をいただいてくださいませ」

 にこり。

「それまではお帰り願います」

 使者は怒りを隠せず、踵を返した。

 扉が閉まる。

 アーヴィンが静かに言う。

「挑発になりますが」

「ええ」

 私は窓の外を見る。

「挑発ですわ」

 彼らは焦っている。

 奇跡は止まった。

 支持は揺らいでいる。

 だからこそ、強引に動く。

 だが。

「王太子殿下は、まだ王ではございません」

 そこが致命的。

 翌日。

 王宮で激しい議論が起きた。

 貴族たちの間で不満が噴出する。

「証拠もなく公爵家を糾弾するとは」 「フォルティス家の支援が止まっている今、これ以上刺激するのは危険だ」

 王太子の苛立ちは頂点に達していた。

「ならばどうしろというのだ!」

 沈黙。

 聖女ルチアは震えている。

 司祭グラナードも、内心穏やかではない。

 教会の在庫は尽きている。

 奇跡は、もう起こせない。

 一方、私は。

 机の上に並べられた書類を静かに眺めていた。

「準備は整いましたか」

「はい」

 アーヴィンが一礼する。

「教会への医薬品供給記録。金銭の流れ。倉庫管理台帳。すべて写しを確保しております」

「よろしい」

 私は微笑む。

「神の名で断罪なさるのでしたら」

 指先で一枚の帳簿を叩く。

「こちらも“事実”で応じるだけですわ」

 断罪はお好きでしょう?

 ならば。

 本当の断罪がどのようなものか。

 お見せいたしましょう。

 神の名を盾にしたその日。

 あなた方は、自ら裁かれる舞台へと足を踏み入れたのですから。
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