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第七話 止まる港
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第七話 止まる港
王都の朝は、いつも潮の匂いから始まる。
港から届く魚。南方からの香辛料。北方からの毛皮。
荷馬車が石畳を鳴らし、市場が活気づく。
――はずだった。
「船が入らない?」
市場の商人が目を見開く。
「三日目です。沖合で足止めを食らっているとか」
「なぜだ!」
「護衛船が出ていないそうで……」
ざわめきが広がる。
王都港はこの国の血管だ。
そこが詰まれば、全身が冷える。
その頃、港の管理塔では。
「フォルティス家の紋章旗が掲げられておりません」
「代替指示は?」
「王宮からは何も」
書記官が汗を拭う。
フォルティス家の護衛船団は、海賊対策と航路管理を担っていた。
その統制が消えた今、商船は勝手に入港できない。
安全保証がないのだ。
王宮。
「どういうことだ!」
カイルベルトが机を叩く。
「なぜ船が止まる!」
「殿下……港湾管理の契約も、フォルティス家との共同事業でして……」
「代わりを立てろと言っている!」
「訓練された船団を、今すぐ用意するのは困難です」
沈黙。
財務官が小声で続ける。
「すでに穀物価格が上昇しております」
聖女ルチアは青ざめていた。
「信仰が足りないのです……きっと……」
司祭グラナードは目を逸らす。
信仰で船は動かない。
港が止まると、次に止まるのは市場だ。
夕方。
王都中央市場。
「昨日の倍の値段だと!?」
「仕入れがないんだ、仕方ないだろ!」
「王宮は何をしている!」
怒声が飛び交う。
噂はすぐに形を変える。
「フォルティス家が手を引いたらしい」 「王太子が怒らせたとか」
怒りは、ゆっくりと方向を定め始めていた。
一方、フォルティス公爵邸。
私は書斎の窓から遠くの港を眺めていた。
「入港待ちの船は何隻ですの?」
「現在十五隻」
アーヴィンが即答する。
「王宮は?」
「代替護衛船を集めておりますが、航路統制ができておりません」
「当然ですわね」
私は扇を軽く揺らす。
「港の管理は、船だけでは足りませんもの」
航路許可証、荷役人員、倉庫手配、税関手続き。
それらすべてが連動して初めて、港は動く。
王太子は知らなかった。
――誰が、それを設計していたか。
「お嬢様」
「ええ?」
「このままですと、王都は一週間以内に穀物不足となります」
「予測通りですわ」
私は机の上の帳簿を閉じる。
「救済は?」
「ご命令があれば、最低限の医療物資のみ緊急搬入可能です」
「まだ結構です」
私は首を横に振る。
「王宮が正式に動くまで、何も」
王太子が選んだ。
婚約を切り、支援を失った。
ならば責任は彼が取るべき。
夜。
王宮のバルコニーで、カイルベルトは夜風を受けながら苛立っていた。
「なぜ俺がこんな目に……」
「殿下」
ミリアが恐る恐る声をかける。
「お姉様に、お願いしてみては……」
「黙れ!」
怒鳴る声に、彼女は震える。
「俺は間違っていない。悪いのはあいつだ」
だが、その声はどこか弱い。
市場の怒り。
港の停滞。
教会の沈黙。
すべてが、じわじわと王宮を締め付ける。
翌朝。
ついに一隻の商船が、無許可で入港を試みた。
護衛がいない。
統制がない。
混乱。
衝突寸前。
港は一時封鎖となる。
商人たちは怒鳴る。
「これでは商売にならない!」
「王宮は何をしている!」
その声は、王城の壁を越え始めていた。
私はその報告を受け、静かに目を伏せる。
「港は、国の心臓ですわ」
「止まれば?」
アーヴィンが問う。
「全身が冷えます」
私は微笑む。
「まだ凍ってはいません」
けれど。
血流は確実に鈍っている。
王太子殿下。
奇跡は起きません。
神は船を動かしません。
契約と準備と責任。
それだけが国を支える。
あなたは、それを切りましたのよ。
港の灯が、今夜はやけに暗く見えた。
王都はまだ気づいていない。
本当に止まり始めているのは――
信仰ではなく、現実なのだと。
王都の朝は、いつも潮の匂いから始まる。
港から届く魚。南方からの香辛料。北方からの毛皮。
荷馬車が石畳を鳴らし、市場が活気づく。
――はずだった。
「船が入らない?」
市場の商人が目を見開く。
「三日目です。沖合で足止めを食らっているとか」
「なぜだ!」
「護衛船が出ていないそうで……」
ざわめきが広がる。
王都港はこの国の血管だ。
そこが詰まれば、全身が冷える。
その頃、港の管理塔では。
「フォルティス家の紋章旗が掲げられておりません」
「代替指示は?」
「王宮からは何も」
書記官が汗を拭う。
フォルティス家の護衛船団は、海賊対策と航路管理を担っていた。
その統制が消えた今、商船は勝手に入港できない。
安全保証がないのだ。
王宮。
「どういうことだ!」
カイルベルトが机を叩く。
「なぜ船が止まる!」
「殿下……港湾管理の契約も、フォルティス家との共同事業でして……」
「代わりを立てろと言っている!」
「訓練された船団を、今すぐ用意するのは困難です」
沈黙。
財務官が小声で続ける。
「すでに穀物価格が上昇しております」
聖女ルチアは青ざめていた。
「信仰が足りないのです……きっと……」
司祭グラナードは目を逸らす。
信仰で船は動かない。
港が止まると、次に止まるのは市場だ。
夕方。
王都中央市場。
「昨日の倍の値段だと!?」
「仕入れがないんだ、仕方ないだろ!」
「王宮は何をしている!」
怒声が飛び交う。
噂はすぐに形を変える。
「フォルティス家が手を引いたらしい」 「王太子が怒らせたとか」
怒りは、ゆっくりと方向を定め始めていた。
一方、フォルティス公爵邸。
私は書斎の窓から遠くの港を眺めていた。
「入港待ちの船は何隻ですの?」
「現在十五隻」
アーヴィンが即答する。
「王宮は?」
「代替護衛船を集めておりますが、航路統制ができておりません」
「当然ですわね」
私は扇を軽く揺らす。
「港の管理は、船だけでは足りませんもの」
航路許可証、荷役人員、倉庫手配、税関手続き。
それらすべてが連動して初めて、港は動く。
王太子は知らなかった。
――誰が、それを設計していたか。
「お嬢様」
「ええ?」
「このままですと、王都は一週間以内に穀物不足となります」
「予測通りですわ」
私は机の上の帳簿を閉じる。
「救済は?」
「ご命令があれば、最低限の医療物資のみ緊急搬入可能です」
「まだ結構です」
私は首を横に振る。
「王宮が正式に動くまで、何も」
王太子が選んだ。
婚約を切り、支援を失った。
ならば責任は彼が取るべき。
夜。
王宮のバルコニーで、カイルベルトは夜風を受けながら苛立っていた。
「なぜ俺がこんな目に……」
「殿下」
ミリアが恐る恐る声をかける。
「お姉様に、お願いしてみては……」
「黙れ!」
怒鳴る声に、彼女は震える。
「俺は間違っていない。悪いのはあいつだ」
だが、その声はどこか弱い。
市場の怒り。
港の停滞。
教会の沈黙。
すべてが、じわじわと王宮を締め付ける。
翌朝。
ついに一隻の商船が、無許可で入港を試みた。
護衛がいない。
統制がない。
混乱。
衝突寸前。
港は一時封鎖となる。
商人たちは怒鳴る。
「これでは商売にならない!」
「王宮は何をしている!」
その声は、王城の壁を越え始めていた。
私はその報告を受け、静かに目を伏せる。
「港は、国の心臓ですわ」
「止まれば?」
アーヴィンが問う。
「全身が冷えます」
私は微笑む。
「まだ凍ってはいません」
けれど。
血流は確実に鈍っている。
王太子殿下。
奇跡は起きません。
神は船を動かしません。
契約と準備と責任。
それだけが国を支える。
あなたは、それを切りましたのよ。
港の灯が、今夜はやけに暗く見えた。
王都はまだ気づいていない。
本当に止まり始めているのは――
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