婚約破棄ですか? では契約通りに――王太子も聖女も教会も、まとめて破綻させていただきます

ふわふわ

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第十一話 王宮の冷たい視線

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第十一話 王宮の冷たい視線

 王宮の回廊は、静かすぎるほど静かだった。

 かつては、ミリアが歩けば侍女たちが笑顔で頭を下げ、貴族令嬢たちが羨望の視線を向けていた。

 ――王太子妃候補。

 その肩書きは、甘く輝いていた。

 だが今。

「……おはようございます」

 ミリアが声をかけても、侍女は一瞬だけ視線を向けて、すぐに逸らす。

「本日の教育は第三講義室でございます」

 淡々とした声。

 以前のような丁寧さはない。

「ええ……」

 ミリアは微笑みを作る。

 作らなければならない。

 “可哀想な妹”は、弱く見せてこそ価値があるのだから。

 講義室に入ると、家庭教師が一礼した。

「本日は王妃としての財務基礎を」

 机の上には帳簿が置かれている。

 見慣れない数字。

 港湾税収。

 貿易収支。

 軍備予算。

「……こんな難しいこと、必要なのですか?」

 思わず口に出た。

 教師は静かに答える。

「王妃殿下には必要でございます」

「でも……そのようなことは、王太子殿下が」

「殿下はお忙しいお立場です」

 その言葉に、微妙な含みがあった。

 ミリアはページをめくる。

 そこにあったのは赤字の数字。

「これは……?」

「最近の収支報告です」

 教師は視線を伏せた。

「港の停滞により、税収が減少しております」

 港。

 またその言葉。

 ミリアの胸がざわつく。

 昼食時。

 王宮の食堂で、令嬢たちの囁きが耳に入る。

「フォルティス家は隣国と新たな契約を結んだらしいわ」 「王家より安定しているって」

「公爵令嬢は冷たいけれど、有能だったのね」

 笑い声。

 ミリアの指先が震える。

「お姉様は……」

 つぶやきが、空気に溶ける。

 以前は、彼女が話題の中心だった。

 今は違う。

 午後。

 カイルベルトの執務室。

「殿下、施療院前で小規模な抗議が」

「放っておけ!」

 怒声。

 ミリアは思わず後ずさる。

「殿下……」

「なんだ」

「お姉様に……お願いしては……」

 その瞬間、空気が凍る。

「またその話か」

 低い声。

「お前は俺が間違っていると言いたいのか」

「ち、違います……!」

「なら黙っていろ」

 視線が冷たい。

 以前の甘さはない。

 ミリアは唇を噛む。

 夜。

 侍女室での小さな会話。

「次の王妃は本当にあの方でよろしいのかしら」 「教養が足りないと聞いたわ」 「感情的だとか」

 扉越しに聞こえる声。

 胸が締めつけられる。

 可哀想な妹。

 守られる存在。

 その役割が、揺らいでいる。

 一方、フォルティス公爵邸。

 私は王宮の報告を受けていた。

「ミリア様への視線が変化しております」

「当然ですわ」

 私は紅茶を口にする。

「王妃とは、飾りではございませんもの」

「王太子殿下との関係も、冷えているようです」

「焦りは伝染します」

 私はカップを置く。

「焦っている者の隣にいると、同じように冷えますわ」

 王宮。

 ミリアは鏡の前に立つ。

 美しい顔。

 涙を浮かべれば、誰もが守りたくなるはず。

 なのに。

「どうして……」

 声が震える。

 誰も拍手してくれない。

 誰も褒めてくれない。

 奇跡は止まり。

 港は止まり。

 王太子は苛立ち。

 視線は冷たい。

 彼女は初めて理解し始める。

 “物語”は、奇跡と成功があってこそ成立するのだと。

 エレシアという存在を切り捨てた瞬間。

 支えもまた、消えていた。

 翌朝。

 王宮の廊下を歩くミリアの背後で、侍女が小さく囁いた。

「前の方のほうが、ずっと落ち着いていたわね」

 その一言が、胸に刺さる。

 私は庭の薔薇を眺めながら、静かに呟いた。

「王宮は寒いでしょうね」

 アーヴィンが一礼する。

「はい」

「けれど、まだ序章ですわ」

 冷たい視線は、やがて刃になる。

 王宮で最初に凍るのは、いつも人間関係。

 ミリアはまだ気づいていない。

 “可哀想な妹”は。

 守られなくなった瞬間、ただの――責任者候補なのだと。
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