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第十五話 王都の不満
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第十五話 王都の不満
最初は、ほんの小さな溜息だった。
市場の片隅で。 施療院の待合室で。 王宮の裏門前で。
「……遅い」
その言葉が、じわりと広がっていく。
王都の中央倉庫では、積み上げられたはずの穀物袋が足りなかった。
「追加便はまだか?」 「王家の承認待ちだそうだ」 「またかよ……」
商人が苛立ちを隠さず吐き捨てる。
かつてなら王家の名は安心の印だった。 今は違う。
“承認待ち”は、停滞の合図。
一方、ヴァルディア経由の品は予定通り届いている。
「フォルティス家の印がある荷は早いな」 「価格も安定してる」
誰かがぽつりと言う。
「王家は、何をしてるんだ?」
その問いに、誰も答えない。
だが沈黙こそが答えだった。
王宮内。
「抗議文が届いております」
財務官が報告する。
「商人組合、施療院運営者、港湾労働者……」
カイルベルトは眉をひそめる。
「抗議? 誰にだ」
「王家に、でございます」
空気が凍る。
「馬鹿な……」
王太子は立ち上がる。
「フォルティス家が煽っているのだろう!」
「その証拠はございません」
「証拠などどうでもいい!」
拳が机を叩く。
だが怒鳴り声は、以前ほどの重みを持たない。
民衆はもう、怒号で動かない。
港では荷役人たちが不満を募らせていた。
「王家の命令は遅い」 「でも公爵家の船は早い」 「どっちが仕事をくれる?」
答えは単純だった。
仕事をくれる側に、人は集まる。
教会前でも、ざわめきが絶えない。
「祈っても治らない」 「薬が足りない」 「寄付金はどこに消えた?」
司祭は説教で抑えようとする。
「信仰が足りぬのです!」
だが、返ってきたのは冷たい視線。
「腹は信仰で膨れない」
その一言が、静かに突き刺さる。
公爵邸。
私は報告書を読み終えた。
「王都の抗議、増えております」
アーヴィンが告げる。
「我が家は?」
「直接的な批判はございません。むしろ……」
「むしろ?」
「期待されております」
私は小さく息を吐いた。
「困りますわね」
「困りますか?」
「ええ。わたくしは王家ではありませんもの」
けれど、民衆は違う見方を始めている。
王家が止まった。 公爵家は動いている。
それだけで十分。
夕刻。
王都中央広場。
商人代表が小さな集会を開いていた。
「我々は安定を求めるだけだ!」 「王家は責任を果たせ!」
怒号ではない。 冷静な要求。
それが、かえって重い。
王宮の窓からその光景を見たカイルベルトは、歯を食いしばる。
「反乱か……」
「いいえ、殿下。これは“不満”です」
側近の声は静かだ。
「反乱は、まだ起きておりません」
“まだ”。
その言葉が重く響く。
夜。
ミリアは一人、王宮の私室で鏡を見つめていた。
「どうして……」
王妃教育は止まり。 侍女の数は減り。 視線は冷たい。
“可哀想な妹”の物語は、王都では通じなくなっていた。
涙よりも現実。
祈りよりも流通。
王太子は怒り。 聖女は沈黙し。 司祭は言い訳を重ねる。
けれど民衆は、静かに距離を取る。
私は窓辺に立ち、王都の灯を見下ろす。
「不満は、怒りよりも恐ろしいですわ」
アーヴィンが頷く。
「はい」
「怒りは爆発しますけれど、不満は……積もりますもの」
積もった不満は、やがて重さになる。
王家を押し潰す重さに。
王都はまだ静かだ。
だがその静けさの下で、不満は確実に広がっている。
婚約破棄は一瞬。
その後の責任は、長い。
王太子殿下。
民は、もうあなたを見ておりません。
彼らは、自分たちの生活を見ています。
それを守れぬ王家に、未来はございません。
最初は、ほんの小さな溜息だった。
市場の片隅で。 施療院の待合室で。 王宮の裏門前で。
「……遅い」
その言葉が、じわりと広がっていく。
王都の中央倉庫では、積み上げられたはずの穀物袋が足りなかった。
「追加便はまだか?」 「王家の承認待ちだそうだ」 「またかよ……」
商人が苛立ちを隠さず吐き捨てる。
かつてなら王家の名は安心の印だった。 今は違う。
“承認待ち”は、停滞の合図。
一方、ヴァルディア経由の品は予定通り届いている。
「フォルティス家の印がある荷は早いな」 「価格も安定してる」
誰かがぽつりと言う。
「王家は、何をしてるんだ?」
その問いに、誰も答えない。
だが沈黙こそが答えだった。
王宮内。
「抗議文が届いております」
財務官が報告する。
「商人組合、施療院運営者、港湾労働者……」
カイルベルトは眉をひそめる。
「抗議? 誰にだ」
「王家に、でございます」
空気が凍る。
「馬鹿な……」
王太子は立ち上がる。
「フォルティス家が煽っているのだろう!」
「その証拠はございません」
「証拠などどうでもいい!」
拳が机を叩く。
だが怒鳴り声は、以前ほどの重みを持たない。
民衆はもう、怒号で動かない。
港では荷役人たちが不満を募らせていた。
「王家の命令は遅い」 「でも公爵家の船は早い」 「どっちが仕事をくれる?」
答えは単純だった。
仕事をくれる側に、人は集まる。
教会前でも、ざわめきが絶えない。
「祈っても治らない」 「薬が足りない」 「寄付金はどこに消えた?」
司祭は説教で抑えようとする。
「信仰が足りぬのです!」
だが、返ってきたのは冷たい視線。
「腹は信仰で膨れない」
その一言が、静かに突き刺さる。
公爵邸。
私は報告書を読み終えた。
「王都の抗議、増えております」
アーヴィンが告げる。
「我が家は?」
「直接的な批判はございません。むしろ……」
「むしろ?」
「期待されております」
私は小さく息を吐いた。
「困りますわね」
「困りますか?」
「ええ。わたくしは王家ではありませんもの」
けれど、民衆は違う見方を始めている。
王家が止まった。 公爵家は動いている。
それだけで十分。
夕刻。
王都中央広場。
商人代表が小さな集会を開いていた。
「我々は安定を求めるだけだ!」 「王家は責任を果たせ!」
怒号ではない。 冷静な要求。
それが、かえって重い。
王宮の窓からその光景を見たカイルベルトは、歯を食いしばる。
「反乱か……」
「いいえ、殿下。これは“不満”です」
側近の声は静かだ。
「反乱は、まだ起きておりません」
“まだ”。
その言葉が重く響く。
夜。
ミリアは一人、王宮の私室で鏡を見つめていた。
「どうして……」
王妃教育は止まり。 侍女の数は減り。 視線は冷たい。
“可哀想な妹”の物語は、王都では通じなくなっていた。
涙よりも現実。
祈りよりも流通。
王太子は怒り。 聖女は沈黙し。 司祭は言い訳を重ねる。
けれど民衆は、静かに距離を取る。
私は窓辺に立ち、王都の灯を見下ろす。
「不満は、怒りよりも恐ろしいですわ」
アーヴィンが頷く。
「はい」
「怒りは爆発しますけれど、不満は……積もりますもの」
積もった不満は、やがて重さになる。
王家を押し潰す重さに。
王都はまだ静かだ。
だがその静けさの下で、不満は確実に広がっている。
婚約破棄は一瞬。
その後の責任は、長い。
王太子殿下。
民は、もうあなたを見ておりません。
彼らは、自分たちの生活を見ています。
それを守れぬ王家に、未来はございません。
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