20 / 33
第十九話 聖女失態
しおりを挟む
第十九話 聖女失態
王都大聖堂は、かつてないほどの人で溢れていた。
広間には白い花が飾られ、長い赤絨毯の先に祭壇が据えられている。
「本日は、聖女様による特別祈祷です!」
司祭が声高に告げる。
――司祭は拘束中のはずだが?
いいえ。
表向きは「調査協力中」。
まだ断罪は下されていない。
だからこそ、この祈祷は必要だった。
奇跡が本物であると、民に見せつけるための舞台。
祭壇前に立つルチアは、白い衣をまとい、震える手を胸の前で組んでいた。
広間の最前列には、カイルベルト。
隣には、不安げなミリア。
「必ず成功させろ」
王太子の低い声。
ルチアは小さく頷く。
だが――。
粉末はない。
事前投薬も不十分。
光も、演出も、供給は止まっている。
それでも、祈るしかない。
「……神よ……」
静まり返る広間。
ルチアは目を閉じ、言葉を紡ぐ。
香が焚かれる。
聖杯に手をかざす。
いつもなら、ここで淡い光が揺らぐ。
今日は――何も起きない。
沈黙。
ただの、沈黙。
民衆のざわめきが広がる。
「……あれ?」 「光らないぞ」 「昨日は光ったのに」
ルチアの喉が乾く。
「神は……試しておられるのです……」
もう一度、祈る。
声が震える。
それでも、何も変わらない。
聖杯はただの器。
香はただの煙。
奇跡は起きない。
最前列で、王太子の拳が握られる。
「どういうことだ……」
ミリアの顔色が青くなる。
「聖女様……?」
ルチアの額に汗が滲む。
視界が揺れる。
民の視線が痛い。
信じる目ではない。
疑う目。
「……わ、私は……」
足がふらつく。
膝が崩れる。
白い衣が赤絨毯に落ちた。
ざわめきが爆発する。
「倒れた!」 「奇跡は?」 「嘘だったのか?」
王太子が立ち上がる。
「静まれ!」
だが、その声に従う者は少ない。
信仰は、演出で保たれていた。
演出が消えれば、信仰も揺らぐ。
教会の裏口では、監査官が冷たい目で記録を取っていた。
「本日の祈祷、発光なし。治癒反応なし」
淡々とした筆記音。
公爵邸。
私は報告を聞き、目を閉じた。
「失敗いたしました」
アーヴィンが告げる。
「公の場で、完全に」
「そう」
私は窓の外を見る。
「奇跡は、準備がなければ起きませんわ」
王太子は今頃、怒りに震えているだろう。
だが怒りでは光らない。
祈りでは治らない。
契約も供給もない奇跡は、ただの空振り。
王宮。
「なぜだ!」
カイルベルトがルチアを問い詰める。
「私は祈りました……!」
「ではなぜ起きない!」
「……材料が……」
その言葉に、空気が凍る。
「材料?」
ルチアは口を押さえる。
言ってしまった。
王太子の目が見開かれる。
「奇跡に、材料がいるのか?」
沈黙。
それが答えだった。
夜。
王都では噂が駆け巡る。
「奇跡は嘘だ」 「聖女は偽物」 「王家は騙されていたのか?」
疑念は、火よりも速く広がる。
ミリアは自室で震えていた。
「どうして……こんなことに……」
可哀想な義妹の物語も、聖女の奇跡も。
同時に崩れ始めている。
私は静かに紅茶を飲む。
「公の失敗は、決定的ですわ」
アーヴィンが頷く。
「はい」
「奇跡が起きなかった日。それが終わりの始まり」
王太子殿下。
あなたは“神の証”を盾にわたくしを断罪しましたわね。
その神が、今は沈黙しています。
そして民は、沈黙を見ました。
聖女失態。
それは単なる祈祷失敗ではない。
王家と教会の威信が、公の場で崩れた瞬間だった。
ざまぁは、もう止まりません。
王都大聖堂は、かつてないほどの人で溢れていた。
広間には白い花が飾られ、長い赤絨毯の先に祭壇が据えられている。
「本日は、聖女様による特別祈祷です!」
司祭が声高に告げる。
――司祭は拘束中のはずだが?
いいえ。
表向きは「調査協力中」。
まだ断罪は下されていない。
だからこそ、この祈祷は必要だった。
奇跡が本物であると、民に見せつけるための舞台。
祭壇前に立つルチアは、白い衣をまとい、震える手を胸の前で組んでいた。
広間の最前列には、カイルベルト。
隣には、不安げなミリア。
「必ず成功させろ」
王太子の低い声。
ルチアは小さく頷く。
だが――。
粉末はない。
事前投薬も不十分。
光も、演出も、供給は止まっている。
それでも、祈るしかない。
「……神よ……」
静まり返る広間。
ルチアは目を閉じ、言葉を紡ぐ。
香が焚かれる。
聖杯に手をかざす。
いつもなら、ここで淡い光が揺らぐ。
今日は――何も起きない。
沈黙。
ただの、沈黙。
民衆のざわめきが広がる。
「……あれ?」 「光らないぞ」 「昨日は光ったのに」
ルチアの喉が乾く。
「神は……試しておられるのです……」
もう一度、祈る。
声が震える。
それでも、何も変わらない。
聖杯はただの器。
香はただの煙。
奇跡は起きない。
最前列で、王太子の拳が握られる。
「どういうことだ……」
ミリアの顔色が青くなる。
「聖女様……?」
ルチアの額に汗が滲む。
視界が揺れる。
民の視線が痛い。
信じる目ではない。
疑う目。
「……わ、私は……」
足がふらつく。
膝が崩れる。
白い衣が赤絨毯に落ちた。
ざわめきが爆発する。
「倒れた!」 「奇跡は?」 「嘘だったのか?」
王太子が立ち上がる。
「静まれ!」
だが、その声に従う者は少ない。
信仰は、演出で保たれていた。
演出が消えれば、信仰も揺らぐ。
教会の裏口では、監査官が冷たい目で記録を取っていた。
「本日の祈祷、発光なし。治癒反応なし」
淡々とした筆記音。
公爵邸。
私は報告を聞き、目を閉じた。
「失敗いたしました」
アーヴィンが告げる。
「公の場で、完全に」
「そう」
私は窓の外を見る。
「奇跡は、準備がなければ起きませんわ」
王太子は今頃、怒りに震えているだろう。
だが怒りでは光らない。
祈りでは治らない。
契約も供給もない奇跡は、ただの空振り。
王宮。
「なぜだ!」
カイルベルトがルチアを問い詰める。
「私は祈りました……!」
「ではなぜ起きない!」
「……材料が……」
その言葉に、空気が凍る。
「材料?」
ルチアは口を押さえる。
言ってしまった。
王太子の目が見開かれる。
「奇跡に、材料がいるのか?」
沈黙。
それが答えだった。
夜。
王都では噂が駆け巡る。
「奇跡は嘘だ」 「聖女は偽物」 「王家は騙されていたのか?」
疑念は、火よりも速く広がる。
ミリアは自室で震えていた。
「どうして……こんなことに……」
可哀想な義妹の物語も、聖女の奇跡も。
同時に崩れ始めている。
私は静かに紅茶を飲む。
「公の失敗は、決定的ですわ」
アーヴィンが頷く。
「はい」
「奇跡が起きなかった日。それが終わりの始まり」
王太子殿下。
あなたは“神の証”を盾にわたくしを断罪しましたわね。
その神が、今は沈黙しています。
そして民は、沈黙を見ました。
聖女失態。
それは単なる祈祷失敗ではない。
王家と教会の威信が、公の場で崩れた瞬間だった。
ざまぁは、もう止まりません。
20
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる