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第四話 信用という名の鎖
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第四話 信用という名の鎖
「銀行は慎重でございます」
執事は静かに告げた。
わたくしの前に並ぶのは、王都主要三銀行の財務報告書。どれも安定しているように見えるが、よく見れば癖がある。王家への貸付比率、商業ギルドへの依存度、未回収債権。
「慎重、というより臆病ですわね」
わたくしは一枚の書類を指で叩く。
「王家への貸付が増えすぎております。戦費、宮殿改修費、式典費……回収見込みは?」
「将来の税収で相殺予定と」
「予定、ね」
予定は保証ではない。
銀行は王家を恐れ、ギルドを頼っている。
ならば、その両方の“間”に入ればよろしい。
「最も依存度の高い銀行は?」
「王都商業銀行でございます」
「そこへ出資を」
執事は一瞬だけ眉を動かした。
「表向きは投資。裏では議決権」
「はい」
「決済網に触れられる位置まで」
数日後、銀行頭取との面会。
重厚な机越しに、頭取は慎重な笑みを浮かべる。
「ご出資とは光栄です。しかし、商業銀行は中立を旨としています」
「中立は結構」
わたくしは微笑む。
「ですが、王家への貸付比率が三割を超えておりますわよね?」
頭取の指が止まる。
「返済計画は確定しております」
「ええ、紙の上では」
書類を一枚滑らせる。
「こちらは、王家の税収見込み。こちらは軍費増加予測。三年以内に資金繰りは逼迫しますわ」
沈黙。
「もし不測の事態が起これば、貴行の信用は揺らぐ」
頭取は目を細める。
「……お嬢様は、何をお望みで?」
「安定ですわ」
紅茶を口にする。
「わたくしが出資し、決済保証を担う。代わりに、一定額以上の取引は事前報告を」
「監視、ですか」
「透明化とお呼びくださいな」
頭取は長く息を吐く。
「王家に知られれば」
「王家は資金を必要としております」
一拍。
「わたくしも、ですけれど」
契約は成立した。
商業銀行の議決権の一部が、わたくしの手へ。
――――
数週間後。
王都で奇妙な現象が起こる。
ある商会の手形が、なぜか割引を拒否された。
理由は単純。
「信用審査中」
別の商会も。
また別も。
全て、ギルド長と近しい商会。
直接拒否はしない。
だが、時間がかかる。
商売は待ってくれない。
資金繰りが滞る。
「なぜだ!」
染色ギルド長が銀行へ詰め寄る。
「規定通りの審査でございます」
頭取は淡々と答える。
「最近、不安定な市場動向が見られますので」
市場動向。
それは、わたくしの作った“別ルート”だ。
――――
屋敷。
執事が報告する。
「染色ギルド、資金繰りが悪化。内部から不満が噴出しております」
「当然ですわ」
わたくしは窓辺へ歩く。
「原料価格は上がり、販売価格は下がる。さらに決済が遅れる」
「三重苦」
「ええ」
紅茶を置く。
「わたくしは何も奪っておりません」
執事が静かに問う。
「それでも、彼らは追い詰められております」
「信用が揺らげば、商いは止まる」
わたくしは微笑む。
「暴力など不要ですわ」
夜。
王都の灯りが揺らぐ。
ある地区では、仕立て屋が閉店した。
別の通りでは、商会が一時休業を告げた。
理由はどれも同じ。
「資金繰りの都合」
だが、わたくしの新商会は違う。
原料は安定。
決済は即時。
価格は適正。
若手職人が次々と移ってくる。
「なぜあそこだけ」
「支援があるらしい」
「誰の?」
囁きが広がる。
――――
翌日。
商業ギルドから正式な書状が届く。
「協議を申し入れたい」
執事がわずかに笑みを浮かべる。
「門番が、門の外へ出てきました」
わたくしは封を切らずに机へ置く。
「まだ早い」
「お断りに?」
「いえ」
視線を上げる。
「もう一段、信用を揺らしてから」
ギルドは価格で支配する。
わたくしは信用で支配する。
価格は交渉できる。
信用は失えば終わり。
「次は保険ですわ」
「事故保証組合へ?」
「ええ。保証がなければ、大口契約は結べない」
執事が深く一礼。
「王都の血流が、少しずつ変わっております」
わたくしは静かに笑う。
「まだ序章ですわ」
婚約破棄の日。
王太子はわたくしを切り捨てた。
だが今、王都の商人たちは気づき始めている。
“切られた”のは、誰か。
「信用という鎖は見えません」
小さく呟く。
「けれど、一度絡めば解けませんのよ」
「銀行は慎重でございます」
執事は静かに告げた。
わたくしの前に並ぶのは、王都主要三銀行の財務報告書。どれも安定しているように見えるが、よく見れば癖がある。王家への貸付比率、商業ギルドへの依存度、未回収債権。
「慎重、というより臆病ですわね」
わたくしは一枚の書類を指で叩く。
「王家への貸付が増えすぎております。戦費、宮殿改修費、式典費……回収見込みは?」
「将来の税収で相殺予定と」
「予定、ね」
予定は保証ではない。
銀行は王家を恐れ、ギルドを頼っている。
ならば、その両方の“間”に入ればよろしい。
「最も依存度の高い銀行は?」
「王都商業銀行でございます」
「そこへ出資を」
執事は一瞬だけ眉を動かした。
「表向きは投資。裏では議決権」
「はい」
「決済網に触れられる位置まで」
数日後、銀行頭取との面会。
重厚な机越しに、頭取は慎重な笑みを浮かべる。
「ご出資とは光栄です。しかし、商業銀行は中立を旨としています」
「中立は結構」
わたくしは微笑む。
「ですが、王家への貸付比率が三割を超えておりますわよね?」
頭取の指が止まる。
「返済計画は確定しております」
「ええ、紙の上では」
書類を一枚滑らせる。
「こちらは、王家の税収見込み。こちらは軍費増加予測。三年以内に資金繰りは逼迫しますわ」
沈黙。
「もし不測の事態が起これば、貴行の信用は揺らぐ」
頭取は目を細める。
「……お嬢様は、何をお望みで?」
「安定ですわ」
紅茶を口にする。
「わたくしが出資し、決済保証を担う。代わりに、一定額以上の取引は事前報告を」
「監視、ですか」
「透明化とお呼びくださいな」
頭取は長く息を吐く。
「王家に知られれば」
「王家は資金を必要としております」
一拍。
「わたくしも、ですけれど」
契約は成立した。
商業銀行の議決権の一部が、わたくしの手へ。
――――
数週間後。
王都で奇妙な現象が起こる。
ある商会の手形が、なぜか割引を拒否された。
理由は単純。
「信用審査中」
別の商会も。
また別も。
全て、ギルド長と近しい商会。
直接拒否はしない。
だが、時間がかかる。
商売は待ってくれない。
資金繰りが滞る。
「なぜだ!」
染色ギルド長が銀行へ詰め寄る。
「規定通りの審査でございます」
頭取は淡々と答える。
「最近、不安定な市場動向が見られますので」
市場動向。
それは、わたくしの作った“別ルート”だ。
――――
屋敷。
執事が報告する。
「染色ギルド、資金繰りが悪化。内部から不満が噴出しております」
「当然ですわ」
わたくしは窓辺へ歩く。
「原料価格は上がり、販売価格は下がる。さらに決済が遅れる」
「三重苦」
「ええ」
紅茶を置く。
「わたくしは何も奪っておりません」
執事が静かに問う。
「それでも、彼らは追い詰められております」
「信用が揺らげば、商いは止まる」
わたくしは微笑む。
「暴力など不要ですわ」
夜。
王都の灯りが揺らぐ。
ある地区では、仕立て屋が閉店した。
別の通りでは、商会が一時休業を告げた。
理由はどれも同じ。
「資金繰りの都合」
だが、わたくしの新商会は違う。
原料は安定。
決済は即時。
価格は適正。
若手職人が次々と移ってくる。
「なぜあそこだけ」
「支援があるらしい」
「誰の?」
囁きが広がる。
――――
翌日。
商業ギルドから正式な書状が届く。
「協議を申し入れたい」
執事がわずかに笑みを浮かべる。
「門番が、門の外へ出てきました」
わたくしは封を切らずに机へ置く。
「まだ早い」
「お断りに?」
「いえ」
視線を上げる。
「もう一段、信用を揺らしてから」
ギルドは価格で支配する。
わたくしは信用で支配する。
価格は交渉できる。
信用は失えば終わり。
「次は保険ですわ」
「事故保証組合へ?」
「ええ。保証がなければ、大口契約は結べない」
執事が深く一礼。
「王都の血流が、少しずつ変わっております」
わたくしは静かに笑う。
「まだ序章ですわ」
婚約破棄の日。
王太子はわたくしを切り捨てた。
だが今、王都の商人たちは気づき始めている。
“切られた”のは、誰か。
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