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第十話 名が消える席
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第十話 名が消える席
王都の評議会館は、常に一定の秩序を保っている。
出入りする者の数も、席の配置も、発言の順序も――すべてが慣例通りだ。
だからこそ、欠けたものは、ひどく目立つ。
その日、商業関連の合同協議が開かれた。
中規模以上の貴族家と、主要な商会が顔を揃える場だ。
クラリス・フォン・エルヴェインは、定刻通りに席に着いた。
周囲から向けられる視線に、特別な感情はない。
――いつも通り。
だが、開始からしばらくして、ざわめきが小さく広がる。
「……グレイソン家は?」
「今日は、欠席だそうだ」
誰かが小声でそう告げた。
以前なら、考えられないことだった。
この種の協議に、グレイソン伯爵家が姿を見せないなど。
議長が、名簿に目を落とし、淡々と告げる。
「では、定刻ですので始めましょう」
その一言で、話は進んだ。
誰も、欠席の理由を問わない。
待つことも、確認することもない。
――席は、空いたまま進行された。
それが意味するところを、クラリスは理解している。
必要とされていない。
それだけだ。
協議は滞りなく進んだ。
むしろ、以前よりも円滑だった。
「エルヴェイン家の提案で進めましょう」
「異論ありません」
そんな言葉が、自然に交わされる。
クラリスは、主張しすぎない。
だが、曖昧にもならない。
結論を急がず、
しかし、決断の時は迷わない。
その姿勢が、今の場に合っていた。
会合の終わり際、ある商会主が、何気なく口にした。
「今回、話が早かったですね」
「ええ。余計な調整が不要でした」
その言葉は、誰かを責めるものではない。
だが、誰かの不在を、はっきりと示していた。
一方、グレイソン伯爵家では、別の会話が交わされていた。
「……欠席は、まずかったのでは」
家臣の言葉に、アーヴィン・グレイソンは唇を噛む。
「体調不良という理由は、通っている」
「ですが、代役も立てず……」
「今は、余計な動きをしたくなかった」
それは、彼なりの判断だった。
だが、結果は残酷だ。
動かなければ、
存在しないのと同じになる。
その日の夕方、アーヴィンの元に、短い報告が届く。
協議は終了。
決定事項は、既定路線通り。
そして、
自分の名は、一度も出なかった。
「……そうか」
彼は、書面を机に置いた。
怒りも、焦りも、
その瞬間には、なかった。
ただ、理解があった。
自分は今、
場に呼ばれない側になっている。
それは、拒絶よりも重い。
夜、エルヴェイン侯爵家の書斎で、クラリスは報告を受けていた。
「評議会、無事に終了しました」
「お疲れさまです」
補佐官は、少し言い淀んでから続ける。
「……グレイソン家は、欠席でした」
クラリスは、驚かなかった。
「そうですか」
それだけだった。
評価は、すでに下されている。
自分が何か言う必要はない。
彼女は、窓の外に広がる王都の灯りを見つめる。
名は、呼ばれてこそ意味を持つ。
席は、座ってこそ存在する。
一度、
そのどちらからも外れた者は、
簡単には戻れない。
クラリス・フォン・エルヴェインは、
静かに次の書類を開いた。
ざまあは、
もう明確な形を取り始めている。
声高な断罪ではない。
追放でもない。
――ただ、
名が消える。
それが、この世界で最も残酷な制裁だった。
王都の評議会館は、常に一定の秩序を保っている。
出入りする者の数も、席の配置も、発言の順序も――すべてが慣例通りだ。
だからこそ、欠けたものは、ひどく目立つ。
その日、商業関連の合同協議が開かれた。
中規模以上の貴族家と、主要な商会が顔を揃える場だ。
クラリス・フォン・エルヴェインは、定刻通りに席に着いた。
周囲から向けられる視線に、特別な感情はない。
――いつも通り。
だが、開始からしばらくして、ざわめきが小さく広がる。
「……グレイソン家は?」
「今日は、欠席だそうだ」
誰かが小声でそう告げた。
以前なら、考えられないことだった。
この種の協議に、グレイソン伯爵家が姿を見せないなど。
議長が、名簿に目を落とし、淡々と告げる。
「では、定刻ですので始めましょう」
その一言で、話は進んだ。
誰も、欠席の理由を問わない。
待つことも、確認することもない。
――席は、空いたまま進行された。
それが意味するところを、クラリスは理解している。
必要とされていない。
それだけだ。
協議は滞りなく進んだ。
むしろ、以前よりも円滑だった。
「エルヴェイン家の提案で進めましょう」
「異論ありません」
そんな言葉が、自然に交わされる。
クラリスは、主張しすぎない。
だが、曖昧にもならない。
結論を急がず、
しかし、決断の時は迷わない。
その姿勢が、今の場に合っていた。
会合の終わり際、ある商会主が、何気なく口にした。
「今回、話が早かったですね」
「ええ。余計な調整が不要でした」
その言葉は、誰かを責めるものではない。
だが、誰かの不在を、はっきりと示していた。
一方、グレイソン伯爵家では、別の会話が交わされていた。
「……欠席は、まずかったのでは」
家臣の言葉に、アーヴィン・グレイソンは唇を噛む。
「体調不良という理由は、通っている」
「ですが、代役も立てず……」
「今は、余計な動きをしたくなかった」
それは、彼なりの判断だった。
だが、結果は残酷だ。
動かなければ、
存在しないのと同じになる。
その日の夕方、アーヴィンの元に、短い報告が届く。
協議は終了。
決定事項は、既定路線通り。
そして、
自分の名は、一度も出なかった。
「……そうか」
彼は、書面を机に置いた。
怒りも、焦りも、
その瞬間には、なかった。
ただ、理解があった。
自分は今、
場に呼ばれない側になっている。
それは、拒絶よりも重い。
夜、エルヴェイン侯爵家の書斎で、クラリスは報告を受けていた。
「評議会、無事に終了しました」
「お疲れさまです」
補佐官は、少し言い淀んでから続ける。
「……グレイソン家は、欠席でした」
クラリスは、驚かなかった。
「そうですか」
それだけだった。
評価は、すでに下されている。
自分が何か言う必要はない。
彼女は、窓の外に広がる王都の灯りを見つめる。
名は、呼ばれてこそ意味を持つ。
席は、座ってこそ存在する。
一度、
そのどちらからも外れた者は、
簡単には戻れない。
クラリス・フォン・エルヴェインは、
静かに次の書類を開いた。
ざまあは、
もう明確な形を取り始めている。
声高な断罪ではない。
追放でもない。
――ただ、
名が消える。
それが、この世界で最も残酷な制裁だった。
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