『婚約破棄された令嬢は、静かに王国から不要な者を消していく』

ふわふわ

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第十一話 静かな線引き

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第十一話 静かな線引き

 名が呼ばれないという事実は、時間が経つほど重くなる。
 一度なら偶然。二度なら事情。
 だが、三度目からは――評価だ。

 グレイソン伯爵家に届く招待状の数は、目に見えて減っていた。
 社交の場。
 非公式の会合。
 水面下の打診。

 どれもが、少しずつ、しかし確実に遠ざかっていく。

「……こちらから動くべきではないでしょうか」

 家臣の進言に、アーヴィン・グレイソンは黙り込んだ。

 動けば、追う立場になる。
 追えば、弱さを晒す。

 だが、動かなければ――何も起きない。

「エルヴェイン家に、再度……」

 言いかけて、彼は言葉を切った。
 それが「頼み」になることを、理解していたからだ。

 一方、エルヴェイン侯爵家では、別の報告が上がっていた。

「南区の流通再編ですが、評議会の方針が固まりました」

 補佐官の声は、淡々としている。

「主導は、当家とラドフォード家。グレイソン家の名は、最終案に含まれていません」

 クラリス・フォン・エルヴェインは、書類から視線を上げた。

「異論は?」

「ありませんでした。むしろ、整理されたと」

 彼女は、短く頷いた。

 線は、すでに引かれている。
 誰が意図したわけでもない。

 ただ、必要なものと、そうでないものが分けられただけだ。

 午後、王城から一通の通達が届く。
 内容は、次期検討会への参加者名簿。

 クラリスの名は、そこにあった。
 グレイソン家の名は、なかった。

 それを確認した補佐官が、静かに言う。

「……完全に、外されましたね」

「はい」

 クラリスは、感情を交えずに答えた。

「これで、はっきりしました」

 線は、曖昧であってはならない。
 曖昧だから、人は期待し、誤解する。

 だが今は違う。

 彼女は、机の上の書類を整えながら続ける。

「こちらから触れる必要はありません。関係は、すでに定義されました」

 夜、グレイソン伯爵家の執務室で、アーヴィンは一人、通達書を見つめていた。

 自分の名が、
 最初から存在しないように扱われている。

 抗議する理由はない。
 形式上、何も間違っていないからだ。

 それが、最も厄介だった。

 彼は、ようやく理解する。

 これは、復讐ではない。
 仕返しでもない。

 評価の結果だ。

 自分が、不要だと判断されただけ。

 そして、その判断を覆す材料を、
 自分はもう持っていない。

 同じ夜、クラリスは書斎で、一人、窓辺に立っていた。

 夜風が、カーテンをわずかに揺らす。

 彼女は思う。

 切り捨てられたのは、
 あの日の自分ではない。

 切り捨てたつもりで、
 自分の立場を失ったのは、
 彼の方だった。

 線は引かれた。
 静かに、確実に。

 そしてその線は、
 もう二度と、
 交わることはない。

 クラリス・フォン・エルヴェインは、
 新たな案件の書類を手に取る。

 ざまあは、
 もはや進行形ですらない。

 ――確定した現実として、
 そこに在った。
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