『婚約破棄された令嬢は、静かに王国から不要な者を消していく』

ふわふわ

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第十二話 価値の再定義

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第十二話 価値の再定義

 人の価値は、数字では測れない。
 だが、数字が動いた時に、初めて可視化されるものがある。

 王都北区の倉庫街で、取引条件の再提示が行われた。
 名目は、物流効率化の検討。
 実態は、今後五年の主導権を決める場だ。

 クラリス・フォン・エルヴェインは、会合の冒頭で口火を切った。

「結論から申し上げます。流通の主軸を一本にまとめます。条件は三点。期限、品質、責任の所在。これに合致しない契約は、更新しません」

 ざわめきは起きなかった。
 誰もが、彼女の言葉を予期していたからだ。

 提示された資料は簡潔で、逃げ道がない。
 だが、理不尽でもない。

「……条件は厳しいが、筋は通っている」

 商会主の一人が、低く呟く。

 クラリスは頷いた。

「厳しさは、恣意ではなく基準です。基準は、守るためにあります」

 その言葉に、反論は出なかった。
 ここでは、声の大きさではなく、納得が重視される。

 会合の終盤、合意は一つずつ積み上がった。
 妥協ではなく、選択として。

 一方その頃、グレイソン伯爵家では、別の会議が開かれていた。

「更新が見送られました」

「理由は?」

「条件未達とのことです」

 報告は、淡々としている。
 それが、余計に重い。

 アーヴィン・グレイソンは、口を開いた。

「基準は、いつから変わった」

「……変わってはいません。明確になっただけです」

 家臣の言葉は、的確だった。

 以前は、曖昧さが救ってくれた。
 調整が、猶予を与えた。
 だが今は、その緩衝がない。

「再交渉は?」

「優先順位が低い、と」

 それ以上、言う必要はなかった。

 夕刻、エルヴェイン侯爵家に戻ったクラリスは、補佐官から最終報告を受けた。

「北区の件、合意成立です。主軸は当家、実務は三社で分担」

「想定通りですね」

 彼女は、書面に目を通し、淡々と判を押す。

「評価は?」

「“分かりやすい”“予測できる”と」

 クラリスは、小さく息を吐いた。

 それが、今の最上の賛辞だ。

 予測できる。
 つまり、信頼できる。

 夜、クラリスは一人、書斎で考えていた。

 自分がやっていることは、特別ではない。
 誰かを蹴落としてもいない。

 ただ、基準を示し、守っただけ。

 それでも、結果は残酷になる。

 価値は、相対的だ。
 明確な基準が置かれた瞬間、
 その基準に届かないものは、静かに外れる。

 同じ夜、アーヴィンは、過去の帳簿をめくっていた。

 そこに並ぶ数字は、以前と変わらない。
 だが、意味は変わってしまった。

「……価値は、あるはずだ」

 そう呟いても、応える者はいない。

 価値は、主張しても戻らない。
 選ばれた時に、初めて成立する。

 クラリス・フォン・エルヴェインは、灯りを落とし、次の一手を考える。

 ざまあは、
 怒号でも断罪でもない。

 価値が再定義された結果として、
 不要が明確になる。

 それが、この世界の現実だった。
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