サブスク聖女と偽装婚約、始めました 〜婚約は、サブスクできないのでお断りです〜

ふわふわ

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第2話 王太子と悪友がやった、ひとつの偽装

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第2話 王太子と悪友がやった、ひとつの偽装

 

 あの婚約が成立した時点では、まだ誰も大事になるとは思っていなかった。

 王太子ステルヴィオ・アルファロメオが選んだ婚約者は、平民の娘マルベーリャ。
 血筋も後ろ盾もなく、奇跡を起こす力も持たない、ただ穏やかな女性だった。

 それでも彼は、迷わなかった。

 ――問題は、王宮と貴族社会だった。

 感情だけで通るほど、この国は単純ではない。
 平民婚約という事実そのものが、不要な摩擦を生むことは、誰の目にも明らかだった。

 そして、その「摩擦」をどうにかしたのが、
 タイガー・ウィットン侯爵だった。

 彼がその役を引き受けたのは、偶然ではない。
 むしろ、最初に口を開いたのは、シャマルだった。

『平民っていう肩書きが問題ならさ』

 婚約破棄が起きる前、まだ三人が比較的近い距離にいた頃。
 シャマルは、まるで思いつきのように言った。

『貴族にしちゃえばいいんじゃない?』

 その場にいた二人は、一瞬、言葉を失った。

『……今、さらっと言ったけど、それ、簡単じゃないぞ』

 ステルヴィオが言うと、

『簡単じゃないから、やる人を選ぶのよ』

 シャマルは、視線をウィットンに向けた。

『ねえ、ウィットン』

『……やな予感しかしない』

 ウィットンは、その時点ですでに察していた。

 名門でもなく、王家直系でもない。
 だが、爵位を持ち、独立した裁量を持つ侯爵。
 しかも「遊び人」という評判のおかげで、多少の無茶が目立たない。

 ――養女。

 それが、シャマルの出した答えだった。

 平民のマルベーリャを、
 タイガー・ウィットン侯爵の養女として迎える。
 書類上は、正規の貴族令嬢。

 形式は整う。
 血筋の問題は消える。
 少なくとも「平民だから」という一点で、騒ぐ理由はなくなる。

『……本気で言ってる?』

 ウィットンは、呆れ半分で聞き返した。

『大真面目』

 シャマルは即答した。

『平民じゃなきゃ、文句も言えないでしょ』

 その理屈は、腹立たしいほどに正しかった。

 結果として、ウィットンは引き受けた。

 やったことは、単純で、面倒で、地味だった。

 養女縁組の手続き。
 家名を与えるための書類調整。
 周囲に違和感を抱かせないための根回し。

 表に出れば騒ぎになる。
 だが、彼はそれを「表に出さなかった」。

「遊び人の気まぐれで、孤児を引き取った」

 その程度の噂で、すべてを包んだ。

 ステルヴィオは、後になって言っていた。

「正直、助かった」

 その言葉に、ウィットンは肩をすくめただけだった。

「書類上は、ちゃんと貴族だ」

「それ以上でも、それ以下でもない」

 彼は、特別なことをしたつもりはなかった。

 シャマルが思いつき、
 ステルヴィオが選び、
 自分が実務を引き受けた。

 それだけの話だ。

 婚約は成立し、
 王宮はひとまず静まった。

 その後、婚約破棄という結末を迎えることになるが、
 それは、また別の話だった。

 少なくともこの時点では、
 タイガー・ウィットン侯爵は、
 すでに一度、「偽装」を成立させた男だった。

 それは、恋愛のための偽装であり、
 政治を避けるための偽装であり、
 そして、シャマルの発想を現実に落とし込んだ結果だった。

 だからこそ。

 後に彼が、
 「書類上は本物」という言葉を、
 あまりにも軽く口にするようになる理由も――
 この時点では、まだ誰も気に留めていなかった。


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