サブスク聖女と偽装婚約、始めました 〜婚約は、サブスクできないのでお断りです〜

ふわふわ

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第4話 王太子にふさわしいかどうかは、誰の問題なのか

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第4話 王太子にふさわしいかどうかは、誰の問題なのか

 

 違和感は、噂という形で、いつの間にか王都に広がっていた。

 最初は、ごく小さなものだった。

「最近、王太子殿下の話、聞かないわね」

「聞いた? 平民の娘と婚約なさったそうよ」

「……え? 本当に?」

 社交の場で交わされる、何気ない一言。
 だが、それが積み重なれば、空気は確実に変わる。

 王太子ステルヴィオ・アルファロメオが、平民マルベーリャと婚約した。
 それ自体は、すでに周知の事実だった。

 問題は、その“次”だ。

「王太子として、それはどうなのか」

 誰かが、そう口にした。

 最初は疑問形だった。
 だが疑問は、やがて評価に変わる。

「感情に流されすぎではないか」

「国家を背負う立場として、軽率では?」

「せめて、貴族の娘なら……」

 その言葉の裏にあるのは、明白だった。

 ――平民だから、ふさわしくない。

 誰も、マルベーリャ個人を直接非難はしない。
 穏やかで、慎ましく、問題を起こさない娘だという評価は、むしろ高かった。

 だからこそ、矛先は別のところに向く。

「王太子としての判断力の問題だ」

「王位を継ぐ覚悟が、足りないのではないか」

 こうして、いつの間にか言葉は変質する。

 婚約の是非ではない。
 恋愛の問題でもない。

 ――王太子にふさわしいかどうか。

 その議題が、静かに、しかし確実に立ち上がっていた。

 王宮の執務室で、その報告を受けたシャマルは、思わず眉をひそめた。

「……出た」

 報告役の神官は、言いにくそうに視線を逸らす。

「一部の貴族の間で、です。
 あくまで“懸念”という形で……」

「“一部”ね」

 シャマルは、紅茶を一口飲んだ。

 こういう時の“一部”ほど、信用ならないものはない。

「で、次は?」

「……いえ、まだ具体的な動きは」

「そのうち出るわよ」

 確信を持った声だった。

 シャマルは、この手の流れを嫌というほど見てきた。
 最初は心配。次に助言。最後は“正解”の提示。

 しかも、その正解は、だいたい決まっている。

「……ちなみに」

 シャマルは、ふと思い出したように尋ねた。

「この話題、私の名前、出てる?」

 神官は、一瞬、言葉に詰まった。

「……はい。
 “かつての婚約者”として」

「でしょうね」

 ため息が、自然と漏れる。

 王太子が平民と婚約した。
 その結果、聖女と婚約を解消した。

 この二つは、切り離して語られることはない。

「聖女と婚約していた頃は、安定していた」

「国家的にも、理想的な組み合わせだった」

「なぜ、それを手放したのか」

 そんな声が、あちこちで囁かれ始めているという。

「……迷惑な話」

 シャマルは、率直にそう思った。

 婚約は、終わった。
 自分は自由を選び、王宮との距離も整理した。

 それなのに、今さら“比較対象”として引きずり出される。

「聖女様」

 神官が、慎重に言葉を選ぶ。

「殿下ご本人は、この件について……」

「気にしてないでしょ」

 即答だった。

「むしろ、“やりたい人がやればいい”って言うタイプよ」

 それが、ステルヴィオという人間だ。

 王位に執着がなく、
 肩書きよりも、選んだ相手を大切にする。

 だからこそ、今の空気は、彼にとっても厄介だった。

 王太子本人が争わない以上、
 周囲が勝手に争い始める。

「……で」

 シャマルは、カップを置いた。

「私は、どういう立場?」

「それは……」

 神官は、言葉を探す。

「まだ、何も決まっていません」

「“まだ”ね」

 シャマルは、苦笑した。

 決まっていない、ということは、
 都合よく使える余地がある、という意味だ。

「聖女は国家に必要だ」

「安定の象徴だ」

「正しい位置に戻るべきだ」

 そんな理屈が、いずれ自分に向けられることは、想像に難くない。

「……ほんと、懲りない」

 シャマルは、独り言のように呟いた。

 この国は、聖女を“人”として見るのが、どうにも苦手だ。

 奇跡を起こす存在。
 都合よく配置される駒。

 自由を得たはずなのに、
 また、静かに囲い込まれようとしている。

「でも」

 シャマルは、視線を上げた。

「今回は、前と同じにはならない」

 婚約者という鎖は、もうない。
 王宮との距離も、明確だ。

 そして何より、
 彼女はもう“何も考えずに流される聖女”ではなかった。

 王太子にふさわしいかどうか。

 その議論が本格化する前に、
 自分が“何を選ぶか”を決める必要がある。

 そう直感していた。

 この日を境に、
 王都の空気は、ゆっくりと、しかし確実に変わり始めた。

 まだ火は上がっていない。
 だが、火種は、確かにそこにあった。
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