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14話 理想の婚約者
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14話 理想の婚約者
偽装婚約が発表されてから、まだ二週間も経っていないというのに――
シャマルは、すでに“理想の婚約者”として扱われ始めていた。
「シャマル様は、控えめでありながら献身的」
「殿下を立てつつ、決して前に出すぎない」
「まさに聖女らしいお方ですわ」
王宮の回廊を歩けば、そんな囁きが自然と耳に入ってくる。
本人としては、特別なことをした覚えはない。ただ、余計な口を挟まず、求められたことだけを淡々とこなしているだけだ。
(……何もしていないのだけれど)
心の中でそう呟きながら、シャマルは紅茶のカップを置いた。
向かいに座るアルナージは、相変わらず無表情に書類へ目を通している。
婚約者同士として同席してはいるが、会話は最低限。距離も、感情も、きっちり保たれている――はずだった。
「殿下、シャマル様。ご一緒にいらっしゃるお姿、本当にお似合いですわ」
通りすがりの貴族夫人が、にこやかにそう声をかけてきた。
アルナージは軽く頷き、シャマルも礼儀的に微笑む。
それだけのことだ。
しかし、その様子を見た周囲は、勝手に解釈を深めていく。
「あの距離感……大人の信頼関係ですわね」
「燃え上がる恋より、ああいう落ち着いた関係の方が理想ですもの」
(違います)
シャマルは、内心で即座に否定した。
(これは“偽装”です。契約です。合理性の産物です)
だが、そんな事情を知る者は少ない。
特に、アルナージ派の人間たちにとっては、この状況は都合がいいらしい。
「殿下の婚約者として、非の打ち所がない」
「これで聖女の座も安泰だ」
その評価が高まれば高まるほど、シャマルは静かに頭を抱えた。
(評価が上がるほど、面倒が増えるのだけれど……)
しかも、事態は王宮の外にも広がっていた。
街では、シャマルの名前が“理想の婚約者像”として語られ始めているという。
派手な奇跡も起こさず、過剰な自己主張もしない。
ただ穏やかに、誠実に振る舞う――それが逆に、新鮮に映ったらしい。
「聖女は、こうあるべきだ」
「殿下も、ああいう方を選ばれたのですね」
そんな声を、報告として聞かされたシャマルは、思わず遠い目になった。
「……アルナージ殿下」
「何だ」
「私、やはり少し評価が高すぎる気がします」
「問題でも?」
「後で崩す前提の評価としては、非常に」
アルナージは一瞬だけ考え込み、そして小さく息を吐いた。
「確かに。理想像を積み上げすぎると、壊す時に派手になるな」
「ええ。できれば、もう少し地味でいたいのですが」
「それは無理だろう」
即答だった。
「何もしない、という姿勢自体が、今の王宮では珍しい」
「……皮肉ですね」
二人の会話は淡々としていたが、その様子すらも、周囲には“落ち着いた信頼関係”として映る。
――結果。
シャマルはこの日、正式にこう評された。
「理想の婚約者」
「殿下を支える完璧な聖女候補」
その称号を聞いた瞬間、シャマルは内心で静かに決意した。
(……この誤解、思った以上に根が深そうですね)
偽装婚約は、順調すぎるほど順調に進んでいた。
それが、後に大きな“ズレ”を生むことになるとも知らずに。
偽装婚約が発表されてから、まだ二週間も経っていないというのに――
シャマルは、すでに“理想の婚約者”として扱われ始めていた。
「シャマル様は、控えめでありながら献身的」
「殿下を立てつつ、決して前に出すぎない」
「まさに聖女らしいお方ですわ」
王宮の回廊を歩けば、そんな囁きが自然と耳に入ってくる。
本人としては、特別なことをした覚えはない。ただ、余計な口を挟まず、求められたことだけを淡々とこなしているだけだ。
(……何もしていないのだけれど)
心の中でそう呟きながら、シャマルは紅茶のカップを置いた。
向かいに座るアルナージは、相変わらず無表情に書類へ目を通している。
婚約者同士として同席してはいるが、会話は最低限。距離も、感情も、きっちり保たれている――はずだった。
「殿下、シャマル様。ご一緒にいらっしゃるお姿、本当にお似合いですわ」
通りすがりの貴族夫人が、にこやかにそう声をかけてきた。
アルナージは軽く頷き、シャマルも礼儀的に微笑む。
それだけのことだ。
しかし、その様子を見た周囲は、勝手に解釈を深めていく。
「あの距離感……大人の信頼関係ですわね」
「燃え上がる恋より、ああいう落ち着いた関係の方が理想ですもの」
(違います)
シャマルは、内心で即座に否定した。
(これは“偽装”です。契約です。合理性の産物です)
だが、そんな事情を知る者は少ない。
特に、アルナージ派の人間たちにとっては、この状況は都合がいいらしい。
「殿下の婚約者として、非の打ち所がない」
「これで聖女の座も安泰だ」
その評価が高まれば高まるほど、シャマルは静かに頭を抱えた。
(評価が上がるほど、面倒が増えるのだけれど……)
しかも、事態は王宮の外にも広がっていた。
街では、シャマルの名前が“理想の婚約者像”として語られ始めているという。
派手な奇跡も起こさず、過剰な自己主張もしない。
ただ穏やかに、誠実に振る舞う――それが逆に、新鮮に映ったらしい。
「聖女は、こうあるべきだ」
「殿下も、ああいう方を選ばれたのですね」
そんな声を、報告として聞かされたシャマルは、思わず遠い目になった。
「……アルナージ殿下」
「何だ」
「私、やはり少し評価が高すぎる気がします」
「問題でも?」
「後で崩す前提の評価としては、非常に」
アルナージは一瞬だけ考え込み、そして小さく息を吐いた。
「確かに。理想像を積み上げすぎると、壊す時に派手になるな」
「ええ。できれば、もう少し地味でいたいのですが」
「それは無理だろう」
即答だった。
「何もしない、という姿勢自体が、今の王宮では珍しい」
「……皮肉ですね」
二人の会話は淡々としていたが、その様子すらも、周囲には“落ち着いた信頼関係”として映る。
――結果。
シャマルはこの日、正式にこう評された。
「理想の婚約者」
「殿下を支える完璧な聖女候補」
その称号を聞いた瞬間、シャマルは内心で静かに決意した。
(……この誤解、思った以上に根が深そうですね)
偽装婚約は、順調すぎるほど順調に進んでいた。
それが、後に大きな“ズレ”を生むことになるとも知らずに。
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