14 / 41
14話 理想の婚約者
しおりを挟む
14話 理想の婚約者
偽装婚約が発表されてから、まだ二週間も経っていないというのに――
シャマルは、すでに“理想の婚約者”として扱われ始めていた。
「シャマル様は、控えめでありながら献身的」
「殿下を立てつつ、決して前に出すぎない」
「まさに聖女らしいお方ですわ」
王宮の回廊を歩けば、そんな囁きが自然と耳に入ってくる。
本人としては、特別なことをした覚えはない。ただ、余計な口を挟まず、求められたことだけを淡々とこなしているだけだ。
(……何もしていないのだけれど)
心の中でそう呟きながら、シャマルは紅茶のカップを置いた。
向かいに座るアルナージは、相変わらず無表情に書類へ目を通している。
婚約者同士として同席してはいるが、会話は最低限。距離も、感情も、きっちり保たれている――はずだった。
「殿下、シャマル様。ご一緒にいらっしゃるお姿、本当にお似合いですわ」
通りすがりの貴族夫人が、にこやかにそう声をかけてきた。
アルナージは軽く頷き、シャマルも礼儀的に微笑む。
それだけのことだ。
しかし、その様子を見た周囲は、勝手に解釈を深めていく。
「あの距離感……大人の信頼関係ですわね」
「燃え上がる恋より、ああいう落ち着いた関係の方が理想ですもの」
(違います)
シャマルは、内心で即座に否定した。
(これは“偽装”です。契約です。合理性の産物です)
だが、そんな事情を知る者は少ない。
特に、アルナージ派の人間たちにとっては、この状況は都合がいいらしい。
「殿下の婚約者として、非の打ち所がない」
「これで聖女の座も安泰だ」
その評価が高まれば高まるほど、シャマルは静かに頭を抱えた。
(評価が上がるほど、面倒が増えるのだけれど……)
しかも、事態は王宮の外にも広がっていた。
街では、シャマルの名前が“理想の婚約者像”として語られ始めているという。
派手な奇跡も起こさず、過剰な自己主張もしない。
ただ穏やかに、誠実に振る舞う――それが逆に、新鮮に映ったらしい。
「聖女は、こうあるべきだ」
「殿下も、ああいう方を選ばれたのですね」
そんな声を、報告として聞かされたシャマルは、思わず遠い目になった。
「……アルナージ殿下」
「何だ」
「私、やはり少し評価が高すぎる気がします」
「問題でも?」
「後で崩す前提の評価としては、非常に」
アルナージは一瞬だけ考え込み、そして小さく息を吐いた。
「確かに。理想像を積み上げすぎると、壊す時に派手になるな」
「ええ。できれば、もう少し地味でいたいのですが」
「それは無理だろう」
即答だった。
「何もしない、という姿勢自体が、今の王宮では珍しい」
「……皮肉ですね」
二人の会話は淡々としていたが、その様子すらも、周囲には“落ち着いた信頼関係”として映る。
――結果。
シャマルはこの日、正式にこう評された。
「理想の婚約者」
「殿下を支える完璧な聖女候補」
その称号を聞いた瞬間、シャマルは内心で静かに決意した。
(……この誤解、思った以上に根が深そうですね)
偽装婚約は、順調すぎるほど順調に進んでいた。
それが、後に大きな“ズレ”を生むことになるとも知らずに。
偽装婚約が発表されてから、まだ二週間も経っていないというのに――
シャマルは、すでに“理想の婚約者”として扱われ始めていた。
「シャマル様は、控えめでありながら献身的」
「殿下を立てつつ、決して前に出すぎない」
「まさに聖女らしいお方ですわ」
王宮の回廊を歩けば、そんな囁きが自然と耳に入ってくる。
本人としては、特別なことをした覚えはない。ただ、余計な口を挟まず、求められたことだけを淡々とこなしているだけだ。
(……何もしていないのだけれど)
心の中でそう呟きながら、シャマルは紅茶のカップを置いた。
向かいに座るアルナージは、相変わらず無表情に書類へ目を通している。
婚約者同士として同席してはいるが、会話は最低限。距離も、感情も、きっちり保たれている――はずだった。
「殿下、シャマル様。ご一緒にいらっしゃるお姿、本当にお似合いですわ」
通りすがりの貴族夫人が、にこやかにそう声をかけてきた。
アルナージは軽く頷き、シャマルも礼儀的に微笑む。
それだけのことだ。
しかし、その様子を見た周囲は、勝手に解釈を深めていく。
「あの距離感……大人の信頼関係ですわね」
「燃え上がる恋より、ああいう落ち着いた関係の方が理想ですもの」
(違います)
シャマルは、内心で即座に否定した。
(これは“偽装”です。契約です。合理性の産物です)
だが、そんな事情を知る者は少ない。
特に、アルナージ派の人間たちにとっては、この状況は都合がいいらしい。
「殿下の婚約者として、非の打ち所がない」
「これで聖女の座も安泰だ」
その評価が高まれば高まるほど、シャマルは静かに頭を抱えた。
(評価が上がるほど、面倒が増えるのだけれど……)
しかも、事態は王宮の外にも広がっていた。
街では、シャマルの名前が“理想の婚約者像”として語られ始めているという。
派手な奇跡も起こさず、過剰な自己主張もしない。
ただ穏やかに、誠実に振る舞う――それが逆に、新鮮に映ったらしい。
「聖女は、こうあるべきだ」
「殿下も、ああいう方を選ばれたのですね」
そんな声を、報告として聞かされたシャマルは、思わず遠い目になった。
「……アルナージ殿下」
「何だ」
「私、やはり少し評価が高すぎる気がします」
「問題でも?」
「後で崩す前提の評価としては、非常に」
アルナージは一瞬だけ考え込み、そして小さく息を吐いた。
「確かに。理想像を積み上げすぎると、壊す時に派手になるな」
「ええ。できれば、もう少し地味でいたいのですが」
「それは無理だろう」
即答だった。
「何もしない、という姿勢自体が、今の王宮では珍しい」
「……皮肉ですね」
二人の会話は淡々としていたが、その様子すらも、周囲には“落ち着いた信頼関係”として映る。
――結果。
シャマルはこの日、正式にこう評された。
「理想の婚約者」
「殿下を支える完璧な聖女候補」
その称号を聞いた瞬間、シャマルは内心で静かに決意した。
(……この誤解、思った以上に根が深そうですね)
偽装婚約は、順調すぎるほど順調に進んでいた。
それが、後に大きな“ズレ”を生むことになるとも知らずに。
0
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました
Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。
「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」
元婚約者である王子はそう言い放った。
十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。
その沈黙には、理由があった。
その夜、王都を照らす奇跡の光。
枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。
「真の聖女が目覚めた」と——
捨てられた私は遠くで幸せになります
高坂ナツキ
恋愛
ペルヴィス子爵家の娘であるマリー・ド・ペルヴィスは来る日も来る日もポーションづくりに明け暮れている。
父親であるペルヴィス子爵はマリーの作ったポーションや美容品を王都の貴族に売りつけて大金を稼いでいるからだ。
そんな苦しい生活をしていたマリーは、義家族の企みによって家から追い出されることに。
本当に家から出られるの? だったら、この機会を逃すわけにはいかない!
これは強制的にポーションを作らせられていた少女が、家族から逃げて幸せを探す物語。
8/9~11は7:00と17:00の2回投稿。8/12~26は毎日7:00に投稿。全21話予約投稿済みです。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
【完結】婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。
ムラサメ
恋愛
「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」
婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。
泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。
「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」
汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。
「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。
一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。
自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。
ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。
「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」
圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる