15 / 41
15話 足並みが合うという誤解
しおりを挟む
15話 足並みが合うという誤解
王太子主催の舞踏会は、華やかに始まった。
音楽、照明、貴族たちのざわめき。
そのすべてが整えられた大広間で、シャマルとウィットンは、当然のように中央へと導かれていく。
「まあ……」
「やはり、あのお二人ですわね」
囁き声が、あちこちから漏れた。
――視線が集まるのは、もう慣れた。
シャマルは微笑みを崩さず、ウィットンの腕に軽く手を添える。
ウィットンもまた、完璧な所作で応じた。
外から見れば、非の打ち所のない婚約者同士。
だが――。
(義務イベントだ)
(仕事ね)
二人の認識は、完全に一致していた。
音楽が変わり、ダンスが始まる。
ウィットンがリードし、シャマルがそれに合わせる。
動きは滑らかで、距離感も申し分ない。
――ただし。
ぐい。
「……っ」
ウィットンの足に、確かな衝撃が走った。
ぐい。
もう一度。
そして――三度目。
(踏まれた)
(踏んだ)
互いに、内心で確認する。
だが、表情は一切変えない。
むしろ、シャマルは楽しげに微笑み、ウィットンの腕にさらに寄り添った。
曲が終わり、拍手が起こる。
「素晴らしいわ……」
「息ぴったりでしたね」
称賛の声を背に、二人は人目の少ない場所へと移動した。
---
――ダンス直後。
「シャマル……てめぇ、ダンスの時、足を三度も踏みやがって……」
ウィットンが、歯を食いしばりながら小声で言う。
「あら?」
シャマルは首をかしげ、にっこりと微笑んだ。
「何のことかしら……ダーリン♡」
その一言で、周囲の空気がひくりと揺れる。
「……ハニー♡」
反射的に返してから、ウィットンはすぐに睨みつけた。
「あれ、わざとだろう!」
「失礼ね」
シャマルは優雅に扇を開き、声だけは甘いまま続ける。
「わざとじゃないわ」
そう言って、ぎゅっと彼の腕に絡みついた。
「ダーリンがステップを間違えたから、私の足の下にあなたの足があっただけでしょう?」
「それを踏んだって言うんだ!」
「愛の共同作業よ」
「聞いたことねぇ!」
二人の距離は近い。
表情は完璧。
視線は、誰が見ても熱愛そのもの。
――内心は、修羅場だった。
(あと一回踏んだら婚約破棄だ)
(婚約中よ、ダーリン♡)
(殺す気か)
(踏んだだけよ)
少し離れた場所で、貴族夫人たちがうっとりと囁く。
「まあ……なんて仲睦まじい……」
「ええ、息ぴったりですわね……」
その評価を耳にして、二人は同時に思った。
(どこが)
(何を見てる)
だが――。
「……次、ちゃんとリードしろ」
「ええ、ちゃんと足を出してね♡」
表情だけは、最後まで完璧だった。
「遊んでばかりで、ダンスの練習がおろそかだからよ」
シャマルは、少し呆れたように首を振る。
「ダーリン♡」
その一言で、周囲の空気がさらに柔らぐ。
「そうだね」
ウィットンも、観念したように微笑んだ。
「もう少し、真面目に練習するとしよう」
彼は、優雅に手を差し出す。
「付き合ってくれるかい、ハニー♡」
「もちろんよ、ダーリン♡」
指先は軽く触れるだけ。
距離は完璧。
視線も申し分ない。
――ただし。
「でも、練習にかこつけて足を踏むのは無しよ、ダーリン」
微笑みの奥で、しっかり釘を刺す。
「……」
ウィットンは一瞬だけ言葉に詰まり、同じ笑顔で返した。
「君がそれを言うかい、ハニー♡」
周囲の貴族たちは、完全に勘違いしていた。
「まあ……じゃれ合っていらっしゃるのね」
「理想的な婚約者ですわ……」
本人たちは、内心で戦術修正をしていた。
(次は踏まれる前に避ける)
(次は踏まれない位置取りを考えよう)
愛情ではなく、戦闘計画。
それでも音楽が流れ、二人は再び踊り出す。
息は合っている。
動きも揃っている。
――完璧な婚約者にしか、見えない。
そして今夜もまた、偽装婚約は大成功だった。
---
少し離れた場所で、王太子ステルヴィオは二人を眺めていた。
「……あいつら」
思わず、苦笑が漏れる。
「らしいな……」
本当に、それだけは間違いない。
(……近づかないでおこう)
経験則が、はっきりそう告げていた。
その横で、マリベーリャが静かに微笑む。
「あの二人、仲がいいのですね」
「……それは、間違いなんだけどね」
彼女はくすりと笑った。
「不思議な関係ですわね」
「不思議すぎる」
---
数日後。
「王太子殿下」
書類を手にしたシャマルが、何食わぬ顔で言った。
「ダンス指導料、臨時対応、非稼働時間稼働分――全部、時給換算です」
「……君、本当に聖女か?」
「サブスクです」
即答だった。
「……それは、絶対違う!」
「細かいことを気にしてはいけません」
「細かくない!」
壁際で腕を組んでいたウィットンが、深く頷く。
「……完全に、理屈で殴ってきてるな」
「殴ってません」
「請求しているだけです」
こうして。
聖女の奇跡は、今日も発動した。
――請求という名の奇跡として。
-
王太子主催の舞踏会は、華やかに始まった。
音楽、照明、貴族たちのざわめき。
そのすべてが整えられた大広間で、シャマルとウィットンは、当然のように中央へと導かれていく。
「まあ……」
「やはり、あのお二人ですわね」
囁き声が、あちこちから漏れた。
――視線が集まるのは、もう慣れた。
シャマルは微笑みを崩さず、ウィットンの腕に軽く手を添える。
ウィットンもまた、完璧な所作で応じた。
外から見れば、非の打ち所のない婚約者同士。
だが――。
(義務イベントだ)
(仕事ね)
二人の認識は、完全に一致していた。
音楽が変わり、ダンスが始まる。
ウィットンがリードし、シャマルがそれに合わせる。
動きは滑らかで、距離感も申し分ない。
――ただし。
ぐい。
「……っ」
ウィットンの足に、確かな衝撃が走った。
ぐい。
もう一度。
そして――三度目。
(踏まれた)
(踏んだ)
互いに、内心で確認する。
だが、表情は一切変えない。
むしろ、シャマルは楽しげに微笑み、ウィットンの腕にさらに寄り添った。
曲が終わり、拍手が起こる。
「素晴らしいわ……」
「息ぴったりでしたね」
称賛の声を背に、二人は人目の少ない場所へと移動した。
---
――ダンス直後。
「シャマル……てめぇ、ダンスの時、足を三度も踏みやがって……」
ウィットンが、歯を食いしばりながら小声で言う。
「あら?」
シャマルは首をかしげ、にっこりと微笑んだ。
「何のことかしら……ダーリン♡」
その一言で、周囲の空気がひくりと揺れる。
「……ハニー♡」
反射的に返してから、ウィットンはすぐに睨みつけた。
「あれ、わざとだろう!」
「失礼ね」
シャマルは優雅に扇を開き、声だけは甘いまま続ける。
「わざとじゃないわ」
そう言って、ぎゅっと彼の腕に絡みついた。
「ダーリンがステップを間違えたから、私の足の下にあなたの足があっただけでしょう?」
「それを踏んだって言うんだ!」
「愛の共同作業よ」
「聞いたことねぇ!」
二人の距離は近い。
表情は完璧。
視線は、誰が見ても熱愛そのもの。
――内心は、修羅場だった。
(あと一回踏んだら婚約破棄だ)
(婚約中よ、ダーリン♡)
(殺す気か)
(踏んだだけよ)
少し離れた場所で、貴族夫人たちがうっとりと囁く。
「まあ……なんて仲睦まじい……」
「ええ、息ぴったりですわね……」
その評価を耳にして、二人は同時に思った。
(どこが)
(何を見てる)
だが――。
「……次、ちゃんとリードしろ」
「ええ、ちゃんと足を出してね♡」
表情だけは、最後まで完璧だった。
「遊んでばかりで、ダンスの練習がおろそかだからよ」
シャマルは、少し呆れたように首を振る。
「ダーリン♡」
その一言で、周囲の空気がさらに柔らぐ。
「そうだね」
ウィットンも、観念したように微笑んだ。
「もう少し、真面目に練習するとしよう」
彼は、優雅に手を差し出す。
「付き合ってくれるかい、ハニー♡」
「もちろんよ、ダーリン♡」
指先は軽く触れるだけ。
距離は完璧。
視線も申し分ない。
――ただし。
「でも、練習にかこつけて足を踏むのは無しよ、ダーリン」
微笑みの奥で、しっかり釘を刺す。
「……」
ウィットンは一瞬だけ言葉に詰まり、同じ笑顔で返した。
「君がそれを言うかい、ハニー♡」
周囲の貴族たちは、完全に勘違いしていた。
「まあ……じゃれ合っていらっしゃるのね」
「理想的な婚約者ですわ……」
本人たちは、内心で戦術修正をしていた。
(次は踏まれる前に避ける)
(次は踏まれない位置取りを考えよう)
愛情ではなく、戦闘計画。
それでも音楽が流れ、二人は再び踊り出す。
息は合っている。
動きも揃っている。
――完璧な婚約者にしか、見えない。
そして今夜もまた、偽装婚約は大成功だった。
---
少し離れた場所で、王太子ステルヴィオは二人を眺めていた。
「……あいつら」
思わず、苦笑が漏れる。
「らしいな……」
本当に、それだけは間違いない。
(……近づかないでおこう)
経験則が、はっきりそう告げていた。
その横で、マリベーリャが静かに微笑む。
「あの二人、仲がいいのですね」
「……それは、間違いなんだけどね」
彼女はくすりと笑った。
「不思議な関係ですわね」
「不思議すぎる」
---
数日後。
「王太子殿下」
書類を手にしたシャマルが、何食わぬ顔で言った。
「ダンス指導料、臨時対応、非稼働時間稼働分――全部、時給換算です」
「……君、本当に聖女か?」
「サブスクです」
即答だった。
「……それは、絶対違う!」
「細かいことを気にしてはいけません」
「細かくない!」
壁際で腕を組んでいたウィットンが、深く頷く。
「……完全に、理屈で殴ってきてるな」
「殴ってません」
「請求しているだけです」
こうして。
聖女の奇跡は、今日も発動した。
――請求という名の奇跡として。
-
0
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました
Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。
「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」
元婚約者である王子はそう言い放った。
十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。
その沈黙には、理由があった。
その夜、王都を照らす奇跡の光。
枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。
「真の聖女が目覚めた」と——
捨てられた私は遠くで幸せになります
高坂ナツキ
恋愛
ペルヴィス子爵家の娘であるマリー・ド・ペルヴィスは来る日も来る日もポーションづくりに明け暮れている。
父親であるペルヴィス子爵はマリーの作ったポーションや美容品を王都の貴族に売りつけて大金を稼いでいるからだ。
そんな苦しい生活をしていたマリーは、義家族の企みによって家から追い出されることに。
本当に家から出られるの? だったら、この機会を逃すわけにはいかない!
これは強制的にポーションを作らせられていた少女が、家族から逃げて幸せを探す物語。
8/9~11は7:00と17:00の2回投稿。8/12~26は毎日7:00に投稿。全21話予約投稿済みです。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
【完結】婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。
ムラサメ
恋愛
「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」
婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。
泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。
「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」
汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。
「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。
一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。
自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。
ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。
「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」
圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる